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第12話「甘いマスク、甘い声」

結局あのあと、見回りの警備員さんがくるまでずっと私たちは口論をし続けるはめになった。


現時刻は7時半過ぎぐらい。

つまり2時間近く争っていたわけで。

当然の事ながら、帰途につく頃にはお互い疲れきっていた。


勝負の行方はというと、私が根負けして早坂君に(なぜか)謝ることになったけど……


「おい」

「……は、はい…なんでしょう」

「お前の家って門限とかあんの?」


私の両親は共働きだ。

そのため二人とも自宅に着く時間が遅いことは頻繁にあった。たとえ遅く帰ってもバレることはまずないだろう。


「ううん、ないよ」

「じゃあ今からうちに来い」

「は?」


今から?何を言ってるの、この人は。


「は?じゃねーよ。もう忘れたのか?読み終わったら他のも貸すって約束だろ」

「でもこんな時間だし、おうちの方にも迷惑がかかるんじゃ……」

「こんな時間って………まだ8時前だぞ。そんなの気にする事じゃないだろ」


まだ?まだ、だというのか?

八時って他のところならまだしも、人様の家に上がり込むとしては遅すぎるよね?


彼との間で時間認識に大きな違いがあるようだった。


「でっ、でもっ」

「うだうだ言ってないでいいから来い!」


有無を言わさず、という感じで早坂君は私を鋭く叱咤すると、そのまま私の腕をつかんでさっさと歩き始めた。

理性ではダメだとは分かっているのだが、先程の疲れでもはや抵抗する気力もおきない。


私は引きずられるまま、早坂君の家に向かうことになった。



*** *** ***



駅から歩き始めて十分………

着いた先には、ごくありふれた一軒家があった。


よ、よかった………


「氷の王子」とか呼ばれているので、てっきり城のような豪邸を想像していたのだが………。

わたしはほっと胸をなで下ろした。


だけど、そうは言ってもやっぱりこんな時間に家に上がるのはちょっと……なあ。


--------早坂君に近づく女を片っ端から裏で呼び出してシメあげて排除してくんだって!!まさにリンチよ、リンチ!!


ふいに頭の中に由里香の台詞がよみがえった。


そうだっ………

もしこの事がバレたとしたら………


顔からさあっと血の気が引いていくのが分かった。


「は、はやさかくんっ!私今日はやっぱり遠慮するよ!」

「は?何を今更言ってんだよ」

「や、やっぱりこんな遅くにはよくないと思って…。それに私本の続きは別に今度でいいからまた次の機会に……」

「ここまで来ておいて帰るとか馬鹿だろ。いいから早く入れよ。」


すると、


「なあに、家の前でぎゃあぎゃあ騒いでんだ?」


と前から、突然甘い響くような声がした。

はっとして顔を上げると、目の前に茶色がかった髪に甘いマスクの美青年が立っていた。


「ん?もしかして君が噂の………?」


私は首をかしげた。

…………噂ってなんのこと?


早坂君が怪訝そうな声を出す。


「兄貴?なんで今日家にいんだよ。出掛けるからいないって言ってたじゃねーか」

「小百合から面白そうなことを聞いたんでね。出掛けられるわけがないだろ?それとも何?俺が出掛けてないと不都合なことでもあった?」


と早坂君のお兄さんがニヤニヤと面白そうに聞くと、早坂君はぎゅっと顔をしかめた。


わっ……!

早坂君が口で勝てないなんて………

てか早坂君にお兄さんなんていたんだ!


私が驚いているとお兄さんはまた体の向きをくるりと反転させて、


「初めまして。健人の兄のアキラです。いつも弟が世話になってるよ」


と端正な顔に笑みを浮かべて言った。


「いえっ……あっ、私は白崎葵衣と言います。私こそいつも、早坂君にはお世話になってて……」

「葵衣ちゃんね。これからよろしく」

「はっ、はいっ」


顔が自然と火照ってくるのが分かる。

だってこんな美形に話しかけられて、普通に対応できる方がおかしいに決まっているじゃない……!


でも確かにこの二人が兄弟というのも妙に頷ける。

早坂君が「氷の王子」だとすると、彰さんはいかにも正統派の王子様という感じだ。


甘いマスクに甘い声。

こんな声で囁かれたら、女の人達はひとたまりもなく墜ちてしまうに違いない。


タイプは異なるが、よくよく見ると顔の作りはやはりどことなく二人は似ていて、二人並ぶ美しい姿に思わずため息がこぼれる。


はあ………女のわたしって一体………


私は甘い声に勝てるはずもなく彰さんに促されるまま、しぶしぶと玄関に足を踏み入れた。




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