第1話「昼休み」
「ねぇねぇ、この学年で一番かっこいいのって誰だと思う?」
「うーん………やっぱり早坂君じゃない?彼、まだ入学式から一ヶ月も経ってないのに上級生も含めてすごい人気だって聞いたわよ」
「あー……確かに。早坂君の人気っぷりはもはや異常だよね、異常!確かにあのクールな感じとかすごくかっこいいけどさ」
「分かる分かる〜…って葵衣!聞いてるの?」
「へ?」
いきなり話しかけられて驚いた私は何とも間の抜けた返事をしてしまった。
慌てて視線をお弁当箱から上げると、三人ともなんだか凄い目つきで私を睨んでいる。
ちょ、ちょっと怖いかも………
机を挟んで私の前に座っているのは、宮川恵理。長くて黒い綺麗な髪を下ろした綺麗な顔立ちをした女の子で、色々と世話を焼いてくれる大人っぽい子だ。
私の右隣に座っている茶色いふわっとした髪をしている可愛い感じの女の子は、酒井由里香。彼女は結構ミーハーらしく、色々なところでかっこいい男の子を見てはよく騒いでいる。
そして左隣のボーイッシュな感じのかっこいい女の子が瀬川玲。身長は170以上あるらしく私よりもはるかに高い。由里香によると、女の子にもファンがすでにたくさんいるとか。
三人とも高校に入ってからの友達である。
そんな目立つ三人と比べて私は長いぼさぼさの髪をおさげにしてごまかしてるし、眼鏡をかけてて地味だし………顔立ちだってぱっとしない。
教室の日陰を住処としてひっそりと暮らしている……そんな人間だ。
「アンタね〜昼ご飯食べるのに集中するのもいいけど、話ぐらい聞いてなさいよね!」
「ご、ごめん……。え、で、三人とも何の話をしてたの?」
「だ、か、らぁ〜うちの学年の男子の中で誰が一番イケてるかって話よ!葵衣は誰だと思うの?」
由里香がじれったそうに聞いてくる。
か、かっこいい男の子……?
まだ入学式から一ヶ月経つか経たないかという時期なのだ。
学年はもちろんの事、クラスメイトの名前さえ全員を把握出来ているかも危ういところなのに………
「まぁ、そんなこと言ってもどーせ葵衣のことだから興味なさそうだし、分かんないんじゃん?」
と玲ちゃん。
「てかアンタ、もしかしてこの学年で男子の名前三人も言えないんじゃないの?」
ちょっと待って!
いくら私でもさすがに三人は言えますって!!
「い、言えるよっ!」
「ふーん、じゃあ言ってみなさいよ」
と恵理が意地悪く口元を上げて聞いてくる。
その挑発するような笑みにカチンときた私は、意地になって必死に頭をフル回転させた。
クラスにいる男子の顔を必死に脳内に呼び起こす。
え〜っと〜……
「山下君でしょ………それと相川君に…………ん〜と………………あっ!波田野君!!」
無事に名前を思い出せたことに、得意な気持ちで3人の方に顔を向けると、なぜかみんな呆れた表情を浮かべていた。
え、え…?
ま、間違ってないよね?
3人の表情に急に自信がなくなってきて、あたふたしていると、傍から次々に聞こえてくるのは疲れを滲ませたため息。
「よりによって覚えてるのがうちのクラスの地味ーズかよ………」
「アンタに聞くのは間違ってたわね……じゃあ質問を変えるわ。早坂君って分かる?隣のBクラスの」
「はやさかくん………?」
「………その様子だと知らないみたいね。はぁ……ホント葵衣って貴重な人種かも」
駄目だこりゃ、と呟いて恵理が手を額に当てた。
「はぁ―――――!!!?早坂君を知らないのっ!!!?どう生きてきたらそんな事がありえるわけ!?早坂君を知らないなんて信じらんないっっ!!!うちの学校、みんな知ってるわよ!!!」
由里香がそういきなり絶叫するのを聞いて、クラスメイト達は驚いて何事かと振り返っている。
あまりの大声に、きーーんと耳鳴りがした。
玲ちゃんが苦笑しながら付け加える。
「ほら、新入生代表だった背が高い男の子だよ。覚えてない?それで女の子達の歓声がすごくて一時騒然となったんだけど…」
入学式………?
その時は確か読んでた本の事で頭がいっぱいになってたから、正直言ってあまり覚えてなかったりする。
言われてみれば、騒がしかった気もするけど………
入学式の日のことを思い出そうとして頭を捻る。…だけど思い出せるのはやっぱり本のことだけで。責めるような視線を浴びながら、どんどん居心地の悪さが募っていく。
なんだか自分の注意力と記憶力の無さを呪いたくなってきた。
とその時、救いと言うべきなのか予鈴のチャイムが鳴った。
その音に弾かれたように由里香が慌てて立ち上がる。
「あああぁぁ〜〜〜!!次、深見沢の英語じゃん!!!私まだ宿題してないんだった!!もうっ!チャイム鳴っちゃったけど、今度葵衣に早坂君のこと徹底的に教え込むからね!ほんとうに信じらんないんだからぁ…覚悟してなさいよ!」
私を鋭くねめつけたあと、ブツブツ言いながら由里香は自分の席へと戻っていった。
玲ちゃんも「由里香から質問責めされる前にとりあえずチャイムが鳴って良かったね」と私に小さく耳打ちして笑うと、お弁当箱を片づけ始める。
お弁当箱に残されている食べかけのおかずを私は虚しい気持ちでじっと見つめた。
はぁ〜……
なんだか今の昼休みすごい疲れた気がするのは気のせい………?