「大人になったら結婚しよう」と言った少年が十年後、縁談を蹴り飛ばしに来た
「レイラ。大人になったら、俺と結婚してほしい」
差し出された野の花とともに、幼い彼は頬を赤く染めながら私に告げた。
私の秘密の遊び場である森に、ある日ふらりと現れた少年。
太陽を反射して美しく煌めく金髪、宝石よりも輝かしい青色の瞳は、まるで絵本の中に出てくる王子様のようだった。
「うん……私も、あなたと結婚したい……!」
どこの誰ともわからない男の子。
きっと近くの街の子どもだろう。
私は自分の願いを素直に言いながらも、重たく暗い現実がよぎり、言葉とは相反した気持ちでいっぱいになった。
「でもね、私の結婚相手はお父様が決めるの。だから……ルウとは結婚できない……」
スカートをぎゅっと握りながら、私は小さく首を振った。
腰を下ろした芝生の上を、吹き抜ける風が優しく撫で、葉をざわめかせていく。
沈黙が落ちた後、少年は今まで見せたこともない真剣な眼差しで、私に告げた。
「それじゃ……君のお父様に認めてもらえるような男になってみせる。だから待っていて……」
そう言いながら、彼は私の頬にそっと唇を触れさせる。
幼い私たちにとって、それは持ちうる限りの誠実な誓いだった。
この淡く胸に灯る熱を、私は心の奥底の宝箱にしまいこんだ。
この先どんな辛いことがあっても、この記憶さえあれば歩んでいけるはずだと信じて。
「レイラ、お前の結婚相手が決まった」
それから、十年後。
成人を迎えたばかりの私に、父は淡々と、日常会話と変わらないトーンで告げた。
「侯爵家の後妻として、お前の名が挙がった。お前が首を縦に振り次第、正式な手続きを進める手筈だ」
告げられたのは、社交界でも浮名で知られる、すでに齢五十を超えた侯爵の名だった。
先妻を亡くし、家柄の釣り合う若い令嬢を買い叩こうとしているのだろう。
この婚姻に愛など存在しない。
若さだけを求められているのは、世間知らずの私でも一目で理解できた。
「一晩だけ……考えさせてはいただけないでしょうか」
それが、私にできる精一杯の抵抗だった。
お父様も予想外の言葉だったのか、不機嫌そうに眉をピクリと動かす。
「侯爵閣下は、我が家の事業へ巨額の援助を約束してくださっている。……猶予は与えるが、断る選択肢など存在しないと心得ておけ」
「……はい、お父様」
髪を肩から流しながら一礼をして、私はお父様の顔を見ないように背中を向けて執務室から退室した。
屋敷の廊下を進みながら、私は庭園を望むガラス窓の前で足を止める。
「あの庭園で、ルウと遊んだこともあったな……」
懐かしい日々の情景が、今は切なく胸を締め付ける。
お父様の目を盗んで、笑いながら過ごした尊い時間。
今でも色褪せず、昨日のことのように思い出せる。
「大丈夫……彼と過ごした時間があれば、私は耐えられる……」
溢れ出す痛みを押し殺せず、視界が涙で滲む。
ルウとは、あの日結婚の約束を交わして以来、二度と会えなくなってしまった。
森へ何度も通い、声を枯らして名前を呼び続けたけれど、彼の姿を見つけることは叶わなかった。
面倒な貴族の娘だと分かり、呆れて立ち去ってしまったのだろうか。
思い出の残る庭園へ、冷えたガラス越しにそっと触れる。
「ルウ……さようなら……」
この想いとは、今日限りで別れを告げよう。
私は伯爵家の長女であり、家を支える義務がある。
昔の淡い恋心を引きずって、我儘を言える立場ではない。
(でも、今夜だけは。彼を想って泣くことだけは許してほしい……)
私は私室に入ると、靴を脱ぎ捨てながらベッドの上に身を投げ出した。
子どもの頃のように泣きじゃくり、喉元までせり上がる声を布団に押し当て抑え込もうとする。
そのまま夕陽の光が染め上げる中、私はいつの間にか眠ってしまった。
まどろみの中で、私は過去の夢を見ていた。
木の根元で膝を抱えていた私を、彼は心配そうに覗き込んできたのだ。
「君は、レイラって言うの?」
「うん、あなたは?」
「俺は……ル……ウ……。ルウだよ」
少年は少し困ったように笑いながら、名前を明かしてくれた。
「君は、どうしてこんなところで一人でいるの?」
「逃げてきたの。立派な貴族に嫁げるようになりなさいって、朝から晩まで勉強ばかりで……」
寝る間を惜しむほどの勉学、講座。
将来を狭めていく教育が心を蝕んでいき、とうとう耐えきれずに、屋敷から抜け出してしまった。
「そっか……君も……」
「え?」
「ううん、何でもない。それなら、今日は俺と一緒に遊ぼうよ。実は俺も……家から抜け出してきたところなんだ」
「あなたも? どこから?」
「……家の仕事から、かな。そんなことより、早く遊びに行こう! 時間、あまりないのだろう?」
ルウは困惑する私の手を取り、暗い木陰から陽だまりの中へ連れ出してくれた。
太陽に負けないくらいの、まぶしくて屈託のない笑顔。
私が転びそうになれば、紳士のように支えてくれる柔らかな気遣い。
辛いことがあれば、何も言わずそばにいてくれる優しい心根。
ルウのことを好きになるのに、そう時間はかからなかった。
十年が過ぎた今、彼は私のことを覚えているだろうか。
会いたい。
もう一度あの手を取って、どこか遠い場所へ連れ去ってほしい。
叶わない願いを抱いたまま、意識の底へと沈んでいった。
「……ラ……。レイラ……!」
「ん……?」
涙を流した痛みが残る目尻をこすりながら、私はまぶたをゆっくりと開けた。
いつの間にか夜になっていたのか、部屋の中は月明かりの青白い光だけが満ちていた。
自分を呼ぶ声に導かれるように、ぼんやりと視線を巡らせる。
「…………っ!」
ベッドの脇に片膝をつき、私を覗き込んでいる人影。
月夜の中でも太陽のように輝く金髪、優しげに細められている青の瞳。
「ルウ……!?」
弾かれたように、私は上半身を起こした。
夢の中までも探し求めていた彼が、目の前にいる。
乱れた髪を整えることも忘れ、私は彼を見つめた。
「レイラ、会いたかった……」
声は低くなり、落ち着いた響きが加わっていたけれど、くすぐるような温もりは十年前と同じだった。
少年だった面影は洗練され、息を呑むほど美しい大人の男性へと変わっている。
黒い外套をまとった肩幅は広く、鍛え上げられた体つきが衣服の上からでも伝わってきた。
「どうして、ここに……」
「忍び込んできたんだよ。君に会うためにね」
悪戯っぽく微笑む彼を前に、十年間溜め込んできた問いかけが溢れ出す。
なぜ突然消えてしまったのか。
なぜ今まで会いに来てくれなかったのか。
「ルウ……!」
その全ての疑問を置き去りにして、私はベッドの上でルウの胸に飛び込んだ。
少年から青年のものへとなった厚い胸板で、彼は私を包み込むように抱きとめてくれた。
「ごめん、レイラ。君を迎えに来るのに、時間がかかってしまった……」
「ううん、あなたにまた会えただけでも嬉しい……!」
「……良かった。忘れられていたらどうしようかと、いつも怖かったから」
「忘れるわけない! 十年間、あなたのことだけを……待っていたの」
彼の体温が体の中に溶け込み、胸の痛みが嘘のように引いていく。
「レイラ、俺と結婚してほしい。もう二度と君の手を離さない。必ず幸せにすると誓うよ」
彼の手が背中に回され、抱きしめる力が強まる。
すべてを捨てて、彼と逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。
けれど、伯爵令嬢としての責任が私の足を止めた。
零れ落ちる涙とともに、私は彼の腕の中で首を振った。
「ルウ、ごめんなさい。私はもう、別の婚姻が決まりそうなの。家のためにも、断ることは許されない……っ」
約束を守り、迎えに来てくれた彼を裏切ってしまう罪悪感。
そして望まない未来への絶望で、視界が涙で覆われていく。
「でも、会いに来てくれて嬉しかった。最後にあなたに会えただけで、私は……んっ!?」
言葉の続きは、唇を奪われたことで遮られた。
ルウが私の唇にキスを落としたのだと気づいたのは、熱が重なり合ったその一瞬後だった。
「ん……ル、ルウ……!?」
「君が誰か他の男のものになる? そんなの、俺が許すわけないだろう。レイラの全ては……俺だけのものだ」
唇が離れても、彼は私をきつく抱きしめたまま離さない。
至近距離で、彼の澄み渡った青の瞳が熱く輝いた。
「家のためだと言うのなら、全部俺が解決してみせる。だから……君も諦めないで」
「ルウ……?」
「すぐに、俺の言っている意味が分かるよ。だから今日は……俺を信じて眠るんだ、レイラ」
大きな手が愛おしむように、私の髪を優しく梳いていった。
彼の変わらない柔らかな仕草に、私の体から力が抜けていく。
穏やかな声音に身を委ねながら、安心感で次第に目が閉じていく。
(夢でもいい……。この温もりを、どうか一生、忘れませんように……)
そう願いながら、私は彼の胸に身を預けながら、深い眠りへと落ちていった。
まぶたを持ち上げると、朝焼けがカーテンの隙間から差し込んでいた。
体には毛布がかけられ、乱れていたはずの髪も整えられている。
「夢……?」
身を起こすと、枕元に花が一輪置かれていることに気づいた。
十年前に彼が私に贈ってくれたものと同じ、小さな野の花。
「夢じゃ、ない……」
昨夜の出来事は、決して幻などではない。
私は彼と再会を果たして、求婚をされて、その想いを胸に受け入れた。
夜更けに私室で、婚約者でもない男性と二人きりになるなど、貴族の娘として許されない振る舞いだ。
けれど、たとえそれが明るみになろうとも、後悔は一切なかった。
「お父様のところへ……行かなきゃ」
手早く身支度を整え、私は部屋の扉に手をかけた。
正直に気持ちを言えば、家から勘当され、路頭に迷うことになるかもしれない。
その覚悟を胸に抱き、執務室の前まで歩みを進めた。
トントン、と扉を叩く。
「お父様、お話があります……」
返答を待たずにドアノブを回し、私は部屋の中へと足を踏み入れた。
「……っ!?」
「なんだ、呼ぶ前に自ら現れるとは都合がいい」
執務机の前に、厳格な面持ちの父が立っていた。
そしてその向かいには、見覚えのある男の姿があった。
以前、夜会で見かけたことのある、好色で悪名高い侯爵だ。
「おお、彼女が私の新しい花嫁か! これは噂以上に器量の良い……!」
両手を広げ、値踏みするような足取りで侯爵が歩み寄ってくる。
その瞳に薄っすらと宿る欲望が見えた気がして、私は思わず後ずさってしまう。
「おっと、怖がらせてしまったかな?」
「も、申し訳ございません。世間を知らぬ未熟者ゆえ、どうかご容赦を」
「構わんよ。純情な小鳥を飼い慣らす方が、手応えがあって面白いというものだ」
言葉に含まれた意味を察してしまい、私の喉に吐き気がこみ上げた。
けれども、ここで言葉を飲み込んでしまえば、覚悟を決めてここへ来た意味が消えてしまう。
私は震える手を押さえつけながら、二人の前で頭を下げた。
「侯爵閣下、私との婚姻を取りやめていただきたいのです! 私には、心に決めた方がいます。その方に昨夜求婚され……お受けしてしまいました……!」
部屋の雰囲気が一瞬で氷点下まで下がり、呼吸の音すら聞こえるほどに静まり返る。
その沈黙を引き裂いたのは、やはり父の憤怒の声だった。
「お前……! いつの間に、そのような勝手なことを……!」
血相を変え、殴りかからんばかりの勢いで詰め寄ってくる父の足音。
その肩を押し留めたのは、傍らにいた侯爵だった。
「伯爵、そう血を上らせるものではありませんよ」
「し、しかし……! この娘は、貴族の規範を踏みにじったのですよ!?」
「大した問題ではありません。……私にとっては、小娘の純情など、結婚するうえで何の支障もありませんからね」
「え……っ」
顔を上げると、侯爵は優しい声音とは裏腹に、下卑た笑みを浮かべていた。
「……恋に憧れる娘を頷かせる術は心得ております。レイラ嬢に、世界は広いのだということを……この私がじっくりと、教えて差し上げましょう」
父を押しのけるようにして、侯爵が私の眼前まで迫ってくる。
逃げ場を探して後退するが、背中は冷たい壁に突き当たってしまった。
伸びてきた手が、私の血の気の引いた手首を掴もうとする。
「い、いや……ルウ……!」
喉から零れ落ちたのは、彼の名前だった。
その直後。
ドン——!
執務室の扉が、何の予告もなく乱暴に蹴り開けられた。
「彼女から離れろ」
凍てついた声とともに現れたのは、見間違えるはずもない黄金の髪を持つ青年——ルウだった。
しかし、昨夜の飾り気のないラフなシャツ姿とはまるで違う。
上質な外套に、緻密な刺繍が施された純白の軍服。
あまりにも高貴な出で立ちは、彼がただ者ではないことを如実に物語っていた。
突然の乱入者に呆気に取られる父と侯爵を意に介さず。
ドスッ!
ルウは瞬きする間に距離を詰め、侯爵の腹を蹴り飛ばした。
「ぐはぁっ……!?」
無様なうめき声を上げて床を転がる侯爵を見下ろし、ルウは私の肩を抱き寄せる。
「よくも俺の大切な人に、その汚れた手を伸ばそうとしてくれたな。万死に値する罪だ。存分に後悔させてやる」
見下ろす青の瞳には、一片の慈悲もなかった。
しかし、震えが止まらない私に視線を戻すと、彼はさっきまでの冷酷さが嘘のように、ふわりと目元を和らげた。
「遅くなってごめん、レイラ。もう大丈夫だよ」
「ルウ……! ど、どうしてこんなことを……!?」
状況が理解できずに、私は困惑しながら彼を仰ぎ見る。
「ル、ルーカス王太子殿下……!?」
腰を抜かしかけていたお父様の震える声が、室内に響いた。
ルーカス王太子殿下。
それは、この国の次期国王たる第一王子の御名だ。
あまりの事態に、私は目を見開いてルウの顔を見つめる。
「黙っていてごめん。君を騙すつもりはなかったんだ。ただ……昔のままの『ルウ』として、真っ先に君へ会いに行きたくて」
申し訳なさそうに私に囁いた後、ルウは床にへたり込むお父様へと向き直った。
「伯爵。レイラを俺の妃として迎え入れたい。返事はもちろん、了承一択で構わないな?」
「は、はい……喜んで……」
ルウの威圧感に当てられ、お父様はただただ呆然と首を縦に振ることしかできなかった。
「承諾に感謝する。……だが、俺の愛する女性を、こんなゴミに売り渡そうとしたこと。そして彼女をここまで追い詰めた罪は、決して許さない。相応の報いを受ける覚悟をしておくことだな」
冷淡な宣告を残し、ルウは私を抱き寄せたまま、侯爵と父を一瞥もせずに執務室を後にしたのだった。
伯爵邸の玄関口を抜けると、いつの間にか敷地内には整然と並ぶ騎士団の隊列と、白金の装飾が施された馬車が待ち受けていた。
呆然とする私を、ルウはエスコートしながら馬車の中へと招き入れてくれる。
座席に腰を下ろすと扉が閉まり、馬車はゆっくりと前進を始めた。
隣に並んで座る彼の横顔を見つめながら、私は遠慮がちに口を開いた。
「あの……ルーカス王太子殿下……」
私がそう呼ぶと、彼は悲しげな瞳をこちらに向ける。
「レイラ、頼むからそんな他人行儀な呼び方をしないでくれ。君には今まで通り、ルウと呼んでほしいんだ」
「で、でも……」
本物の王子様を相手に、昔と同じ愛称で呼ぶなど畏れ多すぎる。
戸惑う私に、彼はどこまでも穏やかに微笑みかけてくる。
「君に殿下なんて呼ばれたら、泣いてしまいそうだ。……何から話せばいいかな。どうして俺がここにいるのか、説明が必要だよね」
「……うん。何が起きているのか、教えてほしい……」
私が小さく頷くと、ルウは昔を懐かしむように視線を落とした。
「当時の俺は、周囲の期待や王宮の窮屈さに耐えられなくて、城を抜け出してばかりの問題児だったんだ。あの森に迷い込んだのも、お目付役から逃げ出した先だった。そこで、君に出会った」
彼の言葉に、十年前のあの日が鮮明に蘇る。
突然現れた彼を不思議に思っていたが、王子の密かな脱走劇だと考えれば辻褄が合うような気がした。
「君の優しさに触れて、君に恋をした。けれど、逃げ回っているだけの情けない子どものままじゃ、君の隣に立つことすら叶わない。君の父君に認めてもらえるような、誰が見ても立派な男にならなくちゃ駄目なんだって思ったんだ」
彼は顔を上げ、透き通るような青い瞳で私を捉えた。
幼かった頃と同じ真剣な眼差しに、私の胸は高鳴りを覚える。
「あの日、君と結婚の約束を交わしてから、俺は心を入れ替えたよ。逃げ出すのをやめて、王太子としての責務や厳しい教育にも真正面から向き合ってきた。すべては、胸を張って君を迎えに行くためだけに」
十年間、彼が姿を見せなかった理由。
それは私を忘れたからではなく、私との約束を果たすために、王宮で自らを鍛え続けていたからだったのだ。
心の奥底まで情愛で満たされ、視界が潤んでいく。
「成人を迎えて、ようやく国王陛下からも正式に妃を迎える許しが出たんだ。そんな矢先、君にあの好色侯爵との縁談が持ち上がっていると耳にしてね。居ても立ってもいられなくなって、昨夜あんな形で忍び込んでしまった。……怖がらせてしまって、ごめんね」
「そんなことない……! 来てくれて、本当に嬉しかった……」
涙を堪えきれず、頬を濡らしながら私は首を横に振った。
ルウは私の手を取り、熱を分け与えるように指先を包み込んでくれる。
「十年間、一日たりとも君を忘れたことはない。俺の心はずっと、あの日森で出会った時から君のものだ。……レイラ、改めて言わせてほしい。俺と結婚して、生涯を共にしてくれないだろうか」
少年の頃と変わらない、誠実な祈りにも似た言葉。
もう、踏みとどまらせる葛藤も、迷う理由も、どこにもなかった。
「はい……! 私と結婚してください、ルウ……!」
私が心からの笑みを広げながら答えると、ルウの表情が歓喜に染まった。
引き寄せられた腕の中に収まり、彼の胸に顔を埋める。
幼い頃に交わした小さな約束は、十年という歳月を経て、世界で一番幸せな誓いへと変わったのだった。
それから半年後。
王宮での暮らしにもようやく慣れ始めたある日の午後のこと。
私の部屋でお茶の支度を整えていた専属侍女達が、声を潜めて噂話に花を咲かせていた。
「侯爵閣下のことご存知ですか? なんでも、縁談がぱたりと途絶えてしまったとか」
「まあ、あれだけ後妻を探されていたのに……」
「先妻を大事にせず、浮気しまくっていたツケが回ってきたんですよ、きっと」
侯爵は、屋敷でひっそりと隠居同然の暮らしをしているらしい。
少し気の毒にも思えたけれど、私のような思いをする娘が出ずにすむのだと、安心する気持ちの方が勝ってしまった。
「あの、私のお父様は、今どうされているか知っていますか?」
「レイラ様の? 伯爵閣下は、王家の親戚という身分こそ得られたものの、なぜか事業の不運が重なっているようでして。毎日山積みの書類仕事と、取引先へのお詫びに追われて奔走なさっているとお聞きしましたわ」
「そう……」
侍女たちが部屋を出た後。
ふと横に目を向けると、向かいのソファで優雅に紅茶を傾けていたルウが、わざとらしく窓の外へ視線を逸らしていた。
「ルウ、まさか……あなたが裏から手を回して……?」
「さあ、どうだろう?」
悪戯っぽく微笑む顔は、あの森で遊んでいた頃と何一つ変わらない。
彼の報復に呆気にとられつつも、すべては自分を想っての行動なのだと胸が温かくなり、私は思わず笑みをこぼしてしまった。
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※本作はムーンライトノベルズに投稿した作品の加筆修正版です
ご愛読ありがとうございました。
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