【既読】スキルは好きな彼女にだけ発動しない
恋愛第二作です!こんな青春もあっていいなぁと
この世界では、誰もが十五歳から十八歳になるまでの間に、ささやかな超能力――「スキル」を授かる。空を飛んだり時間を止めたりといった大層なものではない。探し物が見つかりやすくなるとか、他人の空腹度が分かるとか、その程度の生活を少しだけ円滑にする「便利ツール」のようなものばかりだ。
僕が17歳の誕生日を迎えて発動したスキルは、【既読】
自分の意識した相手が、今この瞬間、自分をどう定義しているか。
その本音が、スマホのプッシュ通知のように視界の端へ無機質に表示される。
――既読:友達として安心
――既読:少し気になる
――既読:正直うざい
表示は簡潔で、それゆえにナイフのように鋭利だった。
最初に試したのは、クラスの中心にいる高橋。『既読:その他大勢』
予想はしていたが、網膜に焼き付く文字は、俺の存在の軽さを数字で突きつけてくるようで胸がざわついた。
次に、隣の席でたまに消しゴムを貸し借りする佐倉。『既読:いい人だと思う』
悪くない。だが、そこには決定的な熱量も、俺という個人への執着もなかった。
スキルは残酷なまでに「合理的」だった。
脈なしの相手にリソースを割く無駄を省き、玉砕の恐怖をシステムが肩代わりしてくれる。
恋愛は、攻略本を手に入れたゲームのように、効率化された作業へと成り下がっていった。
そんな僕には、好きな子がいた。
藤宮七海。
図書委員で、笑うと目尻がふにゃりと下がる。
派手さはないが、図書室の窓から差し込む西日を、誰よりも静かに、慈しむように受け止める横顔が綺麗だと思った。
初めて言葉を交わしたのは、激しい雨の日だった。
ーーーーーーーー
「傘、忘れちゃったの?」
校門で途方に暮れていた俺に、彼女が声をかけた。
「……まあ、予報を見てなくて」
「ふふ、じゃあ入る? 途中までなら、方向一緒だし」
それだけの、なんてことのないやり取り。
だが、俺の胸の奥で、カチリと何かが噛み合う音がした。
端的に言うと恋に落ちたのだった。
ーーーーーーーーーー
それが誕生日を迎える1か月前。
ちょうど帰るところで、彼女に出会えた。
すかさず彼女を意識した。そうすれば視界の端に「通知」が来るはずだった。
けれど――。視界は、静まり返ったままだった。
不発かと思い、彼女の瞳をじっと見つめる。だが、何も出ない。
「んー、どうしたの?」
焦って通りすがりの女子に目を向けると、即座に『既読:知らない人』と浮かぶ。
なのに、目の前で相合傘を差し出す彼女だけは、既読がつかない。
◇
それからというもの、僕は彼女の前で臆病になった。
「見えない」ということは、暗闇の断崖絶壁を歩くようなものだ。
もし、スキルが『既読:嫌い』と出していれば、諦めることもできた。
『既読:好き』と出していれば、自信満々に笑いかけることもできた。
今の俺には、彼女が俺をどう思っているのか、一ミリも手がかりがない。
友達か。
ただのクラスメイトか。
それとも、認識すらされていない空気なのか。「正解」がわからない恋が、これほどまでに心臓を削るものだとは知らなかった。
「最近、なんだか元気ないね」
放課後の図書室、貸出作業をする彼女が小声で言った。
「そうか?」
「うん。なんだか、ずっと何かを探してるみたいな顔してる」
見透かされた。
その瞬間、僕は必死に祈った。頼む、表示されろ。安心させてくれ。彼女の中に、俺の居場所があると言ってくれ。嫌いでもいいから、せめて文字にしてくれ。
無音だけはやめてくれ。
だが、脳内は冷たい静寂に包まれている。
「……僕さ、答えが分からないと、怖くなるタイプなんだ」
喉の奥から、絞り出すように言葉が漏れた。
「でも、知らないほうがいいこともあるのかなって、最近思うんだ」
彼女は少しだけ手を止め、窓の外を眺めてから、柔らかく微笑んだ。
「知らないから、大事にできることもあると思うよ」
その言葉は、システムの無機質な通知よりもずっと深く、僕の心根を震わせた。
◇
後日、僕はスキル相談室でこの現状を相談した。
担当の教師が、タブレットを操作しながら不可解そうに呟く。
「君のスキル【既読】……特定対象にだけ反応していないから不安と」
「……まぁはい」
「教えてあげよう。相手が“意図的に本音を固定していない”場合、君のスキルは不発に終わる。」
「固定、していない?」
「ああ。感情が流動的で、自分でも答えを出していない状態。好きとも嫌いとも決めず、あらゆる可能性をオープンにしている相手には、既読はつかない。と思うな。だいたい感情をサクッと読み取るなんてそんな能力人間が得ていいものじゃないのさ」
胸の奥が、カッと熱くなった。
「それって……ゼロじゃないってことですか」
「まあ、確率論で言えばそういうことだ。なんだ、元気になったな」
教師の事務的な言葉が、僕の世界を鮮やかな色彩で塗り替えていく。
彼女は、僕を拒絶していない。
ただ、僕という人間を、自分の心でじっくりと測っている最中なのだと。
そこには、無限の未来が残されていた。
◇
帰り道、僕は自身のスキルに集中した。
スキルの設定画面を開くようなイメージで。
【既読】オン/オフ。
恐怖はある。
このスキルを消せば、俺はまた「高橋」や「佐倉」が自分をどう思っているか怯える日々に戻るだろう。傷つく確率は跳ね上がり、無駄な努力に時間を費やすことになる。
でも。「数値」で保証された安心に寄りかかってする恋は、本当に僕の恋なのか?
表示された文字に背中を押されるだけの人生は、果たして「生きている」と言えるのか。
僕は大きく息を吸い込み、スキルをオフにした。
視界からすべての通知が消え、世界は一気に不確かになった。
けれど、肩の荷が下りたような、不思議な軽やかさが全身を駆け巡った。
翌日。
放課後の図書室で、彼女はいつものように新刊を並べていた。
「藤宮」
「あ、お疲れ様。どうしたの?」
「今度の日曜、駅前でやってる古本市に行かないか? 珍しい詩集とかもあるらしいし」
一瞬の沈黙。
もしスキルがオンなら、ここで彼女の「判定」が下されていたはずだ。
脈ありか、なしか。
だが、今の僕の視界には、彼女の戸惑ったような瞬きと、少し赤くなった耳たぶしかない。
彼女は、少しだけ俯いて考えた。
そして、顔を上げた。
「……いいよ。行きたいと思ってたんだ、ちょうど」
それが「ただの暇つぶし」なのか、「僕と行きたい」のか、今の僕には分からない。
でも、それでいい。見えないからこそ、僕は彼女の言葉を、彼女の表情を、全力で信じることができる。
「ねえ」
帰り道、夕焼けに染まりながら並んで歩いていると、彼女がふと言った。
「なに?」
「最近の君、なんだか前より楽しそう。……吹っ切れたみたい」
僕は、彼女にしか見せないような顔で笑った。
「ああ。大事なことに気づいたんだ」
通知はいらない。
本音は、確定していなくていい。恋は、未読のままでいい。
だって、その空白のページを、僕たちの言葉で書き込んでいくのが、何よりも贅沢なことだと思ったから。
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