雨の降る公園でめっちゃはしゃいでるJKがいた
雨の日の公園で、ブランコを全力で漕いでいる女子高生がいた。
しかも制服だ。
しかもローファーのまま。
しかも叫んでいる。
「うぇーーーーーい!!」
いや何がうぇーいだ。
俺は東屋のベンチに座りながら、その異様な光景を眺めていた。
雨脚はそれなりに強い。砂場は水たまり、鉄棒はびしょ濡れ。まともな人間はこんな日に公園に来ない。
まともなら。
ブランコはぎいぎいと悲鳴を上げ、彼女のスカートは雨と遠心力で好き勝手に翻る。
靴の裏で水が飛び散る。
「いぇーーーい! 世界一位ー!」
何の。
俺は思わず小さくため息をついた。
顔は知っている。
同じ高校の二年。クラスは違うが、廊下ですれ違えば軽く会釈するくらいの距離感だ。話したことはほぼない。噂ではやたらテンションが高いらしい。
なるほど。
雨の中ブランコ爆走は想像の三倍くらいテンションが高い。
そのとき、彼女がぴたりとブランコを止めた。
靴底で地面を強く踏み、ぐるりとこちらを振り向く。
目が合った。
「ねえ!」
嫌な予感しかしない。
「見てるなら押してよ!」
なんでバレた。
「見てない。視界に勝手に入ってきただけだ」
「それを見てるって言うんだよ!」
理不尽だ。
彼女はびしょ濡れのまま、ずかずかとこちらへ歩いてくる。
屋根の下に入った瞬間、水滴がぱらぱらと床に落ちた。
「暇でしょ?」
「雨宿りしてるだけだ」
「じゃあ暇じゃん」
どういう理論だ。
彼女は俺の腕を掴んだ。冷たい。めちゃくちゃ冷たい。
「ちょ、冷たっ」
「押して!」
「断る」
「押して!」
「命令形やめろ」
「押して!」
押しの強さが物理的だ。
俺は観念して雨の中へ出た。
数秒で制服が重くなる。靴の中に水が入る。
最悪だ。
彼女は満足げにブランコへ戻る。
「もっと高くね!」
「普通に漕げ」
「もっと!」
「落ちるぞ」
「落ちたら受け止めて!」
「無理」
「えー!」
こいつ、感情のアクセルが壊れてる。
俺は仕方なく背中を押す。
雨粒が顔に当たる。視界がにじむ。
「うぇーーーーい!!」
やっぱりうぇーいなのか。
「今日さ!」
彼女が振り返る。
「人生最悪ランキング更新した!」
「知らんがな」
「聞いてよ!」
「押してるだろ」
「聞くのもセット!」
理不尽二連発。
ブランコが前へ大きく振り出される。
「テストさー! めっちゃ勉強したのに!」
「うん」
「自己ベスト更新したと思ったのに!」
「うん」
「平均以下!」
「それはきついな」
「でしょー!?」
なぜ嬉しそうに言う。
「しかも!」
勢いが増す。
「進路面談で“もうちょっと現実見ようか”って!」
「先生は正論だな」
「ひどくない!?」
「知らん」
彼女は足を伸ばし、空を蹴る。
「なんかさー! 真面目にやってもさー! 報われない日ってあるじゃん!」
「あるな」
「今日それ!」
ぎい、とブランコが軋む。
「だから?」
「だから爆走!」
意味が分からない。
「家で泣くのダサくない?」
「別に」
「公園で爆笑のほうが強くない?」
「方向性がおかしい」
彼女は声を上げて笑った。
その笑いは妙にまっすぐだった。
「ほら! もっと高く!」
「限界がある」
「限界突破!」
「ゲームじゃない」
数分後、俺はすでにびしょ濡れだった。
彼女はさらに濡れているが、気にしていない。
「次! あんた乗って!」
「は?」
「公平でしょ?」
「どこが」
「押してもらったら押す!」
「俺は頼んでない」
「乗れ!」
命令形がデフォルトらしい。
俺は渋々ブランコに腰を下ろした。
冷たい。座面が氷のようだ。
「情けない声出したら動画撮るから」
「脅迫か」
「はい行くよー!」
彼女が背中を押す。
予想以上に強い。
「ちょ、待て、うわ」
「いぇーーーい!」
「うぇーいじゃない!」
前に振られる。視界が揺れる。
足元の地面が遠ざかる。
「怖っ」
「え、怖いの!?」
「当たり前だ!」
「かわいー!」
「かわいくない!」
彼女の笑い声が雨に混ざる。
「もっと足伸ばして!」
「無理」
「情けない!」
「うるさい!」
何往復かして、俺は限界を迎えた。
「止めるぞ」
「もう?」
「酔う」
「弱」
「帰る」
「待って!」
彼女がブランコの鎖を掴む。
至近距離。雨粒が頬を伝う。
さっきまで爆笑していた顔が、少しだけ静かになる。
「ありがと」
「何が」
「今日さ。たぶん、普通に帰ったら普通に落ち込んでた」
「今も落ち込んでるだろ」
「まあね」
彼女は肩をすくめた。
「でもさ、笑ってるとさ、なんか“まだいけるかも”って気分になるじゃん」
「単純だな」
「単純上等」
少しだけ間が空く。
「真面目にやってんのに、って思うとさ。なんか悔しいんだよね」
声のトーンが一段落ちる。
「ちゃんとやってるのに、って」
「……分かる」
俺は小さく答えた。
彼女はまたにやっと笑う。
「でしょ? だから爆走」
「理屈が飛躍してる」
「飛躍するのがブランコ!」
「上手いこと言うな」
彼女はくるりと回って、公園の出口へ歩き出す。
「帰ろ」
「風邪ひくぞ」
「もうひいてるかも」
「馬鹿か」
「馬鹿でーす」
帰り道は並んで歩いた。
水たまりをわざと踏む彼女。
俺の制服はすでに手遅れだ。
「さ」
信号待ちで彼女が言う。
「明日からまた普通に頑張るわ」
「切り替え早いな」
「だってさ」
彼女は空を見上げる。
「今日ちゃんと笑えたし」
雨は少し弱まっていた。
「家で一人で泣くよりさ、誰かと馬鹿やったほうが強くない?」
「……まあな」
「でしょ!」
信号が青に変わる。
「じゃ、またね」
「おう」
彼女は軽く手を振って走っていく。
濡れたローファーが水を跳ねる。
しばらくその背中を見ていた。
騒がしいやつだ。
でも。
公園で一人でブランコ爆走してた背中より、
今のほうが、少しだけ軽そうだった。
翌日。
学校の廊下で彼女とすれ違う。
「昨日ありがと!」
クラスメイトがぎょっとするくらい大きな声。
「別に」
「また爆走しよ!」
「断る」
「即答!」
彼女は笑って教室へ入っていく。
俺は自分の席に座り、窓の外を見る。
空は晴れている。
昨日の雨は嘘みたいだ。
ふと、思う。
あいつはたぶん、今日も全力でやるんだろう。
落ち込んでも、腹立っても、爆走するタイプだ。
報われない日があっても、
笑い飛ばして、また漕ぐ。
ブランコみたいに。
前に行って、戻って、また前に行く。
……まあ、付き合わされる身にもなれ。
でも。
もしまた雨の日に、公園であいつを見かけたら。
俺はたぶん、東屋にはいない。
最初から押しに行く気がする。
風邪ひくぞ、と言いながら。
そしてたぶん、また言われる。
「うぇーーーーーい!!」
いや、何がうぇーいだ。
――でも。
悪くない。
そんな雨も、たぶん。
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