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最終話 山の声

わたしは、ここに在る。


名を与えられる前から、

国境が引かれる前から、

人が数を数えることを覚える前から。


風が削り、

雨が刻み、

氷が抱き、

時間が積もった。


それが、わたしだ。


人は、長いあいだ

わたしを越えなかった。


越えないという選択すら、

選択とは呼ばれなかった。


ただ、在った。

それで十分だった。



やがて、叩く音が届いた。


最初は、かすかな震えだった。

小さな意思が、石に触れた程度の。


わたしは動かなかった。

動く必要がなかった。


叩く者は増え、

叩く理由は変わり、

それでも音だけは、

同じ速さで続いた。


欲望が叩いた。

好奇心が叩いた。

義務が叩いた。


やがて、理由は去り、

音だけが残った。



わたしは、覚えている。


剣の形をした鉄。

鋤の形をした鉄。

名前を失った鉄。


汗の重さ。

息の数。

代わっていく顔。


だが、わたしは数えない。

数えるのは、人の仕事だ。



そして、ある日。


石が割れ、

風が通った。


貫かれた、という言葉は

人が使う。


わたしにとっては、

通り道が増えただけだ。


穴の向こうで、

人は立ち尽くした。


何も起きなかったからだ。


それは、

わたしが拒んだからでも、

与えなかったからでもない。


最初から、

役割を引き受けていなかっただけだ。



時は流れた。


鉄は速くなり、

青銅は変わらなかった。


片方は、

見上げる余裕を失い、

片方は、

見上げる必要を感じなかった。


それでも、

両方とも、

わたしの麓を歩いた。



今、穴は残っている。


大きな穴だと、

人は言う。


わたしから見れば、

針の先ほどだ。


数千年の労力は、

風穴として、

確かにそこにある。


それで十分だ。



人は、意味を欲しがる。


だが、

意味は後から来る。


たいていは、

来なくても困らない。


わたしが在る理由は、

在ることだ。


貫かれても、

見上げられても、

忘れられても。


わたしは、

ここに在る。


それだけで、

時間は流れ、

国は生まれ、

国は老い、

人は通り過ぎる。


それで、

世界は続いている。

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