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第1話:悪役のオーディションと、唐突な閉幕(カーテンコール)

冴えない35歳のコスプレイヤー「コン」は、R18乙女ゲーム『LADS』の嫌われ悪役、ケヴィアス・フォン・スヴォボダのコスプレを完成させた瞬間、過労死した。

そして目覚めると、彼はケヴィアスその人になっていた。

全ルート死亡確定、まさに「歩く死亡フラグ」と化したコン。彼は得意とする「完全憑依パーフェクト・コスプレ」の演技力と、完璧なゲーム知識を武器に運命を出し抜く。

シナリオ通りの死など御免だ。このレイヤーは、筋書き通りには動かない。

コンは、1Kのアパートの天井を見つめていた。壁紙が剥がれかけている。

35歳。ここが彼の帝国だった。布用接着剤とカップラーメンの匂いが充満した狭い部屋。壁には2次元の美少女や3次元のヒーローたちのポスターが隙間なく貼られている。

だが、その中で最も巨大なポスターは「ハッケ」のものだった。

ハッケはコスプレ界の神だ。ゴミ袋を羽織っただけで、それをハイファッションのアーマーに見せることができる男。富と才能を兼ね備え、何百万人ものファンに愛されていた。

そして、コンはといえば。

「……努力賞」

コンは呟き、デスクの上に安っぽいプラスチックのリボンを放り投げた。

それは、「おっさん、頑張ったな。もう帰れ」というのを丁寧に言い換えた言葉だった。

コンはメイドカフェのバイトで、自分をNPC扱いする客に紅茶を注いで生計を立てていた。稼いだ金はすべてウィッグ、カラコン、そしてEVAボードに消える。衣装のサイズを合わせるために絶食し、指にタコができるまで針を刺し続けた。

だが、才能だけは……コンがアンロックできなかったスキルツリーだった。

自分はただの「コン」だ。主人公になりたがっている、内気で冴えないモブキャラ。

「もう、潮時だな……」

熱い涙がこみ上げる。35歳。貯金なし。未来なし。

コスプレ用のアカウントを削除しようとスマホを手に取ったその時――。

ブルッ。

画面に通知が走った。

【全世界同時告知:没入型テーマパーク『LADS』オフィシャルキャスト募集!】

コンの動きが止まった。

『LADS』? 『Love and Death Special』のことか?

ゲーマーでなくとも知っている。非情な難易度、ダークなシナリオ、そして異常なほど端正なキャラクターたちで知られる伝説のR18乙女ゲームだ。

「役職:公認キャラクターキャスト。無期限雇用」

「契約:7年間」

「報酬:年俸2,000万円 + 高級住宅支給」

コンの目玉が飛び出しそうになった。2,000万……?

それは単なる仕事ではない。人生の逆転、当選確実の宝くじだ。

震える指でキャラクターリストをスクロールする。キラキラした王子様? 無理だ。屈強な騎士? 違う。コンの顔は鋭すぎ、目は細く疲れきっている。

その時、奴の姿が目に留まった。

【対象キャラクター:ケヴィウス・フォン・スヴォボダ】

役割:メインヴィラン / 悲劇の悪役

ケヴィウス。「歩く死亡フラグ」と呼ばれる男。ヒロインがハッピーエンドを迎えるため、すべてのルートで死にゆくキャラクター。設定上は最も忌み嫌われ、しかしファン投票では常に首位を争う、執着の対象。

コンはケヴィウスの公式絵を見つめた。

純白の髪。白い睫毛。血のような深紅の切れ長な瞳。「傲慢」と「苦悩」を煮詰めたような顔。

コンは鏡を見た。頬をこけさせ、目を細める。

「……これなら、できる」

「3ヶ月だ」

数年ぶりに、濁った瞳に火が灯った。

「あと3ヶ月で、俺のすべてを懸けてやる」

狂気の研鑽

コンは単に準備をしたのではない。彼は「変貌」した。

翌日にバイトを辞め、貯金をすべて引き出した。

【1日目】

『LADS』をダウンロードし、20時間ぶっ続けでプレイ。台詞は一切飛ばさない。ケヴィウスのモーションをフレーム単位で解析する。

(なぜ左手が痙攣した? そうか、呪印の魔力による痛みか……)

【30日目】

炭水化物を断った。プロテインとビタミン剤だけで生きる。やつれる必要があった。身体が内側から蝕まれている男に見えるように。

【60日目】

特注のウィッグを購入し、ゲーム内の物理演算に合わせるために一本一本手植えで調整した。剣術――レイピアと大剣を混ぜたような独特の型を、筋肉が悲鳴を上げるまで叩き込んだ。

【89日目】

鏡の中に、もう「コン」はいなかった。冴えないフリーターではなく、公爵家の嫡男。喉の奥から絞り出すような、空虚で嘲るような笑い方を完成させた。

「……フッ、ハハ……」

全ての伏線、ヒロインの秘密、モブキャラの背景まで暗記した。開発者よりもこの世界に詳しくなった。

オーディション

会場のコンベンションセンターは熱気に包まれていた。何千人もの美男子やプロモデルが列をなしている。

だが、コンが楽屋から姿を現した瞬間、廊下は静まり返った。

歩くのではない。滑るように移動する。

肌は死人のように青白い陶器色。カラコンは深紅に輝いている。スヴォボダ家の黒い軍服風の衣装は、第二の皮膚のように馴染んでいた。

メインステージに上がる。強烈なライトが彼を照らす。

「名前は?」審査員が尋ねた。

コンはすぐには答えなかった。ゆっくりと首を傾け、審査員を鼻で笑うように見下ろした。

胸に手を当て、わずかに顔をしかめる。キャラクター特有の「慢性的な激痛」の完璧な模倣。

「……この程度のために、私を喚んだのか?」

声は深く、ベルベットのようなバリトン。緊張したコスプレイヤーの声ではない。

「私はケヴィウス・フォン・スヴォボダ。用件を言え、雑種ども。私の忍耐が尽きる前にな」

3秒間の沈黙。

その後、会場が爆発した。

「本物だ!」「3Dホログラムじゃないのか!?」「完璧すぎる!」

終幕と、始まり

「おめでとうございます! 採用です!」

舞台袖で、コンは契約書を握りしめていた。やった。世界に勝ったのだ。2,000万円の年俸、名声、ハッケに並ぶレジェンド……すべてを手に入れた。

「……やったぞ」

悪役の仮面が剥がれ、本物の笑みがこぼれた。

ドクン。

胸に猛烈な衝撃が走った。

視界が揺れる。契約書が指から滑り落ちた。

(ああ……そうか。4日間寝ていなかった。まともな食事も、数週間摂っていない……)

膝から崩れ落ちる。周囲のパニックの声が遠のいていく。身体が冷たい。

一回のパフォーマンスに、全生命力を注ぎ込みすぎたのだ。完璧を成し遂げた代償は、自分の命だった。

(これが……バッドエンドか?)

意識が闇に落ちる瞬間、最後に想ったのは、愛してやまないあのキャラクターのことだった。

(せめて……ケヴィウスとして死ねるなら……)

「ケヴィウス様! 起きてください!」

喧しい。

「旦那様! 儀式の時間です!」

コンは呻いた。胸の痛みは消えていた。代わりに、奇妙な熱が、脈打つような力が全身を巡っている。

目を開ける。

そこは舞台袖の床ではなかった。

小型車ほどもある巨大なベッドの上。真紅のシルクの天蓋。魔法石が輝くシャンデリア。

「なんだ……?」

身体を起こし、自分の手を見る。

白く、優雅で、力強い手。

「鏡を」

本能的に命じていた。その声は低く、威厳に満ち、酷く聞き覚えのあるものだった。

震えるメイドが、金の縁取りがなされた手鏡を差し出す。

鏡を覗き込む。

月光のように流れる白髪。白い睫毛に縁取られた、鋭い血紅色の瞳。悲劇的で、破壊的なまでの美貌。

ウィッグではない。コンタクトレンズでもない。

拳を握りしめると、皮膚の下で荒れ狂う混沌とした魔力――「スヴォボダの呪い」が燃えるのを感じた。

「……嘘だろ」

ニヤリと笑った。それはコンの気弱な笑みではない。捕食者の笑みだ。

日本で死に、『LADS』の中でリスポーンしたのだ。

ケヴィウス・フォン・スヴォボダ。悪役。死亡フラグ。このゲームで最も強大で、最も悲劇的な男に。

「7年間の契約だったか?」

コン――いや、ケヴィウスはシルクのシーツを撥ね退けて立ち上がった。窓の外には、隅々まで暗記したファンタジーの世界が広がっている。

「どうやら、終身雇用に延長されたらしいな」

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