1-3 再開
「くそっ!」
人混みをかき分け、前に押し進んでいく。
強引に群衆を抜けるが、その勢いで掲示板を倒してしまう。
周りの賑やかな話し声はどよめきに変わり、周囲の視線を浴びるが、そんなものは全て意識の外だ。
土足で校舎に入り、そのまま廊下を抜け、階段を駆け上がる。
さっき見た少年は間違いなく誠人だった。
なぜ俺と同じ学校にいる?
なんのためにここにきた?
この3年間で何があった?
無数に疑問が浮かび、さまざまな思考が巡る。
誠人がこの学校にいるなんてあり得ない。
だって、あいつは―――
「くそっ、くそっ、なんで!」
心臓が早鐘を打つ。3年分の疑問と、想いが、足に絡みつくようだ。
会って何を話せばいいのか分からないが、それでも、本能のままに足が、体が動いてしまう。
そして混乱を隠しきれないまま、誠人がいたであろう場所に辿り着く。
だが、そこにはもう彼の姿はなかった。
「………はぁ、はぁっ」
祐は乱れた呼吸を整えながら周りを見渡す。
なんの変哲もない廊下。その前には教室がある。
その扉の横には『2-1』と書かれている。
上級生の教室のようだった。
誠人は祐と同い年のはずだ。
飛び級などしない限り、上級生である事は考えられない。
ならばやはり、監視が目的でここにいたことになる。
「………あー、くそ!なんなんだよ!」
もう、訳が分からなかった。
制服を着ていたと言う事は、誠人はこの学校に通うのだろうか。
ならこの学校にいれば、会える可能性があるだろうか。
祐は謎に沸き起こる怒りと焦燥に拳を握りしめる。
だがそこで背後から声が聞こえた。
「……お前がなんなんだよ」
その声に祐は振り返る。恭也だった。
どうやら走って追いかけてきたようで、軽く息を切らしていた。
「人がクラスを確認してる時にいきなり肩で肩を殴りやがって」
「え、あ…………ごめん」
「ま、いいや。………で?」
「………え?」
「誰、ここで監視してたやつ。その感じ、知り合いなんだろ?」
「あ…………いや」
誠人のことを言うか迷う。
恭也は誠人のことを知らない。
そして誠人という存在は祐の悩みの種の一つだ。
できるなら恭也を巻き込みたくはない。
「……なんでもない」
「………はは、なんだよそれ。あんだけ血相変えて飛び出しといてなんでもないで済まされ…」
「なんでもない」
「…………」
毅然としてしらばっくれる祐に、恭也は押し黙ってしまう。
だが、やはり誠人のことに恭也は巻き込めない。
これは自分自身の問題だ。
「………そうか」
「………ごめん、これは…」
「いいよ、謝んなくて」
「…………え?」
「なんでもないんだろ?なら、謝る必要はない」
「…………でも」
「でも、じゃない。なんでもないなら、なんでもない顔をしろ。俺が勘違いすんだろ」
恭也はそう言ってへらへら笑う。
いつもの表情だった。
「…………ああ」
祐は胸をなでおろす。
そうだ。
こいつはこういうやつだった。
普段はおちゃらけているが、それは場の空気を理解している上での行為であり、信頼している人間には必要以上に踏み込まない。
秘密を秘密のままにしてもなお、自分の味方をしてくれる。
こいつとの縁がここまで続いているのはきっとそのおかげだ。
「………ありがとな」
「何度も言わせるなよ。なんでもないなら、感謝することもない」
「いや、そうだけどさ」
「でももし、俺の勘違いじゃなくなったら、教えてくれ」
あまりにも不器用なその言葉に祐は思わず吹き出す。
「なんだよ、その日本語」
「いんだよ。伝わればなんでも」
「……そうだな。分かった。言いたくなったら、言うよ」
「おい、俺がわざわざはぐらかしてあげたのに。………ま、いっか。この話はこれで終わり。ほい」
恭也はそう言って祐の足元に何かを投げる。
校内用のシューズだった。
祐はそこで初めて自分が土足であることに気づく。
「うわやべ」
空笑いを浮かべながら靴を脱ぐ祐に恭也は言葉を続けた。
「さて、祐。突然話は変わるが非常事態だ。それも祐のこれからの生活を脅かす、超非常事態」
祐がシューズに履き替え腰を上げると、恭也がまるで死地に迫るかのような真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「………何があった」
「いいか、よく聞け」
恭也は一度小さな呼吸を挟みゆっくりと口を開いた。
「俺とお前が違うクラスになっていた」
「おお〜」
「喜んでんじゃねえ」
「喜ぶだろ。学校生活にまでずっとお前に付き纏われると思うと恐ろしくて仕方ない」
「ええ?なにそれぇ。心配しなくても、祐がコミュ障である事は誰にも」
「そういう意味じゃねえ!」
思わず遮って突っ込むと、恭也は大変嬉しそうにこちらを見てニタニタしている。
殺意が湧くが、恭也は言う。
「今のは冗談だが、冗談抜きにしてもちょっとまずい」
「うん?」
恭也は急にしかめっ面でこちらを見てきた。
「どういうことだ?」
「入学前に俺と祐が同じクラスになるように俺の名前を使って学校に申請を出していたんだけど、学校側に無視されてた。それどころか俺は、お前の11組から一番遠い1組になっていた」
「………さっき最悪って言ってたのは、そういうことか。ってか勝手にそんな申請を出してんじゃねーよ」
「ふざけて出したわけじゃない。実際、祐にとっては俺が近くにいた方が何かと都合がいいはずだ」
「…………」
たしかに、冷静に考えれば恭也と同じクラスになれないのは少し痛い。
邦霊の人間しかいないこの場所は言ってしまえば祐にとって敵地のようなもの。
何かあった時に味方が近くにいないのは心許ない。
それに、祐と恭也が互いに端のクラスに配置されたのが学校側の故意だとしたら、祐たちの関係がばれているのはもちろんだが、もしかしたら何かを仕掛けてくる可能性もある。
「確かに、ちょっとまずいかもな」
「ああ。しかも、まずいのはそれだけじゃない」
「まだ何かあんのか」
「もう一個学校に申請を出していたんだ。学校の中だけでも、祐の名前を変えてくれってね。でも多分それも通っていない」
「そんなことまでしてたのか」
「………俺も祐をここまで連れてきた責任があるからな」
恭也は神妙な面持ちでそう言うが、祐は素早く返す。
「いやそもそも連れて来んなよ」
「それとこれとは別」
「ま、いいけどさ。とにかく、名前に関しては元からばれると思ってきてたし、別に大したことじゃない。こっちで適当になんとかするよ」
「そうしてくれ。そもそもこの学校で戦闘が起こるとは思えないし、よっぽど大丈夫だとは思う。それでも可能性はゼロじゃない。もし最悪やばいことになったら………」
「…………なったら?」
「霊能力を使え」
「…………」
「お前が例の事件以来、霊能力を抑えているのは知ってる。でも死ぬよりはマシだ。判断を間違えるなよ」
「…………ああ、」
考えとく、と口に出そうとしたその瞬間、チャイムが鳴る。
入学式前のホームルーム5分前を知らせるチャイムだ。
「もう始まるね。教室行こう。祐の11組はここの階段をそのまま登って左端だよ。俺は下の階」
「分かった。また後でな」
そう言って歩き出した途端、恭也が自分の動きに合わせて移動し、道を塞がれる。
「なんだよ」
「最後に、これ」
そう言って恭也は小さく折り畳まれた紙を渡してくる。
恭也のいつもの板についたような笑みに祐は嫌な予感しかしない。
「なんだよこの紙。よからぬ既視感を感じるんだが」
「いいからいいから」
「いやいや、なにこれ」
「俺たちは違うクラスになるでしょ?こんなこともあろうかと思って、コミュ障祐くんのために友達を作るためのアドバイスを書いておきました」
祐は渡された紙をじっと見つめ、
「ったく。いつまでその設定引っ張るんだよ」
「楽しいでしょ?」
「だから楽しくねえって。ま、いいや。じゃあ後でな」
そう言って祐は恭也が空けた道を通る。
階段の1段目に足がかかった、その時。
「後、教室に遅れるなよ〜。時間の決まった行事は2時間前行動が基本だからな!」
「あ?なんじゃそりゃ」
振り返るが、恭也は自分の教室に向かって走っていった。
もう本当に訳がわからない。
冗談かどうかすらも分からない。
意味不明マシーンかあいつは。
「2時間前ってなんだよ。5分前行動すらもう遅刻だぞ」
そんなことを呟きながら、祐は教室へ向かった。




