1-2 再会
それから約20分後。
「はぁ……………」
「………………………」
「…………………」
「………………………」
「…………はぁ〜………」
「はい、ため息ジャスト20回目」
「数えてんじゃねぇ!」
「わ、大きい声出すなよ。入学早々悪目立ちはやだぜ」
「お前が叫ばせるからだろ!」
春。
桜の舞う通学路。
入学の季節だ。
雲一つない澄み切った青空の下を歩きながら、しかしその胸懐は曇りがかっているかのように祐は項垂れていた。
「なんで俺が学校なんか……」
「いつまで言ってんだよ。決まった事をぐちぐちとさぁ。これだからコミュ障は……」
「コミュ障関係ねえしコミュ障じゃねぇ!半ば強引に連れてきたくせにお前が呆れてんじゃねえよ!」
「だから声大きいって」
「………はぁ」
「21回目」
いちいち茶々を入れてくる恭也を、しかし完全に無視して祐は空を見上げた。
満開の桜と、それを彩るかのような鶯の鳴き声。
その新しい季節を醸し出す燦爛たる景色はまるで何かの始まりを告げているかのようだ。
「………………」
これから始まる高校生活。
本来は新しい環境で友達ができるかと不安になったり、逆に新たな出会いに胸を膨らませたり、その心境は人それぞれであるだろうが、祐はそれらとは全く違う感情を抱いていた。
「…………あー、うぜ」
「なんだよ、だから諦めなって」
「………もう諦めてるよ。学校は行く。………けど、やっぱいやだろ、学校は」
「えー、なんで………………あぁ、家のほうか」
「…………」
祐は元々、霊術を統べる名家が結集した霊術機関『邦霊十二紋』の中でも序列一位の、まさに霊術界最大の名門、『水無月家』の子女であり、名実共に次期当主候補として多大な期待を背負い、生きていた。
しかし、約1年前。
時期にして祐が中学2年生の終業式に起きた事件。
当時、水無月家の当主であった祐の父親と母親が突然行方不明となったのだ。
証拠はほとんど残っておらず、原因は不明のまま二人は事故死扱いされ、まだ当主になるには未熟な祐は両親を失った悲哀もあり後継者が務まらなかった。
そこにつけ込んだ他の『邦霊』の名家からの圧力により、水無月家は事実上崩壊した。
元々軍事力の高さよりも当主である両親の霊術士としての実力によって成り上がってきた水無月家は他の名家と比べて激しく疎まれていたため、水無月が廃れた今では、その名は事件以来、霊術界隈において嫌悪の対象となっていた。
「……水無月だった俺が友達を作る自信は、ちょっとないな」
「………ま、お前が『水無月』だってことは誰も知らないんだし、大丈夫だろ。……今のお前は『夏越祐』だ」
「どうだろうな。あんま変わんないと思うけど」
夏越という名前は元水無月家の傘下に入っていた家だ。
水無月家当主の行方不明事件が起こる直前、誰かしらの計らいで祐の名前が戸籍ごと『夏越祐』に変更されていた。
まるで事件が起こることを知っていたかのように。
おそらく、水無月家という名が効力を失い、祐がこの先、生きづらくなるのを防ぐためだろう。
戸籍ごと変えたのは、水無月の残党を暗殺しようと目論んでいるであろう『邦霊』の人間に目をつけられないようにするためだ。
そしてそんなことができるやつは、動機から考えても一人しかいない。
「………父さんには申し訳ないけど、できれば傘下の家以外の苗字にして欲しかった。『夏越』は傘下の家でも一番親密だったやつらだし。大して周りが俺を見る目は変わらないよ」
「それは贅沢だぞ祐。『邦霊』の目を盗んで戸籍を変えるとなれば水無月所属の名前の方が使いやすいはずだ。それぐらいリスクを抑えないと、ごまかすなんて到底無理だ。邦霊の目はそこまで節穴じゃない」
「分かってるよ。感謝はしてる。………でも」
「でも?」
「…………いや」
「………」
もし父さんが、自分の名前を変えるよう予め画策していたのだとしたら。
なぜ自分には何も言ってくれなかったのだろう。
自分はそんなに頼りなかっただろうか。
それとも、それ以前に自分は父さんにとって、必要のない人間だったのだろうか。
原因不明の行方不明。
両親が期待に応えられなかった自分を水無月家ごと捨てて姿を消し、さらに家族の縁を切るために祐の戸籍を変えた。
そう考えると状況的に全て納得できてしまうのは自分が卑屈になっているだけだろうか。
だがどちらにせよ、事実が何も明らかになっていない。
確たる証拠は何も見つかっていないのだ。
……………だからこそ、俺は。
「お、見えてきたぞ祐」
「………ん?」
降りかかってきた恭也の声に少し遅れて反応する。
顔を上げると、数十メートル先に校門が見える。
いつの間に学校に到着したようだった。
「ここか」
「うん、俺らのこれから始まる青春という名の聖地ぃー!」
「…………」
自分がこれから通う学校。
その漆で塗られた黒い銘板には煌びやかな黄金の文字で、『都立月園高等学校』と書かれていた。
『都立』とは名ばかりの邦霊の管内、霊術士の養成機関だ。
運営に携わる人間もやはり邦霊の人間ばかりで、数ある霊術の学校の中でも東京に建てられたこの施設は、他の邦霊の子息らを始めとした霊術の才子ばかりが集まる超名門校だ。
入学式の日の校門といえば横断幕や華やかな飾りと共に祝福の意を表しているイメージだが、銘板の横に目を向けると、ただ『祝入学』と書かれた立て看板が質素に置かれているだけだった。
「は、本当に歓迎する気あんのかよ」
皮肉を口ずさみながら、祐達は校門をくぐる。
「学校なんてどうでもいいよ。こんなのただの舞台だ。大切なのは同級生だよ。どんなやつがいんのかなぁってな感じで」
「それこそ望み薄だろ。権力と力に溺れたイカれたやつらが集まる場所だぞ?青春もクソもねえよ」
「そんなの関係ないよ、青春する条件なんて可愛い子がいるかどうかくらいだろ?」
「だから、その可愛い子が霊術に没頭してお前に興味を示さないって話」
「そりゃあ、お前な。そこは俺の美貌でだな」
「きも」
そう言いつつ、祐は自分より背が高い、恭也に目をやる。
ナルシスト発言は冗談だろうが、そうでなくても見た目だけならばこいつは高スペックと言えるかもしれない。
男にしては少し長いブロンドの髪をゴムで留め、いけすかないつり目をした、いわゆるイケメン。
さらにそれを映え立たせる高身長。
自分の身長は確か170とちょっとぐらいだっただろうか。
高校一年生にしては高い方だとは思うがこいつはそれよりも上だ。
180は超えていないにしても目算にして170後半はあるだろう。
高校一年生ということで伸び代もあることを考えると、末恐ろしい。
別にそれが羨ましい訳ではないが、なぜ神はこんな奴に微笑むのだろうと思う。
「にしても広いな、この学校」
「んー、そうだねぇ。確かどっかのコンサートホールを潰して建てたとかって言われてたかな」
「あーもう、なんで権力者ってのはこうも広い施設を建てたがるのかね。校門から校舎の入り口まで遠すぎるんだよ」
「でももう着くんじゃない?ほら」
そう言って恭也が指差す方向を見ると、校舎の入り口であろう場所の前に多くの生徒が溢れかえっていた。
左胸のポケットに校章の刺繍が施されたおろしたてのブレザー。
おそらく自分らと同じ新入生だろう。
入口前にはクラスの内訳が書かれた掲示板が並んでいて、それに見入るように生徒が集まっていた。
「おー、いっぱいいるね、新入生。何クラスくらいに分かれるんだろ」
「知らん」
「よーし、じゃあ俺見に行ってくるねー!」
「いや、俺も一緒に行くから」
「………え?」
恭也は何か驚いた様子で呆然とこちらを見る。
「何だよ」
「祐、自分のクラスに興味あったの」
「いや興味って、どこの教室に行くか確認しないとダメだろう」
「あ、そかそかー」
「…………お前、分かってて突っ込んでるだろ」
「うん。楽しいでしょ」
「楽しくねーわ。ってかくだらないことポンポン言っててお前だって疲れるだ………」
呆れてふと上を見上げたその瞬間、視界が何か強い視線を捉えた。
場所は、校舎の右側、2階の窓だ。
明らかにこちらを見ているがしかし祐はまるで気が付いていないかのように両手を上げ、うーんと体を伸ばす。
この人混みの中、自分だけを捉えて監視をしているなら、気まぐれでこちらを見ているというのはあまり考えられない。
なら、何か目的を持ってこちらを監視している。
もしかしたらこちらの素性を知っている人間の可能性もある。
「…………んだよ。入学早々……」
恭也は監視を気にする素振りを全く見せず掲示板に見入っている。
監視に気づいていて演技をしているだけかもしれないが、どちらにせよ監視の前で恭也と相談する事は避けた方がいいだろう。
だが、相手が誰か分からない以上、いきなり攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
だから祐は既に、制服の袖口に隠し持っていた霊符に霊力を込め終えていた。
「……………」
相手が何もしてこないならばここで何か起こる事はないが、そもそも敵かどうかすら分からない。
だが、監視されている以上、こちらも相手の素性を知っておく必要がある。
「おーい、恭也、俺のクラスどこだったー?」
祐は人混みに紛れた恭也に話しかけるフリをして、こちらが視線に気づいていることを悟られぬよう、監視と目を合わせないようにしつつ目の焦点だけを監視の距離まで合わせる。
「いやぁ、最悪だよー。お前、11組だってさ」
「11組って………全部で何組あんだよ」
「11組中の11組」
「ケツ番か。で、それのどこが最あ………」
祐は突然言葉を止める。
頭が真っ白になり、呆然とその場に立ち尽くす。
……………………………。
どうでもいい会話をしなければいけない。
目を合わせないように、相手を視界に入れて確認しなければいけない。
そんな意識は、ほんの一瞬で刈り取られてしまった。
視線の主と、目が合ったのだ。
その男は、こちらに悟られる事を気にするつもりもなく、不敵な笑みを浮かべ、観照していた。
もちろん、目を合わせるつもりはなかった。
だがその男を認識した瞬間、意識が吸い取られるかのようにいつの間にか目を合わせてしまっていた。
そこから覗いていたのは一人の少年だった。
左胸に校章の刺繍が施された、やはりおろしたてのブレザー。
朝日に照らされ、浮かび上がるような茶髪と暗く澄んだ同色の瞳。
しかし、いつしかの面影とは違う、大人びた顔立ち。
間違いない。
自分の中の記憶と、感性がそう訴えていた。
「…………あき………と?」
ドクン、と。
胸の中の何かが、古い記憶を呼び覚ますかのように脈打つ音がした。




