1-25 霊術九迷章典《シークレットナイン》
だめだ恭也本当にクソだ。
ただただ場をめんどくさくして帰りやががった。
なんで俺はあんな奴を少しでも信用してしまったのだろう。
そう思っている間に、恭也の手によって新たな燃料が投下された明音が放心したようにぶつくさと呟いている。
「ま、まさか………結束様がこんな男と相思相あ……」
「そんなわけないでしょ!」
結束は即座に否定するが、再燃した明音は止まらない。
「だって、下の名前で呼び合っているんですよね!?しかも呼び捨てで!一般人の男女ならともかく、いずれ邦霊の名を背負う結束様にそんな殿方がいるとなればそれは……」
「あれはっ………、勢いというかなんと言うか、衝動的なもので………別に、普段から名前で呼び合ったりしてないし!」
「でも、下の名前を知っている仲なんですよね!?それも従者である私の知らないところで!」
「それはだって、彼とは今日知り合ったばかりで明音に話すタイミングが無くて………」
「今日!?今日知り合ってもう付き合っているんですか!?」
「だからなんでそうなるのっ!」
と、結束が怒涛の尋問をくらっている中、祐は意外にも落ち着いていた。
…………………。
この状況。
よくよく考えれば、俺へのダメージはあまりないのかもしれない。
実際、邦霊から蔑視された夏越の人間として如月家の子女と男女の仲を噂されるというのは死んでもごめんだが、ストーカー扱いされるよりはよっぽどマシだ。
それに、どうせここで俺が何かを言ったところで明音は俺の言葉を信じない。故に、誤解は解けない。
なら今はこの下らない会話が早く終わることを祈りつつ、黙っておこう。
「ていうかそもそも誰なんですかこの祐って奴!今日知り合ったってことは月園高校の人ですよね。クラスメイトですかっ!」
「い、いや、彼は………」
結束はチラッと祐を見る。
今日の祐と結束が出会ったきっかけを話すのなら、夏越の名前を出すのは避けては通れない。
さっき恭也が祐の名を出さないように合いの手を入れてくれたことを結束も察していたのか、「言ってもいいのかな………」と目で祐に訴えている。
「………………」
だが、答えはもちろんノーだ。
恭也がわざわざ隠してくれたことをここでさらっと言ってやる必要はない。
祐は否定の意味を込めて眉を寄せ、睨みを利かせる。
それを見て結束もゆっくりと頷く。
「…………クラスメイト。たまたま顔と名前を覚えてただけで、別にそれ以上は……」
「いやいや!じゃあ何ですか今の意思疎通!アイコンタクトっ!秘密のやりとりですか!秘密なんですね!?」
明音がまたしても執拗に突っかかってくる。
「………………」
…………うざいな。
いい加減、うざい。
というか、俺はこの冬鳴明音という女について少し勘違いをしていたのかもしれない。
恭也の余計な茶々で俺と結束が恋仲であると明音に誤解された時、てっきりこいつは怒っているのかと思っていた。
だが、違う。
こいつ、主人の色恋沙汰を楽しんでやがる。
もちろんそれは、俺を結束の恋人として認めていると言うわけではない。(そもそも恋人ではないが)
むしろ俺を嫌っている事は俺に対する態度から一目瞭然だ。
つまりこれは、単に主人をからかう材料ができてはしゃいでいるという女子高生ノリだろう。
何故そんなことが分かるのかと言われれば答えは簡単。
こいつ、怒っているような素振りを見せつつもその節々で気色の悪いニヤニヤ顔を隠せていない。
この板についた様な笑い方、どっかの同居人を想起させるのは気のせいだろうか。
何がともあれ、とりあえずもうだるい。
明音がこの状況に憤慨しているのではなく、楽しんでいると言うのならそれはもう誤解を解く以前の問題だ。
このまま明音を放置して黙っていても、この茶番は永遠に続くだろう。
そうと分かればこれ以上は付き合いきれない。
「なあ…………もういいだろ。俺も結束も誤解だと言ってるんだ。くだらない話は終わりにし……」
「はあ?いいわけないでしょ。お前、私の主人に手を出した分際で何を偉そうに言ってんの」
………その主人をからかう時は満更でもなさそうだったくせに。
こいつは本当に俺が気に入らないらしいな。
「………邦霊に属する者に、自由な恋愛なんてものはない。大抵の場合、実力と統率力に長けた人間を婿候補としてかき集め、その中で本家が選定した人間を婚約者として向かい入れる。如月の次期当主候補ともあろう人間が、出会ったその日に本家が認めていない誰かと恋仲になるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。冬鳴の名を持つお前がそれを分かっていないわけないだろ。誤解だと分かってる癖にダラダラと……」
「はは、何?突然必死に喋りだすじゃん。やっぱり、やましいことがあるか………」
そこで、明音の言葉は止まる。
祐が、指先に霊力を込めたからだ。
明音が気付く程度の霊力をわざと纏わせ、攻撃の意思を見せる。
今祐が明音の心臓へ向けて指を弾けばどうなるか、霊獣との戦いを見た明音なら容易に想像できるだろう。
祐は少し語気を強めて、言う。
「……………お前、そろそろうるせえよ」
「……っ」
明音は祐の勢いに気圧され、押し黙る。
最初からこうした方が早かったな。
突如学生の昼休みのような会話が始まったおかげですっかり雰囲気に飲まれて、元々こうやって脅しをかけて話し合いに持ち込んだことを忘れていた。
今の状況じゃ、こいつにはこれが一番効く。
「お前、いつからそんなはしゃげる立場になったんだ?次お前が余計な口を挟めば、自殺志願と捉える」
何やら後ろから「うわぁ〜!祐がキレた。こわ〜い」などと聞こえてくるが、当然無視だ。というかあいつは後でぶっ飛ばす。
一方明音は大人しくなりつつも、祐に気圧されて大変不服な様子だ。
「…………くそが」
「くそで結構。質問の続きを始めるぞ」
そう言って祐は込めていた霊力を抜き、指先に灯った薄紫の光が少しずつ消えていく。
…………さて、やっと話を元に戻せるわけだが、どこまで話したっけかな。
「え〜っと、お前の霊能力の話だな。………もう一度聞くが、何で霊獣と戦う時最初から霊能力を使って戦わなかった」
「………………それは」
「お前の能力、一度見ただけでその詳細までは分からなかったけど、空間操作系だと言うことだけは分かった。[霊術九迷章典]にも登録されている、結構珍しいタイプの能力だな」
「……………」
霊術九迷章典とは、簡単に言えば未だ発動原理が解明されていない霊能力を大きく9つの項目に分けて公式に登録された、霊術界の研究テーマだ。
上から第一位項目、第二位項目と、解明されていない順に並べられている。
『解明されている』事の基準は『媒体霊術に昇華されているかどうか』だ。
霊符や石板に能力を投影させ、誰でも起動させることができれば、それは『解明された』ものとされ、霊術九迷章典の項目から除外される。
中には転界符の様に媒体霊術まで昇華できても『霊符』という媒体そのものと相性が合わなかったせいで異常なほどの霊力を消費してしまい、解明されていない扱いを受けて霊術九迷章典に登録されている能力もあるが。
ちなみに結束の場合はその転界符と同じ第九位項目『空間』に位置付けられる能力だろう。
最下位とはいえ、希少な能力であることは変わりない。
「………最初は、お前の能力は戦闘向きではないのかと思っていた。如月の人間に限ってそんなことがあるかと思ったが、お前はギリギリまで霊符のみで戦っていたからな。霊能力を使わない理由なんて、それしか思いつかない」
「…………………」
結束は黙ったまま、目を合わせようとしない。
その心情は読めないが、祐は一方的に話を続ける。
「だが、お前は最後の最後で能力を使った。それも霊力下限界欠乏のリスクがあることを分かった上で。最初から霊能力を使えばあそこまで体が動かなくなることはなかったはずだ」
「………………私は……何か察したような言い方は、好きではない」
「………………」
なるほど。
そういう言い方をするということは、彼女にとってこれは探られたくないことなのか。
彼女の言葉を訳すなら、「詮索するな。思っていることを言え」と言ったところか。
この質問に答えられないのは少し意外だった。
たしかに、霊能力に関することなので隠そうとするのは当然と言えるのかもしれないが、今回の話の論点はそれとは少しずれている。
あくまでも、祐が聞いているのは「能力の詳細」ではなく、「能力を使わなかった理由」だ。
祐はてっきり「能力に何かしらの制約があり、使用条件を満たせていなかったから」だと思っていたが、彼女の様子を見るに、どうも違うらしい。
なぜなら恭也が今測定している霊力反応のデータを持ち帰れば彼女の能力の詳細は分かるからだ。
つまり、「能力の制約」も分かる。
どうせ分かることなら、ここで教えてもなんの問題もない。
だが、彼女は何かを隠そうとしている。なら、そこには別の理由があるのだろう。
………もしかすると、祐がもう一つ考えていた、面白そうな方の予感が当たっているかも知れない。
「…………察している?俺が?」
祐は、出来るだけ結束から情報を吐き出すため、とりあえずはしらばっくれることにした。
「貴方なりにあらかた予想はできているんでしょう?なんで私が霊能力を使わなかったのか」
「………………」
どうやらさっきの「察している言い方は好きではない」という言葉は俺に探りを入れるための方便ではなく、本当に祐が何か可能性を浮かべてることに勘づいているようだった。
なら、別に言ってやってもいいだろう。
むしろここで「何も分からない」と言えば「じゃあ教えられない」と返されて終わりだ。
それよりは、自分の意見を伝えて結束の反応を見る方が何かを得られるかも知れない。
「………ほぼ確信していることが一つと、当たれば楽しいなってのが一つ、ある」
「言って」
「……お前は、自分の霊能力がコントロール出来ないから霊能力を最後まで使わなかった。おそらく、どれだけ霊力が残っていても霊力下限界欠乏になるまで霊力を消費するようになってるんだ。それがあんたの実力不足か他の要因なのかは別としてな」
「……………それは、どっち?」
「確信している方」
「…………そう」
結束にはぐらかされないように確信しているとは言ったが、正直この予想は当たっても半分以下だろうと思っている。
この予想は確たる証拠が何もないからだ。
だが………何となく。
彼女の戦いを見ていて、そんな気がした。
もし、あの霊獣を吹き飛ばした攻撃を先に使っていれば彼女は霊力下限界欠乏にならず、自由に動けたはずなのでたとえ霊獣がすぐに戻ってきたとしてもこの場所から離れてどこかへ身を潜め、安全に助けを呼ぶことができたはずだ。
それでも彼女が霊能力を使ったのは何故かと考えた時、『霊能力を使う=霊力下限界欠乏になる』という予想が生まれた。
そして、その予想はどうやら当たっていたようだった。
「………あなたの言う通りよ。私は、霊能力をコントロールできない。一度でも霊能力を使えば、どんなに霊力に余裕があってもあたしが持つ霊力量を下回ってしまう。どうせ霊力下限界欠乏になるのだから、ギリギリまで霊符で戦った方がいいでしょう?………それに、霊力に余裕がある状態で能力を使ったら、多分霊獣を街まで吹き飛ばしてたかも知れないから」
「……………」
…………そういう、ことか。
結束と初めて話した時、彼女は自分を『大したことない』と言っていた。
あれは決して謙遜などではなかった。
このことだったのだ。
どれだけ媒体霊術の使い方に長けていても、霊能力をまともに使えないんじゃ、霊術士として実力不足と言わざるを得ない。媒体霊術しか使えない学校では活躍できるかもしれないが、国家間の戦争や今回のような難易度の高い任務では全くもって戦力にならない。
「なっ!結束様!その事は……」
結束が情報を吐くとは思わなかったのか、明音が横から口を挟もうとする。
だが、
「お前は黙れと言っただろ。急に死にたくなったか?」
「………っ」
今ここでこいつに邪魔されて結束の気が変わったりしたら困る。
しっかりと明音には釘を刺しておかなければ。
「………明音、大丈夫だから。彼にはどうせ疑われてる。遅かれ早かれ知られることでしょ」
「……………そう、ですけど、でもこれ以上は……」
瞬間、祐の親指から弾かれた風が、明音の頬を銃弾のように掠める。
「お前、もう邪魔だな。話が終わるまで後ろに下がっていろ」
「…………くっ」
明音は顔をしかめ、結束の方を向く。
「…………大丈夫だから。彼は、脅しはしても殺しはしない。彼の言うことに従って」
「………………はい」
明音はやはり不服そうに両手を挙げ、一歩後ろに下がる。
「あ?もっと下がれよ。声が聞こえなくなる距離までだ」
「うるっさいな!分かったから!」
明音はそのまま病室の端まで下がり、ちょこんと体育座りした。
「やっとうるさいのが消えたな」
「…………あんまりうちの子をいじめないで欲しいんだけど」
「本意ではない。あいつは、いじめるのすら疲れる。いいからさっさと話を終わらすぞ」
「………ええ。それで、楽しい方は?」
「あ?」
結束の突然のよく分からない発言に祐は疑問符を表情に出す。
だが、結束は冷静に言葉を続けた。
「当たれば楽しいって言ってた予想は、何?」
「………ああ、それか。それに関しては本当に当たるとは思っていない。ただ、当たると面白そうだなって」
「だから、何?」
「さっきの話の続きだ。お前が霊能力をコントロール出来ないって話。その理由について」
「……………」
「如月家の血を持ち、霊符をあれだけ巧みに扱うことのできるお前が実力不足で霊能力を使えなかったとは思えない。なら、別の理由だ。考えたが、一つしか思いつかなかった。当たっているとは思えない。でも……、もしこれが当たっているとしたら………」
…………これは、予測などではない。ただの願望だ。
どうか、当たっていて欲しい。
…………そうなれば、あの時の恭也の予想を否定することが、できる。
「だから、それが何なのかって聞いてんのよ」
「……………………」
「……………………何」
「……………………………お前」
「……………………」
「憑依している霊、霊獣だろ」
「!!」
結束は祐の言葉に目を見開いた。




