1-14 コミュ障へのアドバイス
さまざまな爪痕を残した実技試験。
思うところは沢山あったが、試験後は教室に戻り、明日の日程を軽く説明されたのちすぐさま解散と、試験の余韻を置き去りにして淡々と事は進んでいった。
そして午前中までの学校初日は終了し、祐はとりあえず家に帰ったわけだが、まだ恭也は帰ってきていなかった。
祐は今日の朝恭也に渡された紙を取り出してじっと見つめる。
『 上野 20:30 読んだら処分 』
恭也はコミュ障を治すためのアドバイスなどと言っていたがもちろん冗談だろう。
内容を見るに、これは一方的な待ち合わせの約束だ。
『読んだら処分』と明記するくらいなら直接口で言えよと思うが、学校では周りの目が怖かったのだろう。
おそらく、恭也は待ち合わせの時間まで帰ってくることはない。
もし帰ってくるならメモなんか渡さずにその時伝えればいいからだ。
なんで帰ってこないのかは分からないが、何かしら用事があるのだろう。
「…………寝るか」
待ち合わせまでまだ時間がある。
何もやることがなかった祐は霊力の回復のために仮眠を取ることにした。
霊力の回復は体力と似たような仕組みで、食事、睡眠、時間経過など、体に栄養を与え、休ませることである程度回復していく。
恭也の用事が何かは分からないが周りに警戒する素振りを見せるあたり、もしかしたら深刻な………戦闘が絡む用事かもしれない。
念のため霊力を回復しておくべきだろう。
あと、単純に眠い。
久しぶりに体を動かしたにしてはあまりにもハードな1日だった。
祐は自室のある2階に登り、恭也から貰った紙を再度見つめる。
「…………読んだら、処分」
………処分といってもわざわざ焼却処分するほどではないだろう。
祐は紙を細かく破いてゴミ箱に雑に突っ込む。
その後、布団に包まり、床に就いた。
その後、何事もなく起床。
「…………いい夕方だなあ」
祐はベッドから起き上がり、窓から外を見る。
ちょうど日が落ち始め、綺麗な夕焼けが浮かんでいた。
霊力が回復したかは使ってみないとわからないが、少なくとも体力はある程度回復した。
祐は時間を見て身支度を始める。
身支度と言っても霊符を補充しておくぐらいだが。
祐は自室のデスクの引き出しに保管している霊符を服の裏に仕込もうとして、そこで初めて自分がまだ制服であることに気づく。
「…………制服のまま寝てたのかよ、俺」
祐は手早く私服に着替え、恭也との待ち合わせ場所へ向かった。
◆
「…………おっせえな」
上野駅、公園改札。
上野と言われれば待ち合わせ場所はいくつか浮かぶが、場所の指定がないならとりあえず駅だろう。
とはいえ、上野駅は広い。
とりあえず公園改札に来てみたが、恭也が見つけられるかどうか。
まあ、最悪六神符で探知すれば見つけられるか。
時刻はもうすぐ夜の7時を回ろうとしている。
相変わらず、駅の中は退勤ラッシュで混雑しているが、待ち合わせのために来た俺にとってはあまり関係ない。
強いて言えば恭也を見つけにくいことくらいか。
そんなことを思っていると、ちょうど数十メートル先に恭也が走っているのが見えた。
祐を見つけたようで両手を上げてブンブン振りながらこちらに向かってきており、周囲からちらちらと視線を集めている。
前言撤回だ。
やっぱりバカは見つけやすい。
というか恥ずかしいからやめてほしい。
祐の元へ辿り着くと恭也はいつものようにヘラヘラ笑いながら言う。
「奇遇だねえ祐。何してんのこんなところで」
なんてことを言う。
当然冗談だ。また始まったよ。
「お前が呼び出したんだろが」
「えー、あの紙のこと?でも俺8時半って書いてたじゃん。まだ7時前なのにそんなに楽しみだったの?」
「………この時間に呼び出したのもお前だ。ってか、お前がむしろ遅刻だ」
最初のHR前に恭也が2時間前集合がどうのこうのとか言っていたのは適当ではなく、この待ち合わせ時間のことだったのだろう。
紙の内容と照らし合わせれば6時半集合ということになるが当の恭也は30分の遅刻だ。
「いやいや、それは祐の勘違いだよ。そもそもそれ、俺が女の子とのデートの約束の紙を間違えて渡しちゃっただけだし」
「あっそ。んじゃ俺帰るわ」
「何言ってんの。早く行くよ」
「頭のネジ飛んでんのかてめえは」
恭也は祐の腕を掴み、スタコラサッサと歩き出す。
こっちは寝起きだと言うのに、相変わらずこいつとの絡みは疲れる。
だがこれ以上突っ込んでも無駄なのでとりあえずはついていくしかない。
「ってか、どこ行くんだよ」
「うん?」
「こんだけ情報を小出ししといて、目的地だけ素直に上野です、とは言わないだろ」
「あー、うん、そだけど」
恭也は何かを言い淀み、それとなく周りを見渡す。
そういえばここは駅の中だった。
どこを見渡しても人、人、人だ。
秘密の話をするには不向きな場所だろう。
「さすがにここじゃまずいか」
「そうだねー、とりあえずついてきなっ」
祐は言われるがままに恭也の後に続く。
駅を出てしばらく歩くとすぐに人気のない場所に出た。
店の裏口や細々とした居酒屋が並んでいる、いわゆる路地裏というやつだ。
ここが目的地とは思えないので、単に目立たなく移動するための配慮だろう。
夜の居酒屋道ということもあって多少の賑わいはあるが、駅や町の人混みに出るよりはよっぽどマシだ。
祐は周囲の様子を見て、周りに聞こえない程度の声で恭也に話しかける。
「んで、どこ?」
「日暮里」
さっきとは違い即答だ。
というか日暮里か。
山手線なら2駅分も先じゃないか。
「遠くね?」
「いやいや、歩いて30分もかからないよ。まさか30分すら歩けないほど体鈍ってないよね」
「いや………歩けるかって言われりゃ歩けるけど………ってか、日暮里のどこ?」
「病院」
「え?」
「いやだから、病院」
病院とな。
診察される覚えは全くもってないのだが。
「なんで病院なんだよ」
「あー、病院って言ってももう潰れてるけどね。廃病院ってやつ」
「なおさら何しに行くんだよ」
「まーまー、順を追って説明するよ」
恭也は話を切り替えるようにゴホン、と一度咳払いをする。
「祐はさ。何で『霊術』なのか知ってる?」
「あ?」
「すべての人間に備わっている霊能力。更にそれを昇華させて発達した媒体霊術。これらを『魔法』や『魔術』ではなく『霊術』と呼ばれているのは、なんでか知ってる?」
「ああ、そゆこと。ってか、話変わりすぎじゃね?」
「いいからいいから」
「…………」
霊術。
この世界にあまりにも当たり前に存在する異能力と、先進技術。
だが、この力を『霊術』と呼び始めたのは紛うことなき人間だ。
もちろん、その背景にはちゃんとした理由と研究による裏付けが存在する。
「確か、『霊』がいるって話だろ。人の目には見えない霊が人間が生まれた時から憑依していて、本来霊能力ってのはその憑依した霊が持っているものであって、それを人間が行使できるだけ………みたいな感じだったっけ」
「そ。だから『霊』が棲んでいない人間は理屈上霊能力を使えないってことになる。まあそんな人見たことないけど」
「実際どうかは分からないけどな。邦霊の研究で明らかになったって言っても霊をこの目で見たことあるわけでもないし、霊と会話できるわけでもない。自分の中に霊がいるなんて実感がないからな」
「でも、信憑性はあるでしょう?俺たちは自分の霊の名前を知っちゃってる訳だし」
「まあ………そだけど」
そもそも、人間達が霊術の根源を解明しようとした始まりは『誰もが物心ついた頃には何者かの名前が頭の中に存在する』という謎の現象からだった。
最初は小さな違和感で留まっていたが、その違和感に興味を示した研究者が原因を探究していった結果、人間に何らかの生命が憑依していることが明らかになり、それに伴って異能力が発見されたという話らしい。
人類はその存在と異能力にそれぞれ『霊』『霊能力』と名前をつけた。
霊の存在が明らかになるまで人が霊能力を使えなかったのは、霊の存在を認識し、能力を使うという意思を持って『霊の名前を呼ぶこと』でしか霊能力が発現しないからだ。
そして、例に漏れず祐や恭也も自分の霊の名前を知っており、霊の名前を呼んで霊能力を使うということも経験している。
「嫌でもしっくり来ちゃうよね。実際霊の名前を呼ばないと能力使えないわけだし」
「まあ、一応筋は通ってるな。俺はどっちかっていうと何かが自分の中にいるってのが何となく気持ち悪くて信じたくないってだけだし」
「うんまあそこら辺はどうでもいいんだけど」
「どうでもいいゆーな。ってか、霊の話が廃病院となんの関係があるんだよ」
「………最近、『霊獣』ってのが出るって噂があるの、知ってる?」
「………?」
神妙な顔持ちをする恭也に祐は固唾を飲んだ。




