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無音の銃声

 白が降りていた。

 《閉場術式カーテンコール》――舞台を強引に閉じる極大魔法。

 石床も祈りの声も、証拠も、呼吸さえも、すべて幕で切り取られて消える。


 ノエルの電壁は悲鳴を上げ、腕が痺れて感覚が飛ぶ。

 エマの籠手は焼け爛れ、彼女の白い腕を赤く染める。

 肺が潰れ、血の匂いが喉に詰まる。

 ――もう一歩で死。


 ただひとり、リリアーヌだけが笑っていた。

 黒いヴェールの奥の瞳が、燭台の火を映して紅く濡れている。

「観客席で終わるなんて――退屈すぎるわ」


 彼女はゆっくりと銃を掲げた。

 その所作は舞台の幕を上げる主演女優のようで、どこまでも艶やかだ。

 弾倉に魔符を三枚重ねる。薄い紙片に刻まれた呪文が焼け、銃身に赤い回路が走る。

 刻印は皮膚に熱を移し、彼女の白い指を焦がす。

 だがリリアーヌは眉ひとつ動かさない。むしろ唇を紅く湿らせて、愉悦の吐息を洩らした。


 安置所の空気が軋む。

 燭台の火が一斉に消え、闇が色を奪う。

 ノエルは思わず息を止めた。音が、ない。世界の喉が裂かれたように。


 ――無音の銃声。


 次の瞬間、光が炸裂する。

 硝子片が閃光とともに舞い、焦げた聖油の匂いが肺を刺す。

 炎と雷が糸の網を一枚ずつ焼き切り、白幕を強制的に上書きして崩壊させる。

 世界が一度リリアーヌの演出に塗り替えられた。


 壁に叩きつけられたセドリックが、片膝をついた。

 片方のレンズは砕け、血が滴って床に染みる。

 それでも背筋は折れず、瞳は冷たいまま。


「……殺せ」


 声は掠れていたが、諦観ではない。

 ――処刑人が自ら処刑を告げるような、理性の残滓。


 ノエルは短刀を構え、荒い息を押し殺した。

 脳裏に焼き付いている。

 前世のゲーム――セドリック√の“バッドエンド”。


 救ったはずのヒロインが唐突に殺される。

 理由は語られなかった。ただ、彼が残した一言。

 『飾りとしては十分だ』。


 何度やり直しても同じ。心を開いたはずなのに、必ずその場面で殺される。

 理不尽で、意味不明で、ずっと胸に刺さっていた。

 ――でも今ならわかる。


(輝きは、殺すために必要だった……

 彼は最初から“王国の象徴として輝かせてから殺す”つもりだったんだ)


 ぞっとする。

 その理屈は恐ろしく冷徹で、それでいて筋が通っている。

 だからこそノエルは震えながら刃を下げず、問いを口にした。


「……あなたは帝国のスパイですね?」


 沈黙。

 だが割れたレンズの奥の瞳が、わずかに揺れた。

 その一瞬をノエルは見逃さない。


 リリアーヌが艶やかに唇を歪めた。

「そんなまどろっこしい真似――美しくないわ♡」

 銃口を下げ、彼女は瀕死のセドリックを見下ろす。

「帝国だろうと王国だろうと関係ない。――舞台で共演できるなら、それで十分」


「正気ですか!?」エマが叫んだ。

 額の血を拭い、剣を構え直す。

「こいつは明らかに敵――」


「殺すのは簡単よ」リリアーヌは黒ヴェールの奥で笑った。

 低い声は香水のように甘く湿っている。

「でも、生かしてみた方が面白いでしょう?」


 ノエルの喉が震えた。

(……最悪だ。この男を仲間にすれば戦力は跳ね上がる。

 でも、それは同時に“バッドエンド直行”の条件)


 セドリックは血を吐きながらも、低く囁いた。

「……証拠を残すな。聖女は……王国の飾りとしては……まだ……足りない」

 そこで言葉が途切れた。

 だが十分だった。ノエルの推理を裏付けるには。


 リリアーヌがゆるやかにしゃがみ込み、セドリックの顎を細い指で持ち上げる。

 血と汗に濡れた頬に、自分の唇を近づけるようにして囁く。

「生きたければ勝手に生き延びなさい。……でも幕が下りるまでは逃がさない」


 返事はない。ただ血に濡れた手が、糸の切れ端をぎゅっと握り潰す。


 リリアーヌは舞台の中央に立つ女優のように、堂々と告げた。

「ようこそ、共演者アクター♡――幕が下りるまでは、逃げられないわ」


 ノエルの心臓がひとつ跳ねる。

(……共演者? 私やエマは“同族”“共犯者”と呼ばれたのに。

 彼だけ違う。やっぱり――信用していない)


 鐘が、重く鳴った。

 闇が安置所を呑み込み、舞台は次の幕へと移る。

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