プロローグ
※本作は、以前投稿した短編をもとに連載化しています。
短編はタイトルが違いますが、中身は本作のプロローグ部分です。
未読でも楽しめますが、既読の方は「あの場面の裏側」としてより深く味わっていただけるかもしれません。
→ 短編はこちら:https://ncode.syosetu.com/n8450kz/
舞台は剣と魔法の国。
悪役令嬢リリアーヌを筆頭に、数々の嫌がらせが繰り広げられる。
それに耐え抜いた平民の娘は、聖女として担ぎ上げられ――
数多の殿方に見初められ、選び放題の人生を手にする。
筋書きは単純だ。
我慢さえすれば、あとは勝手に幸運が転がり込む。
退屈なほど一本道。
けれど、確実に幸福へと至る。
この筋書きに従えば、誰もが理解できる。
――ここは、そういう世界なのだ。
…こんな茶番を「物語」と呼ぶのなら、滑稽なことだ。
だが私にとっては、都合のいい台本にすぎない。
リリアーヌ――彼女は誰よりも目を惹く。
高貴で、毅然として、どんな場でも中心に立つ女。
威厳と気高さを兼ね備えた存在。
嫌がらせの首謀者でありながら、舞台の花でもある。
私は知っている。
彼女がいるからこそ、物語は輝く。
彼女がいるからこそ、私もまた輝ける。
手筈は順調だ。
台本は決まっている。
数日前の婚約破棄も、その序章にすぎなかった。
彼女が囁いたとおりに動けばいい。
その言葉があったから、私は迷わずここに来られた。
共謀者――彼女の存在は、この舞台に欠かせない。
あの場面を思い出す。
王子に糾弾され、泣き崩れたリリアーヌ。
だがその瞳は折れていなかった。
泥に沈みながらも、火種のように光を宿していた。
惨めに見えたはずなのに、私は目を離せなかった。
……これでこそ。
彼女は私を照らす光だ。
けれど、あの輝きがある限り、私は霞む。
だから退場させねばならない。
私のためにも、一刻も早く。
広間の熱気は獣の遠吠えに似ていた。
吊るされた獲物を前にした群れ。
嘲笑と怒号と祈りが入り混じり、熱狂だけが膨らんでいく。
その時だった。
押し合う群衆の中で、不意に肩を押された。
次の瞬間、甘い香りが弾け、裾に染みを落とした。
衣が汚れたが、問題はない。
「……失礼しました」
声が届いた気がしたが、振り返ることもしなかった。
人混みのざわめきに紛れれば、それで終わる。
今日という舞台に比べれば、取るに足らぬ一幕だ。
役人が声を張り上げ、罪状を読み上げる。
標的はリリアーヌではない。
彼女の取り巻き、次なる悪役令嬢が断罪を待っている。
群衆は歓声をあげ、罵声を浴びせる。
愛も憎しみも、ただ舞台を飾る道具にすぎない。
私は呼吸を整えた。
鼓動は速い。
だが恐怖ではない。昂ぶりだ。
これこそが舞台。
犠牲が出ても構わない。
幸福が残れば、それでいい。
私たちの幸福のためならば。
群衆が割れ、白衣の影が進み出る。
シスターの装い。
誰も疑わない。誰も止めない。
私はその足取りを見て、すべてが必然だと悟った。
近づく影。
冷たい瞳が、氷のように私を射抜く。
唇が動く。
「――あなたの台本はここで終わり」
鋭い痛みが胸を貫いた。
焼けるような衝撃。
息が途切れ、膝が砕ける。
視界が揺らぎ、群衆の顔が歪む。
叫び声も笑い声も、遠くに霞んでいく。
……おかしい。
これは私の舞台だった。
彼女が退場し、私が幸福を掴むはずだった。
そう、最後に笑うのは私のはずだった。
崩れ落ちながら、耳に残ったのは――彼女の声。
「あなたは主役よ。舞台は必ず成功する」
……私は信じていたのに。
私は――聖女セラフィーヌ。
物語の主役となるはずだった私の幕は、ここで下ろされた。