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abhor and forbid 第二話

作者: 橘ツカサ

 夕日が差し込む放課後の教室。カーテンを揺らしながら、風がその閑散としたその空間に外界の物音を招き入れる。窓辺に佇む銀髪の青年がひとり。下校する生徒たちを無言で見下ろしていた。

「お兄様」

 教室の戸口からひとりの女子生徒が呼びかける。彼女は風でたなびく銀色の髪を押さえながら青年の傍へと歩を進めた。

 青年はその声に振り返ると、女子生徒に優しく笑いかけ、彼女が傍へ来るのを見守った。「お兄様。また、私たちの考えに賛同してくださる方が増えました」

「そうか、それはうれしいことだね」

 青年がそう言って彼女の肩に手を置くと、女子生徒は恍惚の笑みをうかべた。

「僕たちの理想が実現するのはもうすぐだ。楽しみだね、クロエ」

 青年はゆっくりと顔を近づける。

「はい、お兄様」

 女子生徒はそっと瞳を閉じる。

 風でそよぐ二人の髪は夕日の色で染められていた。


「おい、見ろよ、あそこ! 生徒会長、麗しのクロエ嬢だぜ!」

 廊下を行くリカルドが隣を歩くフヒトの肩をバンバンと叩く。

「いたたた。なんだよ急に!」

 眉をしかめたフヒトは肩をさすりながらリカルドの指差す方向を見る。そこには数人の取り巻きに囲まれながら、にこやかに談笑をする銀髪の女子生徒の姿があった。

「だからなんなんだよ。俺たちには関係ないだろ」

 フヒトは不機嫌そうにリカルドをにらむ。

「すっとぼけた反応してんじゃねぇ! 生徒会長のクロエといえば、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、品行方正、そのうえ人望厚く、指導力抜群。教師の覚えめでたく生徒の鑑。いわずと知れた男子生徒の憧れの的だろうが!」

「憧れるのはおまえの勝手だが、俺には関係ない。それに、聞いた限り高嶺の花もいいとこだ。面識のないおまえにとっては絶望的に無関係じゃないか」

「そういうことをはっきり言うな! 高嶺の花だろうがなんだろうが、彼女にしたいと思うのが男の性ってもんだろう!」

「さっきから何をそんなに興奮してるんだ?」

「おまえが男として煮え切らない態度をとるからだろうが! この~、フヌケー!」

「フヌケ? ああ、腑抜けか、いまどきそんな言葉……。さてはおまえ、クリスたちの前だから本当に言いたい言葉を飲み込んだな? この腑抜け」

 フヒトはせせら笑いの表情をうかべる。

「変なところでさかしく察するな!」

 リカルドはフヒトの胸倉を掴んで大きく揺さぶった。

「よせ! 服が延びる、服が!」

 フヒトはガクガクと首を前後にさせながら、リカルドの腕を両手で掴んだ。

「美人とみれば見境なしだなんて……。品性下劣も極まれりね」

 クリスがリカルドに蔑むような視線を送る。

 リカルドは渋面をつくって揺さぶる手を止めた。

「……ケダモノ」

 ベスがぼそりとつぶやく。

「ケダモノっておまえ! そこまで言わなくてもいいだろう!」

 リカルドはフヒトから手を離し、ベスに向き直った。

「ケダモノ、ケダモノ」

 リズが無邪気な笑顔で連呼する。

「うっ、リズまで悪乗りしやがって……。やめてくれ。おまえのその笑顔で言われると余計傷ついてしまう……」

 リカルドはガックリと肩を落とした。

「悪気はなかったのですが……」

 それを見たリズが気の毒そうに表情を曇らせた。

「心配するな、リズ。こいつはそんなことでめげるようなたまじゃない」

 フヒトは冷静な顔で乱れた襟元を正す。

「友だち甲斐のやつめ! おまえも少しは心配しろ!」

 目を吊り上げたリカルドが、ネクタイを掴んで揺さぶった。

「バカ、それはやめろ! 殺す気か!」

 フヒトはネクタイが締まらないよう死に物狂いの抵抗した。

「銀髪に赤い瞳……。確かにその他の特筆事項を抜きにしても人目を引く存在よね、彼女」

 暴れる二人をよそにクリスがつぶやく。

「クロエさんもアーティフィカルですからね~。髪の色や虹彩の色も予め意図されてそうなったものだと思うのです」

 リズが相づちを打つ。

「遺伝子操作のたまものってわけね。ちょっと羨ましくもあるわね」

 クリスが自分の亜麻色の髪を指でいじる。

「羨む必要なんかないって。俺はおまえのその髪色、好きだぜ」

 フヒトを打ち捨てたリカルドが、クリスに向かってにこやかに笑いかける。

「軽薄ね……。褒められれば誰でも喜ぶと思ってるの? こういうことは誰に褒められたかっていうのが重要なのよ」

「なんだよそれ。その言い方じゃ、まるっきり俺に脈がないように聞こえるじゃないか」

「それ以外にどうとれるって言うの? 新しい解釈があるのなら聞かせて欲しいものだわ」

 クリスは歯牙にもかけない態で一瞥を与える。

「ひでえ! たとえそれが本心でも、もう少し言い方っていうもんがあるだろうが。どいつもこいつも、俺をなんだと思ってやがるんだ!」

 リカルドはそう言い残し、ひとり駆け出していった。

「行っちゃいましたね。大丈夫でしょうか、リカルドさん……」

 リズがその後姿を目で追いかける。

「大丈夫だ、リズ。あいつはあれくらいでどうこうなるようなたまじゃない。きっと放課後にはケロッとしてるさ」

 フヒトは平然とネクタイを締めなおした。

「同感。それより私たちも急ぎましょう。もうすぐ授業が始まるわよ」

 クリスが手首に巻かれた白銀の時計をチラリと見る。

「そうですね。急ぎましょう、急ぎましょう」

 リズが笑顔で応じ、ベスもコクッとうなずいた。

 四人はこともなげに自分たちの教室を目指していった。

 

「それでは、今日はここまで」

 教壇に立つ銀髪の青年の一言を合図に、それまで静まり返っていた教室が一気にどよめきたつ。大きく伸びをする者、早々に帰り支度をする者、隣席の生徒とおしゃべりを始める者。今までみな一様に席に座っていた光景が、まるで幻であったかのように、その様は見事にバラバラであった。

「フヒト、帰ろうぜ」

 そんな思い思いの行動をとる生徒たちのなか、リカルドもいつものようにフヒトの席までやってきた。

「相変わらず気持ちの切り替えが早いな、おまえは」

 フヒトは呆れ半分、感心半分でリカルドの顔を見つめる。

「無頓着と言うかなんと言うか……。とにかく得な性格よね」

 クリスもフヒトと同じような表情でリカルドを見つめる。

「なんの話だ?」

 当のリカルドは目を丸くして二人を交互に見比べた。

「なんでもない。すぐ片付けるから待っててくれ」

 フヒトは笑いを押し殺しながら、帰りの支度を始める。

「変なヤツだな。まぁいい、早くしろよ」

「はいよ」

 手持ち無沙汰気味に教室をぼんやり見回すリカルドをよそに、フヒトとクリスは顔を見合わせて笑いあった。

「いつものことながら、クロード先生は人気があるよなぁ」

 教壇のほうを見つめていたリカルドがポツリとつぶやく。

 フヒトは手を止めてそちらのほうを見る。そこには若い青年教諭が女子生徒たちに囲まれている光景があった。かしましやかになされる質問の嵐にも、にこやかに対応するクロード教諭の姿を見たフヒトは、不思議そうに首を傾げた。

「どうかしたの? フヒト」

 それに気づいたクリスが話しかける。

「いや、この光景。ごく最近見たような気がしたんだよな……。デジャヴュってわけでもないんだが……」

「そりゃそうだ。毎度毎度でもう既視感なんてもんじゃないだろう」

「いや、そうじゃなくて、今日二度目っていう感じがするんだ。何でだろうな……」

 フヒトは腕を組んで考え込む。その姿にリカルドとクリスは不思議そうに顔を見合わせた。

「そうだ、昼休みだ! 教室に戻る途中、生徒会長を見ただろう。あの光景に重なるものがあるんだよ、なんとなく」

 フヒトはいかにもすっきりしたというふうに目を見開いた。

「それはあり得ることかもしれませんね。なにせクロード先生とクロエさんはご兄妹ですからね」

 三人の傍にやって来たリズが笑顔で注釈する。その隣には無表情のベスもいた。

「兄妹? アーティフィカルでか? おいおい、それってどういうことだよ。アーティフィカルには特定の父母なんて存在しないはずだろ?」

 リカルドが眉をしかめる。

「体面的にはな。だが、知っての通り、アーティフィカルと言っても人間は人間だ。当然、生まれるためには遺伝子提供者を必要としている。でも、優秀と認定されている遺伝子にはまだ限りがあるから、その両者の組み合わせが同じになるケースがままあるんだよ。そういったケースで誕生したアーティフィカル同士は、遺伝的には兄弟になるというわけさ」

「ああ、そういう意味での兄妹か。まぁ、それは確かに兄弟だよな。生まれ出る過程は普通の兄弟とは違っているけどな」

 リカルドが納得したようにうなずく。

「そうなんです。ちなみにベスちゃんとリズも、かたっぽの遺伝子提供者は同じなんですよ。お互いの遺伝子提供者のもうかたっぽが、ベスちゃんの場合はイギリス系だったので『エリザベス』。リズのほうはフランス系だったので『エリザベート』という名前になったそうです」

「なんだかいい加減な命名の仕方だな。もっとひねった名前はなかったのか?」

「名前は悪くないのです。ベスちゃんもリズもこの名前が気に入っているのですから」

 リカルドの言葉に、リズとベスが二人揃って頬を膨らませた。

「悪い、悪かった。別に名前をけなしたわけじゃないんだって。だから、そんな顔はやめてくれ、な、な」

 リカルドが拝むように二人に謝った。

「……ブリオッシュ」

 ベスがいわくありげに見つめる。リカルドは意味をくみかね小首をひねった。

「姫殿下はブリオッシュをご所望のようね」

 クリスが笑いを滲ませながら推測を口にする。

「なに? 俺におごれってか? 勘弁してくれよ、もう」

 その発言を聞いたベスが不機嫌そうにリカルドをにらむ。

「ああ、もう、わかった、わかった。おごればいいんだろ、おごれば」

 今度の発言に対して、ベスは満足そうにうなずいた。

「ベスのやつ、この前のですっかり味を占めやがったな」

「元気出せよ。ブリオッシュくらいでベスの機嫌が直るなら安いもんだろ」

 フヒトはぶつぶつ文句を言うリカルドの肩をポンと叩く。

「気安く言いやがって。だいたい、おまえがこの間、慰謝料とか言い出さなければだな……。ところでブリオッシュってなんだ?」

「ん? 『パンがなければブリオッシュを食べればいい』って、聞いたことないか」

「ああ、お菓子の類か。ならいいか。一瞬、俺はとんでもない高価なものかと思ったぜ」

 リカルドは安堵のため息をついた。

「当然、エリザベートさまにも献上するんだよな?」

 フヒトはにやけ顔でリカルドの肩を揺さぶる。

「はいはい、かしこまりましたよ。まったく、どこぞの王侯貴族かよ」

「ごちそうさまなのです」

 リズが、にこにこと笑いながらお礼を言った。

「ところで、何の話だったっかしら?」

「確か、クロード先生とクロエの話だよな」

 クリスの疑問にフヒトが答えた。

「そうだ! ふたりが兄妹だっていう話だ。リズ、もっと詳しい話を頼む」

 財布の中身を確認するために押し黙っていたリカルドが急に顔をあげた。

「いいですよ。と、言っても立ち入ったことについては何もしりませんけど」

「いや、知っていることだけでもいい、少なくとも俺よりは詳しいはずだからな」

 リカルドの懇願に、リズが笑顔で応じた。

「クロード先生は、アーティフィカルの中でも特に優秀な人なのです。小さい頃から飛び級に飛び級を重ねて、今のリズと同じ年齢の頃には、すでに最初の学位を取得していたそうです。二十歳になる頃にはさらにいくつかの最高学位も取得して、各分野の研究機関から引く手数多の状態だったそうです。それを全部断って、結局この学院の教員として働くことになりました。ご本人がおっしゃるには『後進の育成こそが自分の本分』とのことですよ」

「立派なものね、その経歴とあの人柄だったら権貴栄達も夢ではないでしょうに……」

「まったく、立派すぎるほど立派だな……」

 クリスとフヒトは難しい顔で、教室を出ようとするクロード教諭の背中を見つめた。

「そういう人間もいるってことだな。しかし、リズとベスに会ったときも驚いたが上には上がいるもんだ。一応、あの人もこの学院に通ってたんだろ? いったいどのくらいの期間、通ってたんだか……」

「さぁ……。正確なことは知りませんが、とにかく最短記録保持者であることは間違いないですよ」

 リカルドが、さもありなんと言わんばかりにうなずく。

「クロード先生はリズたちのお手本のようなものです。施設でもよく、見習うようにと言われるのです。ね、ベスちゃん」

 ベスがそれに無言でうなずく。

「お兄さんのほうがそんなに優秀なら、当然、妹さんのほうも優秀なのよね。まあ、噂ならチラホラ耳にするけど実際はどうなの、リズ?」

「クロエさんですか? はい、確かにとても優秀な方ですよ。事実、クロエさんはいつでも上の学校へ行けるらしいのです、飛び級で。でも、なぜかご本人にその気がないらしくて、この学院にとどまっているのです」

「物好きな話だな、それも。学士過程に進めるっていうのなら素直に進めばいいものを……」

「あなたがそれを言うの? あなただって彼女と同じ立場じゃない」

 クリスがさも呆れたようにフヒトを見つめる。

「いやぁ、俺の場合、まだ何を学んだらいいのかわからなからこうしてるわけで、別に何か思うところがあってのことじゃないからなぁ、正直な話。そんな俺と一緒にしたら向こうに失礼じゃないか?」

 フヒトは気恥ずかしそうに頭をかいた。

「その通りだ。恥を知れ、このモラトリアム野郎」

 リカルドの茶々に、フヒトの顔が引きつる。

「言うに事欠いて、なんだその言い草は」

「俺は事実を言ったまでだ。事実を言って何が悪い」

 うそぶくリカルドをフヒトはにらみつけた。

「たとえ事実であっても、名誉毀損、侮辱罪は成立する。しまいには告訴するぞ。表現の自由に絶対的優位性があるなんて思うなよ!」

「やれるもんならやってみろ! 訴訟でもなんでも受けて立ってやる」

「ああ、やってやろうじゃないか。おまえみたいな規範意識の緩いヤツがいるから社会のモラルが低下するんだよ。この低モラル野郎、恥を知れ!」

「なんだと、この野郎!」

「あ~、これはまた見事に憎悪のスパイラルに陥ろうとしてますねぇ」

 リズがにらみ合う二人を心配そうに見つめる。

「大人気ないわね……」

 クリスがため息をつきながら自分の席を立つ。そして、にらみ合う二人の耳を上に引っ張りあげた。

「ほら、ふたりともいい加減にしなさい」

「いたたたた!」

「やめろ! やめてくれ!」

 フヒトとリカルドはたまらず悲鳴をあげる。

「やめてほしかったら、くだらない諍いはやめること。いいわね」

 クリスが念を押すように二人の顔を覗き込む。

「わかった! わかった!」

「約束するって!」

 二人の耳を放したクリスが、おもむろに自分の席に腰をおろす。

「何も力に訴えなくてもいいだろう、単なる口論なのによぉ……」

 耳をさするリカルドが恨めしげにクリスを見つめる。

「まったくだ……。暴力反対」

 フヒトもまた、その行動にならった。

「ご愁傷様。私は夢見がちなお人よしとは違うの。実力行使も、事と次第によっては辞さない主義なのよ」

 二人の非難を歯牙にもかけず、クリスは澄ました態度で切り捨てた。

「今のが実力行使を必要とする事態かよ」

「ちょっと横暴なんじゃないか」

 リカルドとフヒトが抑えたトーンで文句を言う。

「何か不服でも?」

「滅相もない!」

 クリスににらまれた二人はあたふたと首を横に振り続けた。

「さすがはクリスさん。フヒトさんとリカルドさんの人心統制はお手の物ですねぇ~。感心ひとしおなのです」

 リズがクリスに微笑みかける。

「ありがとう」

 クリスも微笑み返した。

「それじゃあ、私たちもそろそろ帰りましょう」

 クリスの提案に、リズとベスが揃ってうなずく。

「待ってくれ、もうちょっとだけあのふたりについて教えてくれ。頼むよ、リズ」

「随分根掘り葉掘りと聞くのね。詮索好きは倦厭されるわよ」

 引き止めるリカルドに、クリスがため息混じりに苦言を呈した。

「誤解するな、別に詮索ってわけじゃない。ただ、ちょっと興味があるだけだ」

「恋は盲目、アバタもエクボ、惚れた病に薬なしってな。察してやれよ、クリス。哀れだろ」

 フヒトはやや嘲笑気味の笑みをうかべる。

「ふん、なんとでも言え」

「そういうことでしたら、なぜクロード先生のことも知る必要があるのですか? クロエさんのことだけではダメなのですか?」

 リズが不思議そうに小首をかしげる。

「さすがの耳年増少女リズといえども、まだまだ子どもだな。『人を射んとせば、まず馬を射よ。賊をとらえんせば、まず王をとらえよ』。意中の人を射止めるためにその兄上と親密になる。どうだ? 上策だろう」

「理由はわかりましたが、変な呼称を付けてもらっては困るのです~」

 リズは苦笑気味に眉をしかめた。

「悪い、悪い。ところで、あのふたりって兄妹仲はいいんだよな?」

「はい、もちろんです」

「よし! 俺の読み通り。この作戦はいけるな!」

「それはどうかしら?」

 得意げに笑うリカルドの背後から声がかかる。一同がその声をたどった先に、ひとりの女子生徒が立っていた。

「ヤヨイ、そりゃどういう意味だ!」

「ふふ、あなたたちは知らないようですから教えてあげましょう。あのふたりにまつわる黒い噂を……」

 リカルドの問いかけに応え、ヤヨイと呼ばれた女子生徒は、眼鏡のテンプル部分を意味ありげに持ち上げた。

「もったいぶってないで、さっさと言えって。なに気取ってんだよ」

 リカルドが呆れた眼差しをヤヨイに向ける。

「せっかく重要人物ふうに登場したのを台無しにしないでいただきたい」

 ヤヨイは不満そうにリカルドをにらむ。

「普段のあなたを知ってる私たちに、そんな小芝居、無意味でしょうに……」

 クリスも呆れたようにヤヨイを見つめた。

「野暮なことを言わないでください。物事にはお約束というものがあるんです」

「相変わらずわけがわからないよ、おまえの言うことは……」

 フヒトは困ったようにヤヨイを見つめた。

「お三方は本当に無粋ですね。でも、リズちゃんとベスちゃんはそんなことありませんよね?」

 ヤヨイの親しみを込めた笑顔に対し、ベスはにこにこと笑顔をうかべる。ベスは無言でジッと見つめるだけだった。

「くだらないおしゃべりはいいから、その『黒い噂』とやらを教えろ」

 痺れを切らしたリカルドがせっつく。

「くだらないとはご挨拶な! これはポリシーです! アイデンティティーです! レゾンデートルです!」

「わかった、わかった。おまえの個性は尊重してやる。だから早く話を進めてくれ」

「いいでしょう。その上から目線の態度はいただけませんが、特別お話してさしあげます。私も暇ではありませんから」

「暇じゃないなら、首突っ込んでくるなよ」

「何か言いましたか?」

「なんでもない」

 リカルドが面倒くさそうに否定の手振りをしてみせる。

「それではお教えしましょう。実はクロード先生とクロエさんは愛で結ばれているのではないかという噂があるんです」

「なに言ってんだ。ふたりは兄妹なんだろう、その間に愛があるのは当然じゃないか」

「いえ、違います。『愛』といっても家族愛ではなくて、恋愛感情を伴うほうの『愛』です」

「バカ言うな。兄妹でそんなことあるわけないだろう、冗談はよせ」

「冗談などではありません。もちろん、あくまでも噂ではありますが……。しかし、実際に放課後の教室で仲睦まじく寄り添い合うふたりの姿を目撃したという人物がいるのです。それはあたかも恋人同士のようであったとか……」

「本当かよ。なぁ、リズ。あのふたりってそういう仲なのか?」

「そんなこと、リズに聞かれても困るのです」

 リズは顔を赤らめてうつむいた。その様を見たリカルドがベスへと視線を移す。ベスは無言でただ首を横に振った。

「そうだよなぁ。そんなこと、当事者以外にわかるわけないよなぁ」 

 リカルドがため息をつきながら肩を落とす。

「元気出せよ。その噂が本当なら、逆立ちしたっておまえに入り込む余地はない。なにせ恋敵はあのクロード先生だからな。良かったな、これできれいさっぱりふっ切れるってもんだ」

「おまえ、フォローする気ないだろう」

 リカルドがフヒトを疑念の眼差しでにらむ。

「わかるか、やっぱり」

 含み笑いのフヒトに、リカルドはすかさずヘッドロックを仕掛けた。

「噂は得てして尾ひれがつくもの。ふたりは兄妹なんでしょう、それも仲の良い。そのふたりが一緒にいるなんて不思議なことでもないじゃない。そこに恋愛感情を当てはめるなんて飛躍のしすぎ。ゴシップとしては三流ね」

 暴れる二人を尻目にクリスが冷静に批評する。

「そうだよな! ふたりが一緒にいるところを見たという目撃情報が、巡り巡って誇張されたんだよな。まあ、思春期の男女がひしめき合う学校という場ではよくあることさ。とかくご婦人方は噂好きでいらっしゃる。特に色恋沙汰の噂についてはな。まったく困ったことだ」

 リカルドが自分に言い聞かせるように独白する。

「なんたる偏見発言! 女性の特性のひとつをそのように見下すとは! いいですか。男性は空間認識能力が優れているといいます。それに対し、女性は言語能力が優れているといいます。つまり、言語によるコミュニケーションは、いわば女性を女性たらしめている重要なファクターなのです。その行為に良し悪しを持ち込むなど無粋の極み。そもそも、どんなに複雑といえども言語というものは、他の生物の鳴き声と同じコミュニケーションの手段・道具。共有されてこそ意味があるものなのです。その制約から本人の意思に反して伝達可能な情報量は常に制限されるもの。その限られた情報の中から意味を汲み出し、なおかつ、新しい解釈を加えて伝達する。その創造性は、賞賛こそされ、非難されるいわれはありません!」

 ヤヨイがここぞとばかりに畳み掛ける。

「おい、フヒト。なんとかしてあいつを黙らせろ。矛盾点のひとつでも突っついてやれ」

 リカルドがフヒトの耳にささやきかける。

「確かに偏った部分はある。だが、ここは嵐が通りすぎるのを待ったほうがいい。気持ちの高ぶりがおさまる時間は、女性のほうが早いらしいからな。それに変に刺激してみろ。下手したらやぶへびになるぞ」

 フヒトは小声で返した。

「おわかりいただけましたか!」

「もちろん、もちろん」

 身を乗り出して迫るヤヨイに、リカルドがつくり笑いをうかべて取り繕う。

「それなら結構。あぁ、兄と妹の禁断の愛……。なんと甘美な響でしょう。創作意欲がかき立てられます。いけない、この着想を早速かたちにしなくては……。それではみなさん、ごきげんよう」

 ヤヨイは微笑で別れを告げると、颯爽とその場を後にした。残された五人はその去り姿を呆然と見送った。

「噂の発信源、本当はあいつじゃないのか?」

「そうかもな……」

 リカルドとフヒトはお互いに顔を見合わせた。

「それにしても、彼女も相当変わってるわよね。その趣味嗜好に関しても」

「なんでも日本のサブカルチャーにご執心とか。そのことが関係しているのでしょうか?」

「さぁ、どうかしら。一概にそうとは決め付けられないでしょうけどね」

 クリスとリズの会話がなされるなか、フヒトとリカルドもまた、小声でささやき合う。

「ところで、噂好きっていうのは女性の特性なんだよな。それにしてはクリスのやつ、あまり噂話とかしないよなぁ。もしかしてあいつ、実は男なんじゃないか? 結構、手も早いしよぉ」

「いくらなんでもそれはないだろう。あるとすれば性同一性障害の疑いだろうな」

「私も男女の性差についての研究は知ってるわ。でもその能力特性は統計から導き出されたもの。実際の能力測定結果の分布は、他の分野の統計結果と同じで、どの性・どの能力においても、高い人もいれば低い人もいるという個人差があるものだったのよ。知能っていうものは、色々な能力で構成された総合能力のことを言うらしいじゃない。だから、それぞれ能力の得意不得意があっても、結果として男女の知能に差はないという結果が出るの。それは、男女で多少の違いがあっても、結局はヒトという同一種として包括されるのと同じこと。それになぞらえて、一口に女性と言っても、そこにも様々な個人差がある。噂が好きでも嫌いでも、それは単なる個人差。結果として女性であることの否定には繋がらない。そうじゃなくて?」

 クリスがただならぬ雰囲気をかもし出しつつ二人に迫る。

「ごもっとも……」

 フヒトとリカルドは、顔面蒼白になってうつむいた。 

「それにしても、ヤヨイのやつ、なんでクロード先生とクロエの疑惑であんなに興奮してたんだ? 俺にはさっぱり理解できん。それって近親相姦だろ? 俺は妹とそんな関係になるなんて想像しただけで悪寒が走るぞ」

 痛みで顔をゆがめたリカルドが自分の耳をさする。

「それはもしかしたら文化の違いによるものじゃないか? 宗教の影響力は地に落ちたとはいえ、西洋は長い間、キリスト教的価値観の支配下にあっただろう。おまえたちキリスト教文化圏の人間には、その価値観が結構深いところまですり込まれているのかもしれないな」

 フヒトも同じく涙目で耳をさする。

「文化の違いか……。まあ、確かにキリスト教はそういう性的な規律に関しては特に厳しいからなぁ。逆に日本の文化はそういうことに関してはおおらかなんだろう? なんてったって世界に名だたる性産業大国だもんな!」

 リカルドがいわくありげな視線を投げかける。

「人をそういう色眼鏡でみるな。俺個人についていえば、ただ養父母が日本人というだけで、そういうこととは全く無縁だ」

 フヒトは迷惑そうにリカルドをにらんでさらに続ける。

「しかしな。あえて弁護するなら、そっちのほうが精神的には健全なんだよ。その手の欲求を必要以上に抑制すると、そのベクトルは変な方向に向かうことになるんだ。十字軍の蛮行とか中世の魔女狩りとかがいい例だろう。あれらもいろいろな側面があるから一概に断定すことはできないが、魔女裁判とかは民衆の間で行われるものほど惨い行為に走ったらしいじゃないか。それは、そういう末端の人間は宗教的、経済的な束縛から、その手の欲求を処理することができなかったから、そんなことをやらかしたという見方もできるんじゃないか? 残虐行為というものは、性に対しておおらかな文化圏では起こりにくいっていう見解もある。幼児ポルノやスナッフムービーなんてものが、そもそもどこで生まれたか、それをよく考えてみろ」

「う~ん」

 リカルドはそれを聞いて沈黙した。

「ちょっと、リズとベスの前なのよ。そういう話題は控えたらどうなの」

 クリスがあからさまに嫌な顔をする。

「全然問題ないのです、それが事実なら。世の中の実情を知るのに、時期の早い遅いはないと思うのです」

 リズの言葉に、ベスもウンウンとうなずいた。

「あなたたちがそれでいいのなら、私に口を出す権限はないけれど……」

 クリスが不服そうにしながらも承諾すると、リズはうれしそうに微笑んだ。

「リズの言う通りだ。むしろ問題なのは事実を隠したり、変にタブー視して議論を忌避する態度のほうだ。そんなことでは問題の解決、真実の探究には結びつかないからな」

「そうだ、そうだ。ちょっと過保護すぎるぞ、教育ママめ」 

 フヒトの言葉に承服の意を見せたクリスが、リカルドの言葉を聞いて鋭く眼光を光らせた。

「そう言うあなたは、ちっとも学習しないわね。それこそみっちり教育する必要があるんじゃないかしら?」

「ひいい、体罰反対」

 恐れおののくリカルドがフヒトを盾にし縮こまる。フヒトは身を翻してリカルドを前に押しやった。

「この薄情者!」

 リカルドの叫びを意に介さず、フヒトは再び話し出す。

「話を元に戻すが、現在でもタブーとされていることは多々ある。しかし、それにはやはりそうなるだけの理由がある場合もある。例えば近親相姦にしてもそうだろう? それがなぜいけないかというと、近親交配ではお互いが同じ劣性遺伝子を保有している可能性があるため、生まれてくる子どもが、その劣性遺伝を獲得する可能性が高くなるという弊害があるからだ。だから、未開の部族でも、近親婚はタブーとされていたりする。その、人が持つ生に対する感覚を意識的に顕在化させたものが文化的なタブーとなって現在に伝わっているってことだ。迷信や言い伝えにもそれなりの根拠があるのと同じだな」

「でも、それだけでは説明しきれないこともあるんじゃないかしら? 例えばヤヨイのように近親相姦を肯定的に見る人の存在とか。それにエジプトのプトレマイオス朝も王家の近親婚は慣例的に行われていたんでしょう? それを単に異常なことと切り捨ててしまうわけ? それはなんだか短絡的過ぎると私は思うけど……」

「まあなぁ。人間以外の動物でも、近親交配や同性同士の擬似交配はざらにあるって言うしな。自然界の有り様がそうなんだから、きっと人間のそれも単に異常なこととは言えないんだろうな」

 クリスの疑問に、フヒトはしかつめらしく考え込む。

「おいおい、人間様と他の動物とを一緒にする気かよ。人間は他の動物と違って高等な生き物なんだぜ」

「そんな認識、馬鹿げてる。人がどんなに高い技術を持っていても、それは単にすでにある自然法則をなぞっているだけ。生物に優劣なんて存在しない。人も永久に創造者とはなりえないマリオネットだから……」

「な、なんだよ、急に」

 リカルドがたじろぎながらベスを見つめる。

「ベスちゃんは動物さんが好きですからねぇ~。きっと、リカルドさんの発言が気に入らなかったのです」

 リズもベスを見つめながら苦笑する。

「ベスの言うことにも一理ある。ヒトが他の種よりも勝る存在だなんてこと、人間が勝手に主張しているだけで、他の生物は認めてなんていないんだからな」

「そりゃ仕方ないだろう。人間と他の動物は意思の疎通ができないんだからよぉ」

「そういう認識が浅はかだって言うの。それだと昔、西洋人が白人以外は人間じゃないという考えの下、世界中で傍若無人に振舞ったことを肯定するのと同じなのよ。自然科学・社会科学を問わず、主張する理論が受け入れられるためには、きちんと第三者の検証に耐えられるだけの証拠を示し、証明をしてみせることが必要なの。それができないというのなら、単なる妄想・妄言として片付けられても文句は言えないのよ。もちろん相手が理解できないとかそういう言い訳は論外。聞き手・読み手のことを考え、疑問・反論を予測しそれに答えていく。論を張るってそういうことなの。つまり、言ったもの勝ちになっては駄目ってこと。独りよがりの戯言と筋道が通った論との違いはそこにあるの。まあ、自己顕示欲の強い俗物には無理な要求でしょうけれど。それができないというのならカルト教団でも主催して、コアな信者に崇拝されていい気になっていればいいのよ。自分が理解されないのは周りのレベルが低いからだとか、噴飯物の逃げ口上を唱え続けながらね」

「う……。相変わらず容赦ないな」

 気落ちしたリカルドが物憂げにうつむく。

「ほら、よく選挙前の街頭演説とかで、対立候補や対立政党のことを、とにかく批判する人がいるでしょう? あれは他者を貶めることで自分をよく見せようとする姑息な手段。他人の悪口を聞いて喜ぶのは心根の卑しい人だけで、良識ある人は呆れるだけなのに。主張の中で他者を批判して優劣を持ち込むってことは、自分の主張に論理性が無いということを吐露しているのと同じなの。誰の主張が妥当なのかは聞き手が判断すること。その判断に口を出すってことは聞き手を馬鹿にしているのと同じことなのよ。世の中には他人を下に見ることでしか、自分の立ち位置を確保できない可哀想な人もいるから、そういう在り方を完全に否定してしまうわけにもいかないのだけれども」

「まぁ、なぁ……。この世のあらゆる存在者には、ただ『違い』という意味での差異しか存在しない。だから、優劣という観点でその差異を論じようとしても無理が生じることになるってことだ。そのいい例がデカルトだ。彼は人間が他の動物と違って精神的な存在であると主張するために、人間の脳に松果腺なんて部位をつくりだし、勝手な機能を付与した。結果、後の世にまで消えない汚点を残すことになっただろ」

「ああ、言わんとしてることはわかったよ。俺も考えを改める必要があるな……」

「そういう素直なところがリカルドさんのいいところなのです。ですが、素直であるがゆえに、偏った意見でも受け入れてしまうという欠点もありますが」

「なんだよそれ。褒められてるんだか、けなされてるんだかわからないぞ」

 リカルドは複雑な表情で苦笑する。他の一同も笑顔をうかべた。

「蜂の巣のハニカム構造や、巻貝の黄金分割比など、人間以外の生物は高い知能がなくても十分、効率的かつ合理的な生活を営んでいます。自然の英知とはまさに計り知れないものなのです。聞いたところによると、ある種のアリさんの中には全く仕事をしない働きアリが存在するという観察結果があるそうです。その仕事をしないアリさんたちも、私たちが把握できないだけで、アリさんの社会の中では、重要な役割を担っているかもしれないと思うのです」

「機械が正常に作動するのには駆動部分にアソビを設ける必要があると聞いたことがある。車の運転にしても、ハンドルやブレーキにアソビがないと運転に支障をきたすという。一面的な見方では無駄と思えるものでも、実際には重要な役割を果たしているということが結構ある。人間社会にしても同じことが言える。無駄をなくして完全な効率化を目指したという試みで、計画経済というものがある。しかし、その試みは見事に失敗している。何が無駄で何が無駄でないかなんて、それこそ神でなければ判断できないことなんだよ。極論すれば人間は必ず死ぬものだし、太陽の寿命に伴って地球だって今の状態ではなくなるわけだから、人間の生の営み、それに地球上での自然界の営みすべてが全部無駄だってことも言える。だが、自然はその滅びを含めて全部を肯定してるんだ。つまり無駄なものなんて何ひとつないということなんだろうな。人間の生にとっては不可解な行為である近親相姦にしても同性愛にしても、人間が自然の一部である以上、それにはちゃんと意味があり、異常なことでも無駄なことでもないと言えるのかもしれないな」

「なんだか、やけにスケールのでっかい話になってきたな。正直、俺には身近な問題だとは思えなくなってきた」

「そうでもないのですよ。これは結構、切実な問題なのですよ。例えば、Y染色体の問題です。Y染色体は男性のもとになるものですが、研究によると、それはどんどん小さくなってきているそうです。これが進み最終的には男性が生まれなくなるということなのです。それは地球が滅ぶより、ずっとずっと早い時期に起こりうることなのだそうですよ」

「本当か? それじゃ、SFの話みたいに女性だけの星になるってことか? う~ん。でも、それでもいいんじゃないのか。もともと人間の体は女性がベースなんだしよ」

「それがそうとも言っていられないのです。出産に必要な胎盤を作るための情報は、Y染色体にしか含まれていないらしいのです」

「ということは、男がいなくなれば人類もいなくなるということか。う~ん、確かにそれは切実だ」

「もっと切実な問題がある。おまえも聞いたことがあるだろう、男性の精子の数が減少しているって話。これはY染色体の退化よりもっと早い速度で進行しているそうだ」

「ということは人類の滅亡は遠い未来の話でもないってことか……」

「そういうこと。それらの問題の打開策として注目されているのが。体外受精に代表される生殖医療と人工子宮技術というわけ」

「まてよ、体外受精と人工子宮……。それってつまり。近い将来『ナチュラル』がいなくなるってことか?」

 リカルドが目を白黒させてクリスを見つめる。

「まあ、そういうことね」

「皮肉なもんだよな。人類は世代を重ねれば重ねるほど滅亡に近づいていっているんだから。俺は時々思うんだ。生物には種の保存の欲求があると言われているが、その背後にはさらに別の、行動を駆り立てる何かが存在しているんじゃないかってな。種を残す行為に反する近親相姦とか同性愛とかが存在するのは、そのためだとも考えられないか?」

 フヒトの問いかけに、一同はみな沈黙した。

「う~ん、わからん。とにかく帰るか。そして、いつものところで糖分の補給といこうぜ。今日は頭を使って疲れたからな」

「なにを言ってるの? あなたはちっとも頭脳労働らしいことをしていないじゃない」

 クリスが目を瞠ってリカルドを見る。

「うっさい。俺にとってはな、おまえたちの話に付き合うことが十分頭脳労働なんだよ」

「どうだか。どうせ寄り道のための口実なんだろ」

 フヒトが疑惑の目でリカルドを見る。

「チッ、ばれたか。まぁいい、結局、行くのか行かないのか」

「私はかまわないわよ」

「俺も」

 クリスとフヒトが答える。

「リズとベスはどうするんだ?」

「もちろん行きますよ。ねー、ベスちゃん」

 リズがベスに笑いかける。ベスはコクッとうなずきながらつぶやいた。

「……ブリオッシュ」

「げっ、忘れてた」

 リカルドがそのつぶやきを聞いて狼狽する。

「リカルドさんが忘れていても大丈夫なのです。リズたちがしっかり覚えていますから」

「はいはい、本当に頼もしい限りだよ。いつもはその記憶力が羨ましいが、今回に限っては恨めしいぜ」

 五人は賑やかに会話を交わしつつ、自分たちの教室を後にした。


 静まりかえった放課後の教室。その片隅で銀髪の兄妹が肩を寄せ合いモバイルPCの画面を覗き込んでいた。

「お兄様、彼に誘いをかけてみたらいかがでしょう。デリバレートとはいえ、彼の能力には目を惹かれます」

 クロエが多少上気した顔でクロードを見上げる。

「そうだね。確かに彼の能力は惜しい。しかし、この計画はあくまでもアーティフィカルのみで実行されなくては意味がないんだよ。それにコウモリになられても困るしね」

 クロードはクロエにやさしく微笑みかけた。

 モバイルPCの画面には、フヒトの画像が映し出されていた。


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