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花影の約束  作者: 猫宮梟
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あの時のあの場所で

竜也の見せた、初めての表情に——フウカの胸に、刃物が突き刺さったような衝撃が走った。

足がふらつきそうになる。


「やめろ……。もう誰とも関わりたくない」


それが嘘だと、フウカには分かった。

関わりたい。でも、怖いのだ。竜也は泣き叫ぶように言葉を続けた。


「俺なんて、誰にも必要とされてない! 役立たずで、いらない存在で……生まれてこなければよかった……っ!」


その先の言葉は、出なかった。

柔らかなものが、彼の唇に触れたからだ。


「そんなこと言わないで。私は、ありのままの竜也くんでいいの。短歌を詠む竜也くん、強がっちゃう竜也くん、不器用だけど優しい竜也くん……。私は、そんな竜也くんを好きになったの」


竜也はその場に崩れ落ち、涙をこぼした。

どれほど泣いていたのか、自分でも分からない。


やがて、あたたかな光が二人を照らす。

日が昇り始めていた。




フウカと出会う前には眩しくて、ただ鬱陶しいだけだったその光が——

今の竜也には、優しく、あたたかく感じられた。



一週間が過ぎた。

今日はフウカの誕生日だ。


竜也は、病院からの外出許可を取っていた。


いつものように病室のドアを開けたフウカの目に飛び込んできたのは、

病衣ではなく、私服姿の竜也だった。


フウカが一瞬きょとんとするのを見て、

竜也は笑顔で振り向く。


「行こ!」


それだけを言うと、竜也はフウカの手を軽く引いた。

フウカの誕生日を祝うための、特別な一日が始まろうとしていた。




竜也がフウカの手を引いてやって来たのは、あの日——

2人が初めて出会い、そして竜也が倒れた、あのカフェだった。


あれから、短いようで長い時間が過ぎていた。


店の景色は変わらない。

けれど、2人の心はもう、あの頃とは違っていた。


席に着いてしばらく、フウカは視線を竜也の手元に落としたまま、小さく息をついた。

そして、そっと口を開く。


「ねえ……少し、私の話してもいい?」


竜也は驚いたように目を見開いたが、すぐに静かにうなずいた。


「うん、聞かせて」


フウカはゆっくりと話し始めた。

彼女が笑顔の裏に秘めた、その過去を。


「幼い頃、家はいつも喧嘩ばかりだった。

両親が言い争う声で目を覚まし、眠れない夜が続いた。

5歳の時に両親は離婚して、私は母と二人で暮らすことになった。


でも、家は安心できる場所じゃなかった。

母も仕事と家事に追われて、私はいつも一人ぼっちだった。

学校に行っても、いじめが待っていた。


壮絶ないじめだった。

無視、悪口、時には身体的な暴力も。

誰にも言えなかった。誰にも頼れなかった。

『自分なんていなくなればいい』と思うことばかりだった。」


フウカは震える声で、言葉を続けた。


「そんな中、唯一の救いだったのが二人の親友。

でも、片方が病気で亡くなってしまった。

それから残った親友は、まるで別人のように変わってしまった。


彼女は悲しみの中で心を閉ざし、

今度は私をいじめる側になった。


私はどんどん孤独になっていった。

心が壊れそうで、何度も自分を責めた。

トラウマが体の奥にずっと残っていて、笑うこともできなくなった。」


フウカは目に涙をためたが、続けた。



「逃げたくて……自分の居場所を探して、配信を始めたの。

画面の向こうの人たちとの関係は、ずっと暖かくて救われる気がした。

でも、どこか冷たさも感じていた。

それはきっと、自分自身をまだ信じきれていなかったから。」


竜也は静かにうなずき、促した。


「それで……?」


「そんな風に辛くなっていった時、竜也くんがコメントで短歌をくれた。

私の心をそのまま言葉にしてくれて、すごく驚いた。

まるで、ずっと私のことを見ていてくれたみたいで……。」


フウカの目が少し潤んだ。


「その短歌が、私の心に灯をともしてくれた。

そこから少しずつ、自分を許せるようになったんだ。」


竜也はそっと笑いながら言った。


「俺の短歌が、君の助けになったなんて嬉しいよ。

これからは一緒に歩んでいこう。」


竜也は黙ってフウカの手を握り締め、真っ直ぐに彼女の目を見つめた。


「君は一人じゃない。俺はずっとここにいる」


朝日が差し込むカフェの窓辺で、フウカは深く息を吐き、ほんの少しだけ笑顔を見せた。


「ありがとう、竜也くん。あなたに出会えてよかった」



二人の間に静かな温かさが流れ、窓の外の朝日がその時間を優しく包み込んだ。


いつのまにか、時計の針は最後の時を告げていた。

それほどに、二人の時間は静かで、優しかった。


達也が寂しげに目を伏せながら、ぽつりと口を開いた。

「……そろそろ、時間だ」

フウカは震える達也の手を、そっと包み込むように握った。

「――一緒に、病院に帰ろう」

達也は視線を逸らしたまま、わずかにうなずいた。

病院に着くと、迎えに出てきた医師が声をかけた。

「あまり無理はしないでくださいね」

「……大丈夫」

達也は短くそう答えた。

その声の裏に、押し殺した感情がいくつも重なっていることに、フウカは気づいていた。

けれど――何も言うことはできなかった。

達也を病室に送り届けたあと、フウカが廊下に出たところで医師に声をかけられた。

「少し、お時間よろしいですか?」

不安と恐怖が胸の奥で混ざり合うのを感じながら、フウカは静かに頷いた。


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