花影病
白くて静かな、病院の廊下。
消毒液の匂いが鼻をつく中、フウカは落ち着かない足取りで行き来していた。
待合の長椅子には誰も座っておらず、時計の針の音だけが響いていた。
「……まだですか? あの、彼……竜也くんは……」
目の前に現れた白衣の医師に、フウカは涙をこらえながら問いかける。
だが医師は慎重な口調で答えた。
「検査結果が出るまで、断定はできません。ただ、彼の症状から見て――可能性としては『花影病』かと……」
その言葉を聞いた瞬間、フウカの顔から色が消えた。
「……そんな……」
その病の名前を、彼女は知っていた。
命に関わる、不治の病。
斑点はまるで花のように広がり、やがて神経を蝕む――
そして最期には、眠るように命を落とす。
けれど、その身体のそばには、必ず「その人の心に咲いた花」が咲くと言われていた。
病室の扉が静かに開き、医師がうなずいた。
「意識が戻っています。……どうか、落ち着いて会ってあげてください」
フウカは震える手で扉を押した。
ベッドの上、竜也は静かに目を開いていた。
点滴に繋がれた腕、白く乾いた唇。
それでも彼は、ゆっくりとフウカの方を見た。
「……ごめん、驚かせたね」
「……バカ、驚かないわけないよ……!」
フウカは、やっと声を絞り出すようにして言った。
涙が今にも溢れそうで、でもこぼれないように唇を噛みしめた。
竜也は小さく笑う。けれど、その笑みにはどこか痛みがあった。
「多分……花影病、なんだって」
その一言に、空気が一層、重くなる。
「症状、前から出てた。でも……怖くて、誰にも言えなかった」
「……どうして……私にも、言ってくれなかったの……私は手が震えること以外...」
フウカの声が震える。
その問いに、竜也は少し目を伏せたあと、ぽつりと答えた。
「……だってさ。フウカにと出会って、誰かが俺を“気にかけてくれる”って思えて……。それだけで、救われてた。だから、言えなかった。言ったら、終わっちゃう気がして……」
フウカはもう、こらえきれずに涙をこぼした。
「……バカ。終わるわけ、ないじゃん。……言ってよ。ちゃんと、言ってほしかったよ……」
竜也はゆっくり手を伸ばし、フウカの手を握った。
その手は冷たくも、しっかりと強さを持っていた。
「今、こうして言えた。それだけで、もう十分」
沈黙が流れた。けれど、その沈黙には温もりがあった。
フウカはもう一度、そっと竜也の手を握り返した。
「……これからのこと、一緒に考えよう」
「……うん」
二人の間に、静かに咲く花があった。
それは、失うことを恐れるほどに、美しかった。
その時、病室の扉が開いた。
それは竜也の家族だった。
父は無言で竜也の元まで歩いてきた。
竜也は身を起こした。その時だった、
バシン!甲高い音が響く。
父が竜也の顔を叩いたのだ。それをみてフウカは絶句した。
竜也は家庭のことでも悩んでいると言っていた。
しかし、家族が来た時彼女はホッとしたのだ。
それはなぜか。家族は何があっても竜也の味方だと思っていたからだ。
しかしこの父親にはそんな事はどうでもいいのだ。
全ては役に立つか立たないか。
フウカは声を荒げる。
「やめてください!そんな事!」
しかしそのフウカを竜也が止めた。
「僕なら大丈夫だよ。」すると父親が口を開く。
「何をカッコつけてるんだ無能め。無駄な病気で無駄な金かけさせやがって。どうやって責任取るんだ。
迷惑かけるなと言っているだろう!!!」
その時、父親は竜也が短歌を書き綴ったノートを見つけた。そしてそれをめくり始める。
「あ、それは!!!!」
フウカが声をあげる。しかし父親は見続ける。そして、
「下らん。」
と竜也のノートを破り捨てたのだ。竜也はそれを眺めることしかできなかった。
しかしフウカが隣で声を荒げた。
「やめてください!何のためにそんなことをするのですか!家族なんですよね!なんで、、何で寄り添ってあげないんですか?」
それは、彼女の心の叫びだった。
しかしそんな叫びが、父親に届くはずもなく。
「うるさい!クソ女!俺の家で役に立たない奴はいらないんだよ!人の家の事情に首を突っ込むとか何を考えているんだ!こんな無能なクズを庇うなんてお前ゴミみたいな奴だな!」
その瞬間達也が立ち上がった。フウカは慌てて止めようとするが、竜也は父親に向かって歩きだす。
「誰がゴミだよ。ゴミはお前らだよ。なんでフウカにもそんなことが言える。この人は誰より優しいんだ!俺のことはいい、でも、いくらあんたでも俺の恩人を、生きる理由をくれた人を馬鹿にしてんじゃねーよ!」
竜也は震える声で静かに、そして強く言い放った。
次の瞬間、甲高い音が病室に響いた