第7話 リクvsゴウ──模擬戦形式の特訓
「じゃあ、始めるぞ──覚悟はいいな?」
広場に緊張が走った。
工房の裏手にある訓練スペース。まだ朝の空気が残るその場で、リクはゴウと対峙していた。
「うん……!」
返事は出せた。だが喉は乾き、手のひらには汗が滲んでいる。
ゴウの構える姿は普段の笑顔とは違い、冷静で、鋭い。
それだけで、胸の奥に小さな恐怖が芽生える。
「これは“模擬戦”だが、遊びじゃねえ。おまえがどこまで戦えるか、試させてもらう」
リクは無言で頷いた。握りしめたチャームが、かすかに光を放つ。
「……がんばって、リク」
工房の縁に腰掛けているミルが、小さくつぶやいた。
その声も、今日はどこか控えめだった。
ふざける空気ではないことを、彼女もよく理解している。
「よし──始め!」
ゴウの合図と同時に、リクは一歩踏み込んだ。
迷いはある。でも、逃げないと決めた。
リクは素早くチャームを展開する。
発動したのは、自作の“加速チャーム”。足元に光が走り、身体が軽くなる感覚が広がる。
「よし……!」
その勢いで一気に間合いを詰める。だが、ゴウの反応は早かった。
棒状の訓練武器が横薙ぎに振られ、風圧で一瞬、視界が揺らぐ。
「っ……く!」
間一髪で身を引いたが、風が頬をかすめる。
すぐに次の攻撃が来る。振り下ろされる棒を、リクはギリギリで受け止めた。
「考えるな、感じろ。チャームは道具だ。おまえが使うか、使われるか──それだけだ!」
攻撃の重さと共に、言葉の圧も重くのしかかる。
リクは息を呑み、なんとか距離を取った。
(父さん……やっぱり強い)
目の前の男は、育ての親であり、元戦士でもある。
その迫力に心が折れそうになる。でも、リクはなんとか耐えた。
「まだまだ!」
ゴウが踏み込む。リクは再びチャームを構えた。
今度は防御用──“反射のチャーム”。手のひらから光の膜が広がり、盾のように前方を覆う。
「少しは考えるようになったな。だが──」
その言葉とともに、ゴウの棒が光の盾に叩きつけられる。
火花のようなきらめきが走り、リクの身体に衝撃が伝わる。
「ぐっ……!」
受け止めきれず、後方へ跳ね飛ばされた。
膝をつき、息を整える。苦しい。でも──
「オレ……負けたくない……」
ミルがハッと目を見開いた。
彼の眼差しは、真っ直ぐだった。恐れも迷いもある。それでも進もうとする意思があった。
「そうだ。それでいい。チャームを使うとは、願いを信じることだ」
ゴウの声に、かすかな笑みが滲む。
厳しさの中に、確かに認めるような温かさがあった。
「来い、リク。次の一手を見せてみろ」
リクは息を吐き、再びチャームを握る。
胸の内に、静かに火が灯る音がした。
「来い、リク。次の一手を見せてみろ」
父の声が、静かにリクの心に火を灯す。
自分にとっての“勝ち”は、倒すことじゃない。諦めずに立ち向かうこと──そう、決めたから。
リクはポーチの奥から、ひとつのチャームを取り出す。
それは今日のために、自分だけの判断で密かに用意していたものだった。
(今のリクには、まだ早いかもしれない……)
ゴウが一瞬だけ、警戒の色を帯びた目でそのチャームを見た。
彼の戦士としての直感が、かすかな“違和感”を感じ取っていた。
(でも──見せてみろ、おまえの本気を)
リクはチャームを胸元に当て、静かに息を整えた。
ミルが声をかけようと口を開きかけたが、そのまま閉じた。
何かを察している。けれど、あえて止めない。それは“信じている”という証だった。
「……いくよ!」
叫ぶと同時に、リクの身体が疾風のように前に出る。
加速ではない。視線の動き、足運び、タイミング──すべてが、これまでと違っていた。
「……ッ!」
ゴウの目が鋭く細められる。
棒を構え、迎撃の態勢を取るが、リクは正面には来ない。
(フェイントか? いや、それだけじゃない。動きの“流れ”そのものが読めない……!)
ゴウの棒が空を切る。
その直後、空間にわずかな歪みのようなものが走った──そして、
「っ……!」
ゴウの体勢が、わずかに崩れた。
その隙を突いてリクが踏み込む。武器を持たぬその手で、ゴウの胸元にチャームを向けた。
ピタリ。
そこで、リクは動きを止めた。
攻撃はしない。ただ、“その位置”を取ったこと──それ自体が、彼の狙いだった。
「……なるほどな」
棒を下げたゴウが、ふっと息を吐いた。
「いまの動き……おまえが考えたのか?」
「……うん」
リクは肩で息をしながら、チャームをゆっくりとしまった。
「これは……本番用なんだ。今日はちょっと試しただけ」
「そうか……なるほど」
一瞬の沈黙ののち、ゴウは腕を組み、苦笑するように首を振った。
「やられたよ。まさか訓練で俺が一瞬とはいえ、体勢を崩すとはな」
ミルがようやく立ち上がる。目を輝かせながら、でも声のトーンは慎重に。
「……リク、今のって、もしかして──」
「うん。でもまだ内緒。コロシアムで使うつもりだから」
リクは、少しだけ得意げに笑った。
でもその笑みは、ただの満足じゃない。ようやくスタートラインに立てた安堵と、次への決意が混じっていた。
「オレ、勝ちたいんだ。本気で、コロシアムで──」
「そのために、何が必要か分かってるか?」
ゴウの問いに、リクは迷わず答えた。
「チャームを信じること。それと、自分の“願い”をちゃんと込めることでしょ。」
「そうだ。チャームはただの道具じゃない。おまえの心のかたちなんだ」
ゴウは少し間を置いて、続けた。
「忘れるな。技術や戦術に頼っても、最後に勝ちを決めるのは──心の強さだ」
「……うん!」
リクは強く頷いた。
今、自分の中にあった小さな迷いが、ほんの少し消えた気がした。
「今日の訓練は、ここまでだ。体を冷やすなよ」
「うん、父さん」
ゴウが立ち去っていく背中を、リクはまっすぐに見送った。
そのあと、ぽつりとミルがつぶやく。
「……なんか、今日はボケるタイミングなかったね……」
「うん。でも、それでよかったと思う」
リクの返事に、ミルは小さく笑った。
広場に残る風が、静かに二人の頬をなでた。
その風の中に、確かな成長の気配があった。
リクのコロシアムへの道は、今、確かに歩き出している。