第6話 招待状と出場資格
「よし……今回はなかなかいい感じかも」
リクは手にしたチャームをじっと見つめた。
丸みを帯びたフォルムに、淡い光沢のある布。縫い目も前よりは整っている——気がする。
「おおっ、まさかの大進歩!? ……と思ったけど、これ裏返すとおばけに見える!」
「なんでわざわざ裏返すんだよ!ってかおばけってなに!?」
朝の工房に、今日もミルの明るい声が響く。
「でもでも、ほんとに少しずつ上達してるよね。昨日より“がっかり率”が5%減ってる!」
「その単位頼むからやめて……」
そんなやりとりをしていると、工房の奥からゴウが姿を現した。手には紙の束を持っている。
「リク、ちょっと来い。大事な話だ」
リクが身構えると、ゴウは無言で一枚の紙を差し出した。そこには『チャームコロシアム・エントリー案内』と書かれている。
「……例の大会だね」
「ああ。知ってると思うが、出場資格は“卒業済みで15歳以上”。お前はちょうど条件を満たしてる」
「推薦とか必要ないの?」
「いらん。形式上は誰でも出られる」
「そんなに自由に?」
「表向きはな。でも実際は、経験者や金持ちの推薦組ばかりが集まってる。お前みたいな新人が出るのは、かなり珍しい」
ミルが机に飛び乗って、ぴょんぴょん跳ねる。
「おお〜! まさに“世紀の伏兵”の登場ってやつだね! ボク、旗の準備する! 『初戦突破祈願』って書いて!」
「……なんで最初からそんな慎ましい目標なんだよ」
「現実見ようよ、リク。ボクら凡人は一歩ずつ進むのが大事!まあ、ボクは妖精だけどね!」
するとゴウが、ちらりとミルを見て言った。
「ミル、お前のことなんだが……念のため伝えとく」
「ん? 何? ボクのこと? あ、ついに“特別参戦枠”!? でも参加賞はクッキーじゃないとやだよ?」
「残念だが、出場はできねぇよ」
「へ?」
「チャームコロシアムは、基本的に一対一の個人戦。しかも、“実体を持つタイプのチャーム”は使用できない。つまり、お前みたいに具現化して行動するチャームは、ルールで禁止されてる」
「な、なんと……!? この愛され妖精ボディがルール違反だなんて……!」
「まあ、“愛され”るかどうかは置いといてな」
リクが思わず吹き出す。
「そっか……ミル、応援に専念だね」
「むむむ、ボクだってちょっとは戦ってみたかったのに〜。せめて“おやつの早食い対決”なら負けないのに!」
「ジャンル違うし!」
ゴウは続けた。
「賞金は1000万Gだが、今はそれより大事なことがある」
「まずは一勝、だよね」
リクは、わずかに笑ってそう返した。
「その通りだ。チャームコロシアムは甘くない。勝敗は、ギブアップか気絶で決まる。どっちかが先に倒れたら、そこで終わりだ」
「気絶って……ほんとにあるの?」
「当然だ。攻撃が読めず、防げなければ意識を飛ばされることもある。実戦だからな。遠慮はない」
ミルがそっとリクの肩に乗って囁いた。
「え〜と……それって、もし倒れちゃったら、ボクが旗を振って“おつかれ~”って言う係になるのかな?」
「励ましが軽すぎる!」
リクは深呼吸し、紙を握りしめた。
「怖いけど……それでも、自分の力を試してみたい。今のままじゃ何も変わらないから」
「それでこそだ。よし、まずは試合用のチャーム作りと体づくり、両方だな。初戦まであと10日」
「えっ、あと10日!? そ、それってもう目の前じゃん……!」
「だからこそ、やる価値があるってもんだ」
ミルが笑顔で言った。
「じゃあボクも、気合いを入れて“応援のためのおやつ断ちトレーニング”始めるね! 一時間我慢するごとに、クッキー一枚追加方式!」
「それ、実質プラスになってるから!」
笑いと緊張、そして小さな決意。
チャームコロシアムへの道が、リクの目の前に静かに開かれつつあった。
「じゃあ、今日から10日間、地獄の特訓コースだ」
ゴウの宣言と同時に、リクの目の前に新たな試練が立ちはだかった。
訓練場所は、工房の裏手にある広場。陽が差し込む中、木の棒、バケツ、土嚢、そして——なぜか巨大なクマのぬいぐるみが整然と並んでいた。
「……なんか思ってたのと違うんだけど?」
「体の使い方を叩き込むには、道具の見た目なんて関係ねぇ」
「いや、ぬいぐるみはさすがに関係あるだろ……」
「これは“打撃反応の確認用”だ。ちなみに中に鉄板が入ってる」
「それ、反応する前にこっちが折れるやつじゃん!」
初日は、体力の底上げから始まった。
「工房裏まで50往復! 全力で行け!」
「多すぎるって! てか、なんでミルがゴールで旗振ってるの!?」
「応援係だもん! さあ、あと49回!」
「絶望が止まらない……!」
続くのは、“針投げ訓練”や“無言パンチ回避”など、チャーム職人の訓練とは思えないほど体当たりの内容。リクは毎日、泥と汗にまみれては、床に突っ伏していた。
「リク、反応が遅い。攻撃は見るな、感じろ」
「いや無理でしょ! 今の絶対“木が飛んできた”って重さだったよね!?」
「木なんて投げてない」
「じゃあなんで顔に木目模様が!?」
訓練4日目、リクの動きにわずかな変化が見え始めた。
「お、今の回避……悪くねぇ」
「ほんとに!? ボク見たよ! 昨日より一歩くらい速かった!」
「一歩って……地味!」
「でも進歩だよ!」
それでもリクの体は悲鳴を上げていた。
5日目の夜、工房の床に倒れ込んだリクは、天井を見つめながらつぶやいた。
「……オレ、本当にチャーム職人になれるのかな……」
「夢ってね、つらいときにわかんなくなるものなんだよ」
「それ、慰めになってる?」
「なってるなってる! たぶん!」
それでも翌朝、リクは立ち上がった。
また走り、また打ち、また避けた。
「全力でいけ、迷うな!」
「ミル、チャーム準備! って、それ応援チャームじゃん! 旗しか出ないやつ!」
「でもこの旗、風になびくとすっごくかっこいいよ? リク、ほら見て!」
「見てる余裕ないから!」
訓練は肉体だけでなく、チャームの起動速度、発動タイミング、戦いの立ち回りまで多岐にわたった。
集中しなければ、即ミスに繋がる。笑ってる暇などないはずなのに、どこか楽しく感じている自分がいた。
9日目の夕暮れ。
泥まみれのリクに、ゴウが無表情で告げる。
「明日は模擬戦をやる。相手は——この俺だ」
「……は? いきなりラスボスですか!? 中ボス経由させてくれません!?」
「容赦しねぇのが現実だ。俺に一撃も入れられねぇようじゃ、本番で立ってる暇もねぇぞ」
「うう……急に胃が重い……」
「逃げるか?」
「……逃げない。やるって決めたから」
その夜、布団に寝転がったリクは、そっとチャーム袋を撫でていた。
ミルが隣で小さくささやく。
「ねえリク、本気で勝ちたいって思ってる?」
「うん。まだ全然届かないけど……それでも、一勝したい。ちゃんと、自分の力で」
「じゃあボクも本気で応援する! 旗に“勝て!”って金色ででっかく書くからね!」
「派手にするより、内容なんとかして……」
二人の静かな笑い声が、夜の工房に優しく響いた。
そして夜が明ければ、いよいよ模擬戦が始まる——。