第5話 チャームバトル入門──コロシアムへの一歩
リクは、工房の隅に貼られた一枚のポスターに目を留めた。
「チャームコロシアム、開催決定!」
大きな文字と、燃え上がる炎のイラスト。
その下には「優勝賞金1000万G!」と、信じられない額が踊っている。
「……なんだこれ?」
リクは思わずポスターに顔を近づけた。
チャームを使ったバトル大会。15歳以上なら誰でも参加可能、と書かれている。
「へへっ、気になるか?」
背後からゴウの声がした。
振り返ると、ゴウが腕を組み、満面の笑みを浮かべていた。
「これはな、チャーム使いなら誰もが憧れる夢の舞台だ!」
「夢……ね」
リクはもう一度ポスターを見つめた。
優勝賞金なんて、今の自分には想像もつかない。
でも、それ以上に──チャームを武器に戦う世界がある、という事実が胸をざわつかせた。
そんなリクを見て、ミルが空中でひらひらと回転した。
「バトルって、つまり“チャーム使いの体育祭”だよね!」
「ぜったい違うだろ」
リクが即座にツッコむと、ミルは「細かいことは気にしないの〜」と笑った。
ゴウはニヤリと笑い、リクの肩をバンと叩く。
「よし、興味が湧いたなら、試しにやってみるか?」
「えっ、急じゃない!?」
リクは思わず後ずさる。
ゴウはにやりと笑ったまま、柔らかい声で続けた。
「別に無理にやらせるつもりはない。ただ──チャームを作るだけじゃ見えない世界ってのも、あるからな」
リクは戸惑いながらも、もう一度ポスターを見た。
燃えるような色彩。戦いの世界。
(……オレにも、そんな世界を知る必要があるってことか)
ぐっとチャームを握りしめた。
「──わかった。やってみる」
リクがそう答えると、ゴウは満足げに頷いた。
「いい返事だ!」
いつのまにか、アヤが応援用の旗を縫い始めている。
「“勝っても負けても楽しい!”って書くね!」
「だから負ける前提はやめて!」
リクは叫びながら、自然と笑っていた。
ミルはぴょんとリクの頭に乗り、「ボクは旗振り担当〜!」と元気よく手を挙げる。
「いや、もう何でもありかよ!」
そんなツッコミが、春の柔らかな空気に溶けた。
裏庭には、小さなバトルフィールドが作られていた。
柵で囲まれた練習場。
中央には、ゴウが引きずってきた木製ダミーが立っている。
「まずはコイツ相手に、チャームを試してみろ!」
「見た目地味に怖いな……」
リクがぼそりとつぶやくと、ミルは大喜びで浮かび上がった。
「リクの初バトル記念だよ! きっと伝説になるね!」
「そんなにハードル上げるな!」
リクは叫びながらも、胸の中でぐっと気を引き締めた。
チャームを握る。
心を込める。
(オレの願い──守りたい、強くなりたい──!)
チャームがかすかに光った。
──しかし。
ぷくっ。
シャボン玉が一個、ふわりと浮かび上がった。
「……シャボン玉?」
リクは硬直した。
ミルは歓声を上げる。
「きゃー! 癒し効果120%!」
「いらないから! 今求めてるの攻撃力だから!」
リクは叫んだが、シャボン玉はふわふわと漂い、ダミーの額にぽよんとはじけた。
当然、ダミーは微動だにしない。
ゴウは大笑いしながらリクの背中を叩く。
「まあまあ、最初はそんなもんだ!」
「これが“そんなもん”レベルなのかよ!」
リクは天を仰ぎながら叫んだ。
アヤは「がんばれ〜!」と旗を振りながら、「もうちょっと!」と小さな文字を付け足していた。
リクは肩で息をしながら、チャームを握り直す。
(次こそ……!)
深く息を吸い、吐く。
チャームが再び光った。
今度は、リクの手にした木刀が淡く輝きはじめた。
ミルがぴょんぴょん跳ねながら叫ぶ。
「おおっ、武器にエンチャント成功〜!」
リクは木刀を握り直し、ダミーに向かって駆けた。
踏み込み、思いきり振りかぶり──
「はあああっ!!」
──バン!!
木刀がダミーの胴体に直撃した。
だが。
「……固っ!」
リクは驚いた。
手応えは確かにあった。
でも、ダミーは微動だにせず、まるで岩を叩いたみたいに跳ね返された。
リクはよろめきながら木刀を見つめた。
そのとき──
「ちゃんとチャームを込めないと、ダミーは壊れないぞ!」
ゴウの声が飛んだ。
「力任せに振り回しても意味がねえ。心から願え──自分の力を信じろ!」
リクははっと顔を上げた。
(チャームを……ちゃんと、込める……)
手の中の木刀が、少しだけ心細く感じる。
リクは深く息を吸い直した。
(──負けたくない。強くなりたい。守れる自分になりたい!)
チャームが、ぱあっと輝きを強める。
リクは木刀を両手で握りしめた。
「──もう一回だ!」
今度は無駄な力を入れず、心を込めて──
ダミーへ駆け出す!
──バン!
鈍い音。
だが、先ほどとは違う。
ダミーの表面に、かすかなヒビが走った。
「やった!」
ミルが空中でぐるぐる回る。
ゴウも腕を組みながらにやりと笑う。
「そうだ、それでいい!」
リクは木刀を構え直した。
まだ、ダミーは倒れていない。
(もっと強く……!)
再びチャームに願いを込める。
光がさらに強く木刀を包み──
「うおおおおおっ!!」
渾身の一撃!
──バキィン!!
ダミーの肩口に大きな亀裂が走った。
リクは震える腕を押さえながら、ラストチャンスを見据える。
(これで、決める!)
最後の一撃。
心から願って──!
「はあああああっ!!」
──ドガン!!
木刀がまっすぐダミーの胸に叩き込まれた。
ダミーがぐらりと揺れ──
──ドサッ!
ついに、木製ダミーが地面に倒れ込んだ。
リクは汗だくになりながらも、ぐっとチャームを握り締めたまま立ち尽くしていた。
ミルがリクの頭に飛びつく。
「リク、リク、初勝利〜っ!!」
アヤも旗を振り、ゴウもにやりと満足そうに笑った。
リクは静かに思った。
(──これが、オレの第一歩だ)
まだまだ未熟。けれど、確かに前に進んでいる。
春の風が、裏庭を優しく吹き抜けていった。