第2話 初めてのチャーム製作
翌朝。
チャーム職人の両親──義父のゴウと義母のアヤが営む工房。 ずっと身近だった場所なのに、今日はどこか特別な場所に感じられた。 昨日の出来事が、リクの中の何かを少しずつ変え始めていたのかもしれない。
工房の重たい木の扉を、リクが手で押して開けると──
「おじゃましまーすっ! 本日のラッキー妖精、ミル様のご到着でーすっ!」
ミルが先に中へ飛び込んで、大声で叫んだ。 早朝の静けさを切り裂くその声は、工房の梁に跳ね返り、部屋中に反響する。
「ミル、だから勝手に入るなってば……」
リクはあきれたように呟き、扉の内側へと足を踏み入れる。
工房の内部は、まるで宝物庫のようだった。 棚や壁にぎっしり並ぶチャームは、布製、金属製、紙、石、木など素材も形も様々で、 中には貝殻やガラス片で作られた奇抜なものもある。
引き出しの中にはカラフルな糸や魔法墨、香の粉末、微細な結晶が詰まっていた。 作業台の上には道具がずらりと並び、静かに“次の命”を待っているかのようだった。
「わぁ〜っ、チャームがいっぱい! これ、ぜーんぶ『願いのカタマリ』なんだねっ? ボクも混ざって飾られたらどうしよう〜!」
「朝からにぎやかだな〜!」
「おはよう、父さん」
リクが小さく会釈しながら言うと、ゴウはにかっと笑った。
奥の扉ががらりと開いて、どっしりとした足音と共に入ってきたのは── がっしりした体格に快活な笑顔をたたえた男──リクの父さん、ゴウだった。
分厚いエプロンを身に着け、筋張った腕からは小さな火傷の跡が覗く。 無骨な風貌ながら、その笑い声は底抜けに明るい。
「おう、リク! 昨日はよく寝られたか? ……で、そこの空飛ぶちっこいヤツは何者だ?」
「……こいつ、ミルっていうんだ。昨日、ポケットのチャームから出てきて……」
「チャームから……? はははっ、出たか! ようやく出たかぁ!」
ゴウは手を叩いて、豪快に笑った。
「まさか、あのチャームが本当に反応するとはな。──おーい、アヤー! リクの“願い”が目を覚ましたぞー!」
「もう起きてるわよ。あなた、声が大きいのよ」
奥から現れたのは、柔らかな雰囲気をまとう女性──リクの母さん、アヤだった。 明るい茶色の髪を一つに結い、白い作業着の袖をくるくるとまくっている。 その微笑みは、どこか春風のようにあたたかい。
ミルを見るなり、アヤは一瞬だけ目を見開き、「まあ」と口にしながら手を口元に当てた。けれど、すぐにやわらかな笑みを浮かべた。
「……本当に願ったのね、リク」
「え?」
リクはアヤの言葉に目を丸くする。
「そのチャーム、“ウィッシュチャーム”っていうの。誰かの“強くて純粋な願い”がこもったときにだけ、反応するお守り。気まぐれなお願いじゃダメなの。ほんの少しでも打算があると、ただの飾りで終わるわ」
「……じゃあ、あの時の願いが……」
「きっとそのときに込めた願いが、とても純粋だったのね」
リクはポケットからチャームを取り出した。 銀色のメダル型。今はもう静かに沈黙しているが、昨日は確かにこのチャームが、ミルを呼び出した。
「ウィッシュチャームが反応すること自体、めったにないからなあ」
ゴウが腕を組んでしみじみと言った。
「ここで作ってるチャームは年間千個以上。でも、実際に反応したウィッシュチャームなんて──」
「リクが初めてよ」
アヤが微笑みながら言ったその言葉は、リクの胸にじんわり染み込んでいった。
「お〜っ! でしょでしょ〜!」
ミルは空中でくるくると回って、得意げにキラッとポーズを決める。
「つまり、ボクは超レアチャームなんだもんっ! もっと大事にしてね、リク! あと、毎日おやつもつけてねっ!」
「……はいはい。どっちがペットだよ……」
リクは苦笑し、少しだけうつむいた。
奇跡のチャーム。 その言葉が胸の奥で、ふわりと優しく灯る。
「さてと!」
ゴウがパンッと両手を打ち鳴らし、声を張り上げた。
「今日からお前には“チャーム作り”の基礎を叩き込むぞ! チャーム使いを名乗るなら、自分のチャームくらい自分で作れなきゃ話にならん!」
「えっ、チャームって……自分で作るの?」
「当たり前だろ!」
ゴウは笑いながら、棚の奥からさまざまな素材を引っ張り出してきた。
「素材選びも感情も、願いの書き方ひとつで、同じチャームでもまったく違う結果になるんだぞ。 お前には、そのセンスがある。なにせ、ウィッシュチャームを目覚めさせたんだからな!」
リクはまだ少し戸惑っていたが、父さんの言葉が不思議と心に沁みた。
──自分にもできることがあるかもしれない。
そんな気持ちが、ほんの少しだけ芽生え始めていた。
「さぁ、準備するぞー!」
ゴウの号令とともに、作業台の上に素材が並べられていく。 カラフルな布、銀や銅のプレート、細い刺繍糸、製作用の道具、香り袋、光る粉末の小瓶……チャーム作りに使われる素材たちは、見ているだけでもワクワクするものばかりだった。
「……チャームって、みんな手作りなの?」
リクがぽつりとつぶやく。
「当たり前だ。市販のものもあるが、本当に信頼できるチャームは、自分の手と心で作るのが一番だ。お前にはそれを学んでもらう」
ゴウは言いながら、布をすっと広げる。その所作は堂々としていて、無駄がなく、まるで熟練の舞のようだった。
「チャームの基本は『形』『素材』『願い』の三つだ。形は見た目の印象を決める。素材はチャームの性質を左右する。そして、何よりも大事なのが『願い』だ」
「願い……」
リクはその手元をじっと見つめた。そこにあるのは、ただの材料ではない。“想い”を託す器──それがチャームなのだと、直感的に理解できた。
「まずは形だ。たとえばこれは、布製の袋型チャーム。この国じゃ一番よく見かける形だな」
布を折りながらゴウが続けると、アヤがやさしく笑って補足する。
「素材には、それぞれ“性格”があるの。たとえば金属は防御系、布は心の安定、石は精神の強化。プラスチックや紙なんかは、ちょっとした願いにぴったりよ」
「ちょっとした願いって?」
「たとえば、“うっかり忘れ物しませんように”とか、“今日のデザートがプリンだったらいいな”とかね」
「最後の、それ願いか?」
ミルが横からぴょこっと現れて突っ込む。
「プリンは真剣な願いだもーん!」
「……真剣すぎて逆に怖いわ」
リクは半ばあきれながらも笑ってしまう。
「で、願いはどうやって込めるの?」
「そこが一番大事だ」
ゴウがぐっとリクの目を見る。
「言葉でも絵でもいい。香りや色を添えてもいい。だけど、大切なのは“ごまかさない”こと。自分の願いに正直じゃないと、チャームは力を発揮しない」
「……それって、ウィッシュチャームと同じだね」
リクの言葉に、ゴウとアヤがそろってうなずいた。
「そう。ウィッシュチャームはチャームの“原点”とも言える存在だ。誰かの強い願いが、形になったのが始まりなんだ」
リクはポケットに手を差し入れ、銀色のメダル──ミルを呼び出したチャームをそっと握る。
(あの時……本当に願ったから、出てきてくれたんだよな)
「よし、じゃあ実践だ。お前が実際にチャームを作ってみろ」
「えっ、もう!?」
「見てるだけじゃ身につかん。素材は好きに選べ。最初は布でも紙でもいい。最初から完璧にできるやつなんていねぇ。遠慮せずに失敗しろ!」
「わ、わかった……」
リクはおそるおそる素材の山に手を伸ばし、自然と紺色の布と金の糸を手に取っていた。
「いい選び方だ。落ち着くものを選ぶ、それが第一歩だ」
ゴウの声に、リクはこくんとうなずいた。
針を手に取るのは、何年ぶりだろうか。
「じゃあボクは、旗を作って応援してるねっ! リク応援隊・会長ミル、出動〜っ!」
「うるさい会長だな……」
「ふりふり〜! がんばれ〜! ……あ、ちょっと曲がってるよ? 今の縫い目」
「知ってるよ! わざとだよ!」
「わざと!?」
アヤが笑いながら糸巻きを手渡す。
「集中すると、余計なことが耳に入るものよ。ミルちゃん、応援は心の中でお願いね」
「えぇ〜っ! ボクの存在意義が〜!」
「騒音妖精……」
リクが小声でぼやくと、ミルが「それ褒めてないよね!?」と抗議した。
──それでも、どこか心は穏やかだった。
チャームの針を進めるごとに、雑念が消えていく。 一針ごとに、自分の心と向き合っているような気分だった。
数十分後──
リクは、自作のチャームをそっと手のひらに載せていた。
小さな袋型の布チャーム。金糸で「願」の一文字が刺繍されている。
「……できた」
「おおっ! 初めてにしては、上出来じゃねえか!」
ゴウが声をあげて、リクのチャームをしげしげと眺める。
「縫い目も丁寧だし、字にちゃんと想いがこもってる。よくやったな、リク」
「ありがとう……」
リクは素直に微笑んだ。
「じゃあ次は、ボクの顔を刺繍してもらおうかな! できれば前髪ふわふわのやつで!」
「誰が縫うか!」
「じゃあボクの名前だけでも……いや、チャームの中にボクを収納してくれても……」
「お前、収納グッズじゃないだろ!」
ミルのマイペースさに、リクは思わず苦笑する。
──こうして、リクのチャーム作りの日々が、静かに始まった。