第1話 卒業の日と孤独な心
卒業式が終わった。 グラウンドには、春の風と笑顔があふれていた。
花束を抱えた女子。制服の第二ボタンを取り合う男子。 教師と記念写真を撮るクラスの輪── けれど、その輪の中に、リクの姿はなかった。
「〇〇、また会おうな!」「今度バトルチャーム持ってこいよ!」 飛び交う明るい声にまぎれて、リクは校舎の影に身を潜め、静かに耳をすませていた。
誰かが自分の名前を呼ぶことはなかった。 それでも「リクってさ…」というひそひそ声が耳に残った。 まるで、それだけが自分の存在証明みたいで──胸の奥がじんわりと痛んだ。
彼はこの一年、誰とも深く関わらなかった。いや、関わろうとしなかった。
──数年前。 まだ無邪気だった頃、リクにはただ一人、何でも話せる友達がいた。 チャームの話やくだらない妄想、秘密の場所を探す小さな冒険。 笑ってはしゃいで、ときには喧嘩もした。
でも、その日常は突然に終わった。
事故だった。 その朝も「またあとでな」って笑って別れたのに── 帰ってきたのは、冷たい知らせだけだった。
その日から、世界の色が少しだけくすんで見えるようになった。 周囲の慰めの言葉も、温度のない涙も、リクの心には届かなかった。
心の奥にできた空洞は、何年経っても風が吹き抜けるままだった。 誰かに近づくことが、どこか怖くなってしまった。 また大切に思っても、いつか失うのなら……と、自然に距離をとるようになった。
心の奥で、もう一人の自分が言うのだ。 「どうせ、また失うだけだ」──と。
だから、誘われても断った。話しかけられても笑ってごまかした。 無理して明るく振る舞うのも、疲れてしまって。 気づけば、自分から壁を作っていた。
そうして孤独は日常になり、「自分はこういう性格なんだ」と思い込むようになっていた。
──でも、今日だけは。
「……ほんの少しでいいから、輪の中に入りたかったな……」
ポツリとつぶやきながら、制服の内ポケットに手を入れる。 そこには、義父母が作ってくれた卒業記念のチャームが入っていた。
小さな銀色のメダルに「祝」の文字と繊細な模様が彫られている。 金属なのにどこかあたたかい手触り。 リクにとって、たった一つの家族の想いが込められたものだった。
──なのにその重みが、今日だけはやけに軽く感じた。
リクはゆっくりと歩き出し、グラウンドから少し離れた校舎の裏へ向かう。 人気のないその場所には、古びたベンチがぽつんと一つ。 卒業式の日なのに、まるで世界から切り離されたような静けさがあった。
ベンチに腰を下ろし、空を見上げる。 雲ひとつない、澄みきった春の青空。 太陽はやさしく照らしているのに、なぜか胸がざわつく。
校庭ではまだ、笑い声が弾けている。 「お前さー、あの時マジで焦ってただろ!」「違うって!それはお前だろ!」 そんな楽しげな会話が風に乗って届くたび、リクの胸にポツポツと穴が開くような感覚が広がっていく。
楽しそうな声が遠ざかるたび、世界から自分だけが取り残されていくような気がした。
「……友達、欲しかったなぁ……」
ぽつりとこぼれた本音。 声に出してみて、ようやく自分の本当の気持ちに気づく。
胸の奥で眠っていた何かが、わずかに動いた気がした。
そしてその瞬間だった。
カラン……と、小さな音を立てて、ポケットのチャームが微かに震えた。
「えっ……?」
リクは思わず手を止め、ポケットに入れていたチャームを取り出す。 銀色のメダルが、微かに光を放ち始めていた。
突如、チャームが光を放ち始めた。 手のひらの中の銀色のメダルが、まるで息をしているかのようにかすかに脈動する。
「な、なんだこれ……?」
リクは立ち上がり、チャームを持った手をじっと見つめた。 光は次第に強くなり、柔らかい白い輝きが辺りの空気を染めていく。 風も吹いていないのに、光だけが生き物のようにゆらゆらと浮かび上がって──
その光が、まるで羽のように舞いながら空中に広がっていく。
チャームから放たれた光が、空中でゆっくりと形を変えていく。 細くしなやかな手足。ふわりと舞うような髪。背中には四枚の透明な羽。 光の粒が残像のように舞い、浮かび上がった姿は──
小さな人型の妖精だった。
「うぉおおおおおっ!? な、なんだよコイツ……!」
リクは驚きのあまり、数歩後ずさった。 こんな光景、学校の授業でも、テレビの中でも見たことがない。 自分の目の前に、まるで絵本から飛び出したような存在が浮かんでいる。
髪はふわふわで、瞳は宝石のように輝いていた。 背中の羽は透明で、光を受けてきらきらと輝いている。 それは、あまりにも幻想的で──あまりにも現実離れしていた。
「……ふぅ、やっと出られた〜」
妖精は空中でくるりと一回転して、のびをするように羽を広げた。
その動きは、まるで長旅から解き放たれた誰かのように自由で、嬉しそうで、そしてどこか無防備だった。
「おい……これって……生き物、だよな……?」
リクは信じられないものを見るように、目の前の“何か”を凝視した。 全身は人間のような姿をしていて、でも大きさはぬいぐるみほどしかない。 背中には羽があり、空中に浮かんでいる。そしてしゃべっている。
──どう見ても現実の生き物じゃない。
「それにしても思ったより狭いし暗かったよ〜。もうちょっと出てくるのが遅かったら、干からびるとこだったよ〜!」
妖精はリクの頭上をふわりと旋回しながら、にやりと笑って言った。
「ねえ、ぼっち少年っ!」
「……ぼ、ぼっち……? お、俺が……?」
リクは目を見開いて固まった。
それは確かに図星だった。痛いほどに。 でもそれを──よりにもよって初対面の妖精に言われたのが、妙に腹立たしかった。
「って……ぼっちって言うなぁあああああっ!!」
その声に驚くどころか、妖精は大笑いし始めた。 お腹を抱えて空中で転がるように笑い転げている。
「だって本当にそうだったんだもん。でも、今は違うよ?」
「は?」
「ボクがいるもんっ! リクが“友達がほしい”って強く願ったから、ボクは出てきたんだよっ!」
「いやいやいや、なんでそんな軽いノリで出てくんだよ……!」
リクは手を振りながら後ずさる。状況がまるで把握できない。 けれど、目の前の妖精はまったく動じず、まるで当たり前のように話を続けた。
「軽くないもん! 感情の力って、ほんとにすごいんだから!」
そう言いながら、妖精は胸(?)を張ってドヤ顔を浮かべた。
「ボクみたいなチャームはね、心の奥の“本当の願い”から生まれるんだよ! だからボクは、リクのチャームなのっ!」
「……じゃあ、お前……」
リクが言いかけると、妖精はクルンと回転しながら言った。
「お前じゃなくてっ、ボクの名前はミル!」
「……勝手に名乗るなよ……」
「ボクの使命は、リクのそばにいることなんだもん。だから離れないよ? ごはんのときも、お風呂も、トイレのときも……」
「いや、トイレはマジでやめろーーーっ!!」
そのツッコミに、またミルはキャハハと声を上げて笑った。 そしてふわっと空中を降りて、リクの頭の上にぴょこんと着地する。
軽い。でもその存在には不思議な重みがあった。 まるで長い間探していた“なにか”が、ようやく見つかったような──そんな感覚だった。
「それにね、ボクが出てきたってことは、他にも何かあるかもよ〜?」
「他にも?」
「ふふん、それはヒミツっ! なんでも教えてくれる妖精は三流なんだよっ」
「いやその三流ルール、今初めて聞いたわ」
いたずらっぽく笑うミルを見て、リクは思わず肩の力を抜いた。 なんだこの妖精は。自由すぎるし、うるさいし……でも。
──不思議とにぎやかだった。
今まで誰とも繋がれなかった心の奥に、初めて何かが触れたような──そんな気がした。
「……変なやつだな」
「へへっ、それがボクのチャームポイントっ!」
「……なんなんだこいつ……」
ミルの羽がふわりと光を反射する。 空は相変わらず晴れている。でも、さっきまで感じていた“冷たさ”はもうなかった。
この日、初めて誰かと心が触れ合った気がした。 まるで“孤独”に、ほんの少しだけ穴が開いたように。
──このささやかな出会いが、やがて世界を巻き込む冒険へとつながっていくことを── リクはまだ、知る由もなかった。
※この作品はChatGPTを活用しながら執筆していますが、構成・調整は作者自身が行っています。