第9話:ダム・ガール、土嚢の積み方を教える。
「では、皆さんに土嚢の積み上げ方を伝授いたします。この方法は戦における陣地造りにも応用できますので、覚えておくと役に立ちますよ」
「はい、アミータお嬢さま!」
竜だったファフさんにまたがり空を飛んで、橋を吹っ飛ばしたわたしとイグナティオさま。
今は地上に降り立ち、臨時指揮所としてつくられた天幕下で集められた兵士さんたちに土嚢についての説明を開始していた。
……高台の平地に指揮所を作っていて、ここまでは荷馬車が動けるの。今は運び込まれてきた砂を袋に入れてもらっているわ。でも、何処からこんなにたくさんの砂を準備したのかなぁ?
「これは麻袋へ七分目くらい砂を詰めた袋、土嚢と言います。口を縛っておけば、砂が外に漏れ出る事はありません」
「アミータお姉さん。ボクからの質問なんだけど、どうして態々袋に砂を入れるのかな? 砂を堤防に直接撒いたらダメなの?」
わたしが説明をしているところに、手を上げて質問してくれるイグナティオさま。
おそらく平民である兵士さんから貴族令嬢なわたしに対し質問できないのを考え、既に分かっているだろうのにワザと質問してくれた。
「はい、イグナティオさま。砂をそのまま積み上げても水が来れば簡単に押し流されてしまいます。砂粒一つ一つはとても軽いですからね。しかし、土嚢にしてしまえば、土嚢一つ分の重さで動くために少々の水流では押し流されにくくなります」
わたしの説明に兵士さんたちは、ほーという顔をする。
「なお、この土嚢はマスケット銃の弾丸くらいなら確実に止めてしまいます。弓矢でも貫通は難しいでしょうね」
……ナーロッパ風で魔法もある世界だけど、既に前装填式銃は存在するの。他の技術進歩と比較して考えれば、まあそうだよね。
「なんと! では、この土嚢を積み上げて壁にすれば?」
「はい。臨時の城代わりになります。これを野戦築城というそうですね」
近代以降の戦場において、兵士の仕事のうち重要なのが穴掘り。
銃弾や爆弾の破片から身を守る塹壕を作る。
そして塹壕、土嚢、有刺鉄線を組み合せたものが野戦築城だ。
……後は機関銃があれば、戦車や爆撃機が生まれるまでは完璧な防御陣地なの。日露戦争、二百三高地、再びね。
「とまあ、脱線しましたが土嚢を上手く使えば堤防になります。今回は、その積み方をご説明いたします」
わたしは、兵士の中でも小隊長くらいになる人々の前で実践する。
「うんしょっと。あまり砂を入れ過ぎますと重くて持ち上がらなくなるので、七割くらいを守ってください。積む方向ですが、必ず下流側に縛った口が向くようにしましょう」
既に砂が詰まった土嚢を持ち上げてみるわたし。
わたしの細腕でもなんとか持ち上がるくらいにしておかないと、作業性が悪くなるのだ。
……ここでも身体強化魔法をサボったのが響くわ。終わったらランニング共々鍛えておかないと、もしもの時に逃げる事も出来ないの!
悪役令嬢になる気は毛頭ないが、無理やり悪役にさせられる展開は無いとも言えない。
今回、非常に目立ってしまった以上気を付けないといけないとわたしは思った。
……だったら目立つなって話なんだけど、わたし我慢できなかったんだもん。出来る事をしないで命が失われるのはイヤよ。
「前世」最後の記憶が、テロで破壊されるダム建設現場で地元の子供たちを庇った事。
死んでもバカは治らない事を、今更思うわたしだった。
「続いて積み上げ方ですが、平らになる様に一列に積んでいきます。大体人一人の身長幅に八ツくらい並べます。この際にお互いが少し重なるようにしましょう。詰んだら上から踏み固めて、二段目は互い違いになる様に積みます」
実際の土嚢を積み上げながら、わたしは説明する。
聞いている兵士のお兄さん方、かなり真剣な様子だ。
「以上を応用して壁を積み上げれば、堤防代わりになります。では、実際の現場に土嚢を運び込んで作業をお願いします。その際、荷馬車がいけない先は小舟に乗せて運びましょう」
「了解です、お嬢さま。野郎ども、アミータお嬢さまにカッコいいところを見せるぞ!」
「うぉぉ!」
妙に盛り上がるお兄さん方。
そのノリについていけないわたしだが、イグナティオさまが説明してくれる。
「若くて綺麗な貴族令嬢のお姉さんが応援かつ支援してくれる事は、騎士でもあまりないですからね。今回、どうにもならない災害相手に戦い方をアミータお姉さんが教えてくれたのは嬉しかったのでしょう」
「はい、閣下。その通りでございます。我らは全員下町に家族がいます。避難は既にしていますが、それでも災害が大きく成れば大変な事になります。それをアミータ姫さまが助けて下さるとは感謝してもしきれないです。では、これより現場に参ります」
イグナティオさまの説明後に、兵士の指揮官らしき方がわたしの前に来て、跪いて感謝の言葉を述べてくれた。
「では、皆さまが無事に作業を成される事、被害が小さくなる事をお祈りいたしますわ。では、皆さま。ご安全に!」
「御意! さあ、出陣だ!」
わたしは、イグナティオさまと共に兵士の皆さんの出陣を見守った。