第8話:ダム・ガール、橋を破壊する。
「大半の堤防は無事ですが、水位が高く溢れた水が堤防を洗っています。また、堤防の横から漏水している場所もありますわ」
王家に仕えし竜、ファフに乗ったわたしとイグナティオさま。
空中から浸水しつつある王都を偵察している。
「アミータお姉さん。この場合はどうしたら?」
「堤防を越流しているところは危険なので、避難優先を。漏水箇所は土嚢を積み上げるように連絡をです」
<私が魔法通信の中継をしますね>
イグナティオさまへわたしは指示を飛ばす。
それを受けてファフさんが、イグナティオさまの思念を城まで飛ばしてくれる。
「水位が一向に下がらないのはどうして……。あ! あの橋が!?」
川を渡る手段としての橋。
それは時折、川をせき止める堰代わりになる。
「橋に流木が多数引っかかっていますね、お姉さん。橋も歪んでいます。このままでは崩壊してしまうかも」
橋を越えるまで増えている水位。
欄干部に多数引っかかり、水をせき止めている流木。
如何に丈夫な石つくりの橋でも強度に限界はある。
川の流れをずっとせき止めていれば、かなりの圧力が橋の構造体に負担を掛ける。
そして、いずれ限界を迎えて破局が起こる。
このままでは橋全体が崩壊し、下流部に多大な被害が発生しかねない。
……橋の前と後ろでは水位が随分違うの。ここでせき止められていたから水位が上がって堤防決壊に繋がったのね。
「イグナティオさま、ファフさん。橋の中央部を破壊切断して、川の流れをスムーズにする事は可能ですか?」
「いきなり何を言うんですか、お姉さん。橋を破壊するだなんて」
<ブレスにて橋の一部を破壊する事は可能ですが、一体何をお考えでしょうか、アミータさま?>
わたしの思い付きに驚く二人。
……普通、自分から橋を破壊するなんて思わないものね。だけど、戦争でも敵を橋の上を通らせてから橋の爆破をするなんて、常套手段だよ?
わたしは「前世」にみた戦争映画や津波映像を思い出す。
橋は流通に大事な存在だからこそ、破壊具合によって戦局が大きく変わる。
「このままでは橋全体が崩壊し、下流に橋の構造体が全て流れてしまいます。そうなれば、次の橋も同じく閉塞して崩壊する事でしょう。ですが、一部のみ破壊して水の流れを改善すれば残りの部分への負担は下がりますわ」
「つまり川の流れを改善するのと橋への被害を最小限化するために、破壊する部分をこちらで選ぶんだね、お姉さん」
<なるほど。まったくアミータさまのおっしゃる通りですね>
「お二人ともご理解いただき、ありがとう存じます。それに全て崩壊するよりも破壊箇所を小さくできるので、復旧も早くなる可能性がありますしね」
わたしの考えを素早く理解してくれた二人に感謝し、復興の事もわたしは説明した。
……橋が治らないと物流に困るからね。災害復旧は戦争の兵站と同じ。どうやって必要な物資を必要な場所に送り付けるかが大事だもん。この辺りの話は、コンビニバイトで勉強したよ。
「では、お姉さん。何処を壊したら効果的だと思いますか?」
「そうですねぇ。真ん中付近の橋脚どうしの間、橋げたを一本か、二本分飛ばせば水がきれいに流れると思いますわ」
わたしは暗視状態の眼で、今にも壊れそうな橋を見て、壊したら良さそうな場所を見抜く。
「分かりました、お姉さん。ファフ、ブレスを調節して橋を一部破壊するぞ」
<御意。ああ、久方ぶりのブレス。戦も無い今、もう撃つ事も無いと思っていました>
「自然との闘いも戦の一種ですわ。強大な力を前に如何に協力して戦うかですの」
わたしの言葉に、イグナティオさまだけでなくファフさんまで首をかしげる。
自然災害が少ない王国ではピンと来ないのかもしれないが、大抵の古代文明は治水を大事にしていた。
災害のたびに文明崩壊などしていたら、時間や人材がもったいないのだ。
「そ、そうなんですか、お姉さん。ま、まあ、今はこの洪水をなんとかしましょう。ファフ、準備を」
<御意。実に勇敢で賢いお嬢さんだ。今後とも一緒に飛びたいですね>
「きゃ、お、お手柔らかに」
目標な橋の上流に回り込み、急に高度を下げる黒竜。
わたしは急激な軌道変化に思わず悲鳴を上げてしまうが、夜の荒れた川の水面ギリギリまで降りて滑空するのは、誰でも怖いと思う。
<カウントダウンします。3、2、1>
口を開いたファフさんから凄まじい咆哮が放たれる。
そして音がどんどん高くなり、いつしか聞こえない音域まで上がった。
「まさか、『超音波メス』なの! 『ギャ〇ス』!??」
わたしの脳裏に「前世」でみた怪獣映画。
空を飛び、口から吐く超音波で攻撃をする飛翔怪獣を思い出していた。
「発射せよ」
<御意!>
ファフさんの口から、見えない何かが飛び出す。
それは水面を薙ぎ払い、橋を一気に切断する。
「薙ぎ払え!」
黒竜は首をひねる。
捻った方角、そこにある橋の構造物も瞬時に砕け散る。
「ブレス停止、一旦高度を取るぞ!」
<御意、閣下>
「きゃあぁぁぁぁ!」
口を閉じたファフさん。
一気に高度を上げるから、わたしは更に悲鳴を上げた。
「お姉さん、もう大丈夫ですよ。先程、何かを叫ばれていましたが? ファフのブレスが何なのか、もしや御存じでしょうか?」
「え、あ、えっとぉぉ。よく似たお話を聞いたことがありますの。聞こえない音で空気を振動させ、その超振動で物質を切断するとか……」
<ほう。やはりアミータお嬢さまは面白いです。私のブレスが音なのを瞬時に把握とは!>
妙に感心されるわたしだった。
「橋は無事に壊れたのですね」
背後に目をやると、切断された橋げた部分をすごい勢いで水が流れていく。
引っかかっていた流木なども下流に流れていくが、次の橋で引かっからなければ問題はない。
「イグナティオさま。この下流に大きな橋は?」
「ボクの記憶では多分無いと思う。これで流れが落ち着いたら何とかなるかな?」
わたしは大きく息を吐き、第一段階が無事に終わった事で安堵した。
「では、今度は堤防復旧の指揮活動ですの!」




