第18話(累計 第62話) ダム・ガール、実家への帰路につく。
「では、しばし実家に帰って参ります。ルキウスくん、リナちゃんのことを宜しくお願い致しますね」
「了解です、アミータお姉さん。リナ姫さまの事は僕がしっかり見守り……。あ、すいません。僕、眼が見えていないので見守る事が出来ないですね」
「ルキウスくぅぅん、こんな時まで自虐ギャグしないでよおぉぉぉ」
「アミちゃん姫さまより、高度なギャグですねぇ、ルキウスさま。これが前世での経験値の差、年の功でしょうか?」
……ニコニコ顔でそんな自分の障がいをネタにされちゃ、反応に困るよぉぉ。
ズッコケるやり取りが初夏、早朝の学校門前で行われている。
なんで、こんな事をやっているのかといえば、今日から十日ほど。
先日からの中間試験が終わって貴族学校は試験休み期間になったからだ。
……結構、お休みが長いのは領地に帰るだけで三・四日くらいかかる子もいるからなの。なお、仲間たちはおそらく全員合格点以上ね。みんな、わたしよりも賢い子が多いもん。
「ごめんなさいね、リナちゃん。ウチに連れていけなくて」
「いえいえ、アミータお姉さま。まだ魔族国家からの侵略の記憶が新しい伯爵領や公爵領に、ワタクシたちゴブリン氏族が参る訳にはいけないですわ。第一、ワタクシは保護もあって王都から出る事を王陛下から禁止されておりますし」
今回、わたくし、エリーザ。
そしてティオさまが一緒に実家に帰る。
ジュリアーナちゃんも公爵領に研究室を作る関係で同行。
……もちろん、お付きのヨハナちゃん、ドゥーナちゃん、ファフさんは一緒ね。王さまもリナちゃんの身辺警護にはかなり御気を使われているみたい。
「残念ですが、しょうがないですわ。リナちゃんは可愛くて賢いですが、そのお姿を領民が見るとパニックになってしまうでしょうし。その分、お土産とか探しておきますね。ご希望はありますか?」
「ありがとう存じます、エリーザさま。出来れば……、甘い食べ物がありましたら……」
可憐に頬を染めるリナちゃん。
確かに緑の肌のゴブリンではあるが、美しいドレスや編み上げた美しい黒髪、そして礼儀作法も完璧な美幼女な姿は、実に見事に貴族令嬢。
わたしなどより令嬢らしさが上なのは、生まれが上級ゴブリンだからなのか。
それとも教育が良かったのか。
……この間の話の時に、リナちゃんにそっと聞いてみたんだけど、とあるご縁でダークエルフの女性に只人語だけでなく礼儀作法なんかも教えてもらったらしいの。どーやら雰囲気からしてディネリンドさんとは関係あるっぽいけど。
「分かりましたわ。わたくしもエリーザと一緒に探してみます。期待してくださいね。もちろんルキウスくんにも買ってきますね」
「はい。では、良い旅を」
「僕には、お酒なんかがあれば……。あ、ごめんなさい。甘いお菓子でいいです」
……十二歳でお酒は流石に不味いよ、ルキウスくん。前世で『飲んべ』だからってね。もー、連続自虐ギャグは勘弁なの。
そして、わたし達はリナちゃん、ルキウスくんらに見送られてドゥーナちゃん運転の魔導自動車で学校を発った。
◆ ◇ ◆ ◇
「しばらくは予定通り、自動車で街道を移動でしたね。アミ姫さま」
「はい、ドゥーナちゃん。敵に情報がどう流れているか分からないですし」
……悪意が無くてもリナちゃん経由で、わたしとティオさまの移動が魔族国家に知られる可能性があるものね。何事も用心なの。
王都を離れ、今はしばし晴れ渡る空の元。
人通りがまばらな街道を魔導自動車は走る。
石畳の段差を拾い、ガタガタと板バネ式サスペンションが鳴る。
乗り心地がまだまだなので、公爵領に行ったら大砲の駐退機と一緒にオイル式のダンパーのアイデアを提示しようと、わたしは思った。
「そういえば、アミお姉さん。試験前にお話ししていた学校の件、どういう物を作るのですか?」
「まだ構想段階ですが、読み書きと簡単な算数を学べる学校を各村や街ごとに作りたいと思うんです。教師役の方は出来れば神殿とかから派遣してもらうと助かります。その場合、神殿に隣接して学校施設を造ればいいとは思っています」
この世界。
前世世界の中世よろしく、文字を読めない人たちが平民らには多い。
また、簡単な数学。
四則演算ですら、ある程度の学がある者しか出来ない。
……幸い、十進数だからまだマシね。オリエンタ式アバカムも、商人さんたちは使っているみたいだけど。
「因みに、どうしてアミお姉さんは教育を平民らにも広めようと思ったのです?」
「そうですねぇ。せっかくの才能がもったいないからでしょうか。例えばですが、ヨハナちゃんは平民上がりかつ孤児ですが、わたくしの教育で才能が開花しました」
「そのとーりなのです! アタシはアミちゃん姫さまの影響で、早い段階で文字の読み書きを覚えて、神殿の神話の本とかを読んでました。算数もアミちゃんに教えてもらいました。えっへん!」
わたしが幼少期に忍び込んで遊んでいた孤児院。
神殿に併設されたもので、そこでは身寄りのない子らが神官や貴族の下働きなどになれるよう、ある程度の教育が行われている。
それを一般の子どもたちにも解放できればとも、思うのだ。
「確かにそれは素晴らしいものです、アミ姫さま。ですが、親たちは子どもらを学校に預けますでしょうか? こと、貧しい家庭では学校より仕事を覚えて働くことを優先させるのでは? アタイでも、王都の学校に行くのに、随分と周囲に反対されました」
「そこはそれですわ、ドゥーナちゃん。学んだ方が給与が増えるというのを知れば良いのです。農業だって植物や虫、畜産。更には錬金術を学ぶことで生産量が増えます。オマケで給食。お昼ご飯を格安で提供するって事もしたらいいかもですわ」
わたしは、思いつくことや前世で学んだことを話す。
前世においてNPOで発展途上国に行った際。
その国では女性が学問をすることは禁忌に近く、更に子どもらが他文化の事を学ぶのが禁止されていた。
……そして、妬みと差別。怨嗟に凝り固まった人たちが生まれて、テロリストになるのは悲しいよねぇ。
「なるほど、一理ありますね。流石はアミお姉さんです」
「いえいえ。過去に学んだことで、わたくしが一から考えた事ではございません。わたくしの名誉よりは、少しでもみんなが幸せになればいいのですから」
ガタンガタンと揺れる車内。
わたしは、色んな事を皆と話した。




