第8話(累計 第52話) ダム・ガール、ゴブリン姫と裸の付き合いをする。
「貴女がたと仲良くしたいとは申しました。ですが、アミータさま。これは……」
「あら、リナ姫さま。貴女に対しての悪評に、汚いだの臭いだのがありましたの。もちろん、実際のリナちゃんは綺麗で良い匂いなのですが、今回はその悪評を吹っ飛ばす作戦ですわ」
今、わたしはリナちゃんや仲間たちを連れて学校内にある大浴場女風呂に来ている。
その理由として、ゴブリン族についてわたし達が『何』も知らないという事だ。
肉体、精神、食性、風習、社会、清潔感、性的観念、宗教、その他もろもろ。
お互いに何も知らないからこそ、疑念が生まれ差別が生まれる。
……ゴブリンやオークが、性的襲撃者という噂は根強くあるんだけど、それも真実半分。拡大解釈半分って事らしいし。
戦場において、気持ちが高ぶった男どもは何を求めるのか。
そこに女の柔肌があるのは、古今東西、どの世界でも同じ。
女の身であるわたしですら、戦う場においてティオさまに欲情したのは否定できない。
……戦争で手に入れた奴隷。男は強制労働や戦場での『露払い』。女性は概ね、慰安婦からの現地妻か妾ね。
「とは言いましても。ワタクシ共ゴブリンの女は、同族以外に肌を見せる風習は無く、大量の湯に浸かるのは……」
「『郷に入っては郷に従え』と、『夢の世界』のコトワザにありますの。お互い、生活していく上で支障がない風習は、とっぱらいましょう。おそらく、そこに差別の芽があるでしょうから」
……『前世』世界での移民問題も、移住者が移住した国の屋根を借りるんじゃなく母屋で泥棒するから問題になるの。自分の都合ばかり押し付けは、失敗の元。お互いの文化を知り、妥協できる範囲で同化しなきゃ待っているのは不幸ね。
「お姉ちゃん、また変な言葉使ってるの。でも、わたしもそう思うよ。仲良くなるには、知り合う必要あるもん! リナちゃん、一緒にお風呂入ろ?」
「アミっちの言う通り。教育ってのは知る事。知らなきゃ、勝手に想像して疑念や差別を産む。アタシも、アミっちに教えられることが多いんだ」
エリーゼ、ジュリちゃん共々、ヨハナちゃんの手伝いで衣服を脱いでいる。
わたしは自分で出来る限り脱いで、後始末だけドゥーナちゃんに頼む。
「それでも……。姫さまの護衛をするのに素手では……」
「姫さまぁ」
「リナ姫のお付きの方々。貴女がたも気持ちよく学校で生活するのなら、お風呂には慣れましょう。わたくし達と一緒に入れば、誰もリナちゃんをイジメたりしないです」
ダークエルフの護衛さん。
確かお名前がディネリンドさん。
とても嫌そうな顔なのだが、わたし達が半ば強引に引っ張るので拒否しきれない。
……そこに悪意が無いのは、流石に理解しているだろうからねぇ。ディネさんってば、案外と押しに弱いのかも。
「ね、リナちゃん」
「そ、そこまでおっしゃるのなら……」
「では、みんな。一緒にお風呂へGo!」
リナちゃんの側仕えたちを含め、総勢十人の乙女が大浴場へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇
「はぁぁ。これは素晴らしいものですわ」
「だよね、リナちゃん。わたしも、ここのお風呂大好きなんだ!」
大浴場の中。
頬を赤く染め、ゆるけた表情のリナちゃん。
その横で双丘を湯に浮かばせて、同じくまったり顔のエリーザ。
……我が妹ながら、おっきいなぁ。お義母さまも大きかったから遺伝ね。
「はにゃぁぁぁ」
「きゃ!」
「うふふ、楽しいね」
「こらぁ! 迷惑かけないように遊びなさーい」
向こうでは、すっかりとろけてしまったディネリンドさんを筆頭にメイドのゴブリン少女たちが湯でパチャパチャと遊んでいる。
ゴブリン少女たちがあまりに派手に遊ぶので、注意半分遊び相手にドゥーナちゃんがなっている。
……ディネリンドさん、いくら気持ちよすぎても油断しすぎだよね。逆にわたしが周囲を警戒しちゃうの。でも、ゴブリンを嫌っていたはずのドゥーナちゃんが、ゴブリン少女達と仲良く遊んでいるのを見ると、笑顔が浮かんじゃうね。
「アミちゃん姫さま。とりあえず、お風呂作戦は大成功ですね」
「ええ、ヨハナちゃん。みんな、お風呂を楽しんでくれているし、他の子達も警戒をしなくなったわ」
湯船の中。
わたしの横に座り、周囲を警戒中のヨハナちゃん。
それでも彼女の表情はとても明るい。
……さっきまでゴブリンへの視線が厳しかった令嬢らの表情が、緩くなったの。
ゴブリンへの敵意から、リナちゃん達が大浴場に入った直後は怪訝、かつ冷たい視線を飛ばしてきた女の子達。
彼女らも、気になるのかリナちゃん達の挙動を注目。
身体を、エリーザと一緒にヨハナちゃんに洗ってもらったリナちゃん。
その華奢で幼児体形の身体が湯に浸かり、表情がゆるむのを見て誰もが警戒心を失くした。
……ゴブリンでも女の子なら、お風呂好きは一緒だって分かったの。
そして側仕えのゴブリン少女らが、無邪気にお湯で遊ぶのを見て、笑顔が広がった。
子供が喜ぶ姿を見て顔をしかめるものなど、何処にもいないのだ。
……スタイルの良い、ダークエルフのお姉さまにも別の意味で視線釘付けだったわ。皆、自分の胸元と見比べちゃうのよ。
「リナさまのお身体を洗わせて頂きましたが、角と耳、肌色以外は孤児院の子たちと同じでした。同年齢の只人族よりも幼い気もしましたが、肌触りや肉の柔らかさ。そして肌の暖かさも同じ。ちゃんと女の子でした」
「色々確認、ありがとうね、ヨハナちゃん。生態が大きく変わらない上に、考え方もそう大きく違わないのなら、お互いに妥協線は引けそうよ」
さりげなくヨハナちゃんに「偵察」してもらった感じ、只人族の幼女とリナちゃんは大きく変わらないのが分かった。
リナちゃんがゴブリン族でも上級種の娘であるため、全てのゴブリン族にあてはめられるかは分からないが、今後対応の検討材料になるだろう。
……たぶん下級種になるだろう側仕えなゴブリン少女も、見た感じリナちゃんと大きく変わらないから、ゴブリン族では男女差が大きいのかもね。
そういえば、『前世』で大学時代、生物学について少々習ったときに聞いたことがある。
以前は旧人類。
ネアンデルタール人は、現生人類よりも強健であり、言葉を扱う能力が低い原始人と言われていた。
だが、ホモ・サピエンスと混血が可能な亜種人類で、ホモ・サピエンスのDNAに彼らから受け継いだ遺伝子がある。
そして女性、それも思春期前であれば形質の特殊化。
特徴の発現が弱いから、ネアンデルタール人と現生人類の子供では、見た上の姿に違いはあまりなかったのではないかとも。
……只人族と混血可能なゴブリン族も、女性であれば形質が強く出ないから可愛い幼女っぽくなるのかもね。男性だと、形質が強く出て小鬼になると。
「アミータさま。今回はお風呂にお誘い頂き、ありがとう存じました。お風呂、実に良い習慣ですね。これは、領地に帰った際に取り入れたいものです」
「ですよね、リナ姫さま。気持ちいいですし、身体も清潔になり、健康になります。清潔な水の確保や湯を温める燃料などの問題もありますが、是非に魔族国家でも広めていきたいです」
わたしは湯に浸かりながら、世界平和を考えた。
誰もが幸せになる方法を探しながら……。




