第20話:ダム・ガール、公爵さまと顔を合わすのが恥ずかしい。
「あー!! ティオさま、大丈夫かしらぁぁぁ」
「アミータ姫さま。お静かにです」
ファフさんに魔物の大軍から救い出されたわたしとティオさま。
お屋敷に担ぎ込まれた二人。
重傷だったティオさまは、緊急手術ということになった。
「だってぇ、ずっとお会いしていないんですもの」
「そりゃ、姫さまもこの間まで寝込んでいましたでしょ?」
救助されて屋敷に搬送されたわたし。
安心したのか、そのまま気絶。
三晩ほど熱を出して寝込んでいた。
一昨日になってようやくわたしの熱は下がったものの、ティオさまとはまだ会えていない。
「そうなんだけどぉぉ。ヨハナ、ティオさまの様子を聞いてきて下さらないかしら?」
「毎日、イグナティオさまの容態をお聞きしてきて報告していますのに、まだ足りないんですか、アミータ姫さま?」
今日もわたしはベットの上からヨハナを呼出しては、ティオさまの事を尋ねる。
「だってぇぇ。心配だけど、顔を直接合わせるのは恥ずかしくてぇぇ」
「アタシ、ファフさまに聞きましたよ。歳下の公爵閣下とキスなさったんですってね、アミちゃん」
「きゃぁぁぁ! ヨハナちゃんのばぁかぁぁぁ! 恥ずかしいよぉぉ」
どうやら、わたしとティオさまのラブロマンス(?)は、屋敷内の使用人らに知れ渡っているらしい。
食事を部屋に持ってきてくれるメイドさんの表情が、毎度実に生暖かい。
こと、おばちゃんメイドさんの視線と「うふふ」という呟きが実に恥ずかしい。
「また顔が真っ赤ですよ、アミちゃん。知恵熱ならぬ恋熱ですか?」
「うぁぁぁん、ヨハナちゃんがわたしをイジメるよぉぉ!」
という訳で、今日もまだティオさまの顔を見れていない。
「と、冗談はさておき。イグナティオさまの手術は大変でしたので、もうしばらくは安静になさって欲しいです」
「王都からお医者様や神官長さまが来られたのですよね?」
「ええ、王さまが大急ぎで手配したと、ファフさまから聴きました。アタシも馬車で姫さまたちの事件を聞いて心配でしたが、どうにもならないので我慢していました」
ファフさん経由で王都にティオさまの怪我の状況が伝えられた。
すると、なんと致傷した日の夜遅くに王都から医療チームが魔法により転移してきた。
……ヨハナちゃんが公館に到着したのは、ティオさまの手術が終わった翌日なの。馬車じゃ急いでも一日五十キロの移動がやっと。伯爵領と公爵領では領都の間が百キロくらい離れているから二、三日は移動に時間が掛かるのよね。
「確かに開放性骨折の場合は、急いで処置をしないと感染症が怖いんだけど。陛下も弟さまの事が心配だったのね。公権乱用に近いもの」
「お医者さまがお褒めになられていたそうですよ。アミちゃんの処置、怪我をしたところを充分洗っていたから良かったのですって」
骨に「ばい菌」が入っていたら、骨髄炎になるって「前世」にNPOで海外に行く前に教えてもらった覚えがある。
また、外傷時に一番大事なのは止血。
そして心臓が止まりかけている時は、心臓マッサージが優先だと。
……最後に聞いたエヴィデンスだと、人工呼吸はしなくても心臓マッサージをしていれば良いらしいの。確か童謡『うさぎとかめ』のテンポで心臓を胸が凹むほど押さえて、肋骨は骨折させても良いって話。
「それは何よりですわ。で、いつになったらティオさまと面会できそうなのですか?」
「多分、明日には一緒に食事をなさることが出来そうという話をアタシは聴きました。アミちゃんも早く起きてくださいね」
「もー、ヨハナちゃんのイヂワルぅ。わたくし、これでも伯爵家令嬢。きちんと致しますわ!」
まだ顔が熱いわたし。
なんとかしてティオさまに顔を合わせられられるよう、心の準備をした。
◆ ◇ ◆ ◇
「おはようございます、アミお姉さん。お身体の方は如何ですか?」
「そ、それはわたくしの言葉ですの。こ、公爵閣下」
翌朝の朝食会。
まだ松葉杖姿ながら、歩いて自分の席に座るティオさま。
わたしは、心づもりをしていた筈だったが、恥ずかしくて彼の顔を見る事が出来ない。
「あれ? お姉さんには、ボクの事を名前。ティオって呼んでて言ったのに、どうして閣下呼びなのですか?」
「え、えっとぉ。し、親しき中にも礼儀がございます。今朝は公爵閣下の御前での初の朝食会。皆さまにきちんとご挨拶を……」
多分、顔が赤くなっているのだろう。
今も頬や耳が熱くてたまらないのだが、ティオさまの顔を見ない事でやっと言葉を紡げる。
これで彼の顔を見てしまっては、正気で居られる自信がない。
「そんな堅苦しい事は、もういいよ。アミ―タお姉さんは僕の命の恩人。ボクとアミは、キスまでした仲なんだからね」
「ひゃ!」
なんと、右耳元でティオさまの声が聞こえる。
うつむいていたわたしが声の方角に顔を向けると、ティオさまの笑顔が息が当たるほどの間近にあった。
……ティオさまの吐息が甘いよぉぉ。
「え、えっとぉ。そ、そのお話は恥ずかしいですぅ。ティオさまとわたくしの関係はビジネスライクだったはずでは??」
「えー。ボク達、お互いに命を掛けた愛の逃避行をした仲じゃないかな? もう恋愛関係になっても良いと思うんだけど……」
ティオさまの翠色な瞳が、わたしの眼をじっと見てくる。
ティオさまの眼に反射して映るわたしは、茹で蛸のように赤い。
「そ、そんな。み、身分差も年齢差もある、わたくしと公爵閣下では……」
「とまあ、アミお姉さんをこれ以上イジメても面白くないので、このくらいにしょうかな。ボク達の関係性は、今後に期待。それで良いよね、お姉さん」
「ひゃ、ひゃい。ティオさまぁ」
なお、その後も公館内の側仕えなメイド、執事な方々、騎士さまらの視線はとても優しく、そして生暖かった。
「もー、恥ずかしいよぉぉ!」