第2話:ダム・ガール、舞踏会に向かうも継母から叱責される。
十日前からの長雨が、しとしと降る王都の夕刻。
煉瓦と漆喰で作られた豪華そうな建物が立ち並ぶ貴族街。
そんな中を、継母、腹違いの妹、そしてわたしや従者らを乗せた二頭立て馬車が進む。
向かう先は王城。
今日は年一回、秋口に行われる王家主催の夜会。
宮廷舞踏会に参加するためである。
……こんな古典的な石造りの町よりも、ダムや工場プラント、巨大橋脚なんかが、もう一度見たいなぁ。せめてローマン・コンクリート製の水道橋やコロセウム遺跡をぉぉ。
「お姉ぇさまぁ。今までお嫌だったのに本当に舞踏会にご参加なさるのですかぁ?」
ぼんやりと窓からの風景を見ながら思いに更けるわたし。
そこに淡いピンク色な夜会用ドレスを纏った妹エリーザからの蔑むような視線と言葉が飛ぶ。
「エリーザ。まだ三年以上時間がある貴方と違い、アミータには時間がありませんですの。もう十五歳、そろそろ縁談相手を探しても良い時期です。この舞踏会を逃すと、次は十六歳以降。行き遅れになってしまえば、我がヴァデリア伯爵アヴェーナ家に傷が付きますわ、オホホ」
馬車の進行方向側。
わたしとは反対側に座る継母も横に座っている妹をとがめる事も無く、わたしへと更に冷たい言葉を投げかける。
「……ええ、わかっていますわ、お義母さま。わたくしも、これからは今まで通り好き勝手に出来ないのを理解していますし」
「でしたら、我が伯爵家が輿入れをするに相応しい殿方を……」
……だから、わたし。嫌々だけど舞踏会に顔を出しているんでしょ? 本当なら、ずっと本読んでいたり、研究に力をいれたいのに。この世界でもダムを作りたいよぉぉ。
継母へ生返事をしたわたし。
顔を動かさず視線を尚も話しかける継母から、もう一度雨に濡れる馬車の窓ガラス越しに王都の街並みへと向ける。
……ほんと、地震とか水害対策を考えて作られていない建物よねぇ。水道橋とか、コロセウム。遺跡に使われているローマン・コンクリートすら復興できていないのを思えば、本当に中世ヨーロッパ風世界なのよね、ここ。石畳もローマ街道みたいに傾斜がついていないから、雨水がたまりがちなのは最悪。排水を考えるのは基本でしょ? あ、また段差があるよぉ。
ガタンガタンと馬車の車軸から音が響く中。
わたしは、自分の中にある記憶と知識。
前世世界での高度技術による建築物と、目に映る古臭い建物を比較する。
……前世実家が建設会社。その上、大学で水資源工学を学んで大手ゼネコンに入社していたダムマニアのわたしからしたら、インフラも不十分なのよ! どっかの乙女ゲーム世界みたいだから、まだ本当の中世ヨーロッパよりはマシなんだけど。
「あー。『ダム』観光がもう一度したいのぉ。巨大な構築物が見たいよぉ」
「……アミータ? アミータぁ!? アタクシの話を聞いていますのですか? そんな風では、また困った事になりますよ! 宮廷では我が伯爵家よりも高貴な人々ばかり。そんな方々が話しかけてきた際に上の空では困ります! まったく、いつも土いじりしていたかと思えば、訳の変わらない事を言い出しますし。だから世間では『泥かぶり姫』なんて言われ……」
「は、はい。申し訳ありません、お義母さま」
わたしが上の空モードで考え事をしていたのに怒った継母。
扇で口元を隠しつつ、イジワルそうな顔でわたしを激しく叱責する。
……本当なら伯爵家はお母様の実家。なのに乗っ取ってしまう気なのかしら、お義母さまは? お父様はお義母さまの言いなりだし。そんなだから、『未来』のわたしは悪役令嬢になるんだよ?
継母や妹の冷たい視線や言葉を適当にやり過ごし、わたしは今後の人生計画を考える。
……早々に操縦しやすいボンボン捕まえて、研究生活の合間に子供作るってのも考えるけど、それじゃお義母さまと同じ。スパダリとまでは言わないけれど、ステキな殿方がわたしの趣味に理解があって、領地改革なんて出来たら最高だよねぇ。あー、ダムをもう一度見たいよぉ。あの巨大な佇まいが大スキィ。
ダム、橋脚、タワー、高層ビルなどなど。
ぼんやりと好きな事を妄想している間に、ガタガタと石畳の段差を越えていった馬車は王城の正門。
水壕を越える跳ね橋を通過し、城の内部へと入っていった。
◆ ◇ ◆ ◇
「申し訳ありません、ヴァデリア伯爵夫人様。こちらの招待状には同伴が娘一人と書かれております」
城内入り口の検問所。
馬車を降りたところで、わたし達は兵士らから詰問を受ける。
なんと招待状には継母の名前と娘「一人」分としか書かれていないというのだ。
「あら、そうなの。アタクシ『自身』の娘はエリーザだけ。アミータは先妻の子だから、違いますわね」
「お姉さま、可哀そうに……」
継母は扇で顔を隠しながらイヤらしい笑みを浮かべ、妹はしらじらしくも悲しい顔を見せる。
……はぁぁ。またお義母さまのイジワルですか。驚かないエリーザも、多分事前に知っていたのね。まったく、しょうもないイジワルなの。わたしがキレてしまったり、城内に入れてくれって懇願するのを期待しているんだろうけど、『未来』を知っているから同じ失敗はしないよ。
「で、でも。そちらの娘さまは……」
「今、言いましたわよ、アタクシの娘は一人しかいませんの。先妻の娘なぞ知りませんです。勝手に付いてきただけですわ」
門番兵に向かって冷たく言い放つ継母の様子に恐怖し、わたしのドレスにしがみ付き、泣きそうな声を出す側仕えのヨハナ。
「アミータ姫さまぁぁ」
「大丈夫よ、ヨハナちゃん」
わたしは彼女の手をそっと握り、笑みを浮かべて困惑している兵士に声を掛けた。
「お義母さまのいう通り。確かにわたくしは彼女の実娘では無いですわ。舞踏会にご招待されていないのなら、しょうがないですわね。雨具を二つお貸し願えないでしょうか? タウンハウスまで歩いて帰りますの」
「あ、貴方は正気ですの!? 貴族令嬢が雨の中、夜の街を歩いて帰るだなんて!」
わたしが歩いて帰るというと、先程まで嘲笑を浮かべていた継母は青い顔をする。
どうやら彼女の中では、街を歩いて帰るという選択肢は無かった様だ。
……正直、馬車に乗るほどの距離じゃないもんね。そりゃ、夜の街を歩くのはわたしの思い付きだけど、貴族街内なら危険度は低いでしょ。なんなら、お願いして兵士さんに付いてきてもらっても良いし。
「貴族街内でしたら、下町と違い危なくないでしょ? 歩いても一時間も掛からないんですもの。雨の中歩くのもオシャレだわ。最悪、兵士のお兄さん方にお見送りをお願いするって事も出来ますし」
「ぐぬぬ……」
「お、お姉さま。お母さまに謝って、舞踏会に入れてもらえませんですの? 夜の町なんて危なすぎますわ」
怒りのあまり、青から土気色に代わる継母の顔。
妹は妹で、本気でわたしを追い返すつもりは無かったらしく、真っ青な顔でわたしと継母の顔をぐるぐると見回す。
……エリーザ、お義母さまほど落ちてはいないのね。そこは一安心なの。世界の救世主になるかもしれない妹が悪女になるのは嫌だもの。
「ですが、わ、私の一存では……」
そして兵士のお兄さんも、わたし達の顔を見合わせて混乱していた。
なお、わたし達の後ろには入城順番待ちのお姉さんたちが沢山並んでいる。
……早く決めないと、後ろに待っている方々にご迷惑なの。
「ふははは! 面白い事をいうお姉さんだね。キミ、このお姉さんはボクの連れで通してくれないかな?」
「で、殿下!?」
そんな時、声変わりもしていない少年の声がわたし達の背後から聞こえてきた。
「もうボクは王子じゃないよ。今はヴォルヴィリア公爵。呼ぶなら閣下と呼んでくれないかな?」
わたしは、声の主に視線を向けた。
「お姉さん、ボクはイグナティオ・デ・ヴォルヴィリア。今はしがない公爵なんだ」
そこにはプラチナブランドの髪を持ち、エメラルドグリーンの瞳を持つ超絶美少年がいた。
……うわぁぁ、とっても可愛い子なぉぉ! まるで天使様ぁぁぁ!