第18話:ダム・ガール、公爵さまに応急処置をする!
「ん、うーん。は! あれ、ココは何処?」
わたしは、深い森の中で意識を取り戻した。
「確か、イグナティオさまを助けようとして空に飛びだして……」
わたしは記憶を整理する。
竜のファフさんに乗せてもらい、イグナティオ様と一緒に公爵領上空を飛行していた時。
魔族軍らしきものらによって待ち受けての奇襲を受けた。
激しい砲撃の中、わたしを庇って空中に放り出されたイグナティオさま。
宙に舞うイグナティオさまの手を握ろうとしたわたしも、空中を舞う事になった……はずだった。
「あんまり痛くないの。どうやって百メートル以上の高さから落ちて無事だったのかしら? あれ、周囲が妙に焦げ臭いの……。あー! イグナティオさま。イグナティオさまは何処ー!」
ぼんやりしていたわたしの頭がしっかりした瞬間。
一番大事な事。
イグナティオさまを思い出した。
「一体どこに落ちたの、イグナティオさま?」
わたしは、少し痛むお尻をさすりながら立ち上がる。
深い森の真っただ中、まだ昼間なのに薄暗い。
そして木々が燃えた跡があり、幾本かがまだくすぶっている。
「これ、もしかしてイグナティオさまが?」
イグナティオさまは火属性。
空中で減速をするために爆発系の魔法を連打したのではと、わたしは思いつく。
「わたしが無事だったのは、イグナティオさまが減速してくれたからなのね。だったら、近くにイグナティオさまも落ちているはず……。あ! 見つけた」
身体強化魔法を起動。
視覚や聴覚強化を行い、周囲を観察したわたし。
カサリという音に反応し、そちらに眼を向けるとイグナティオさまがそこに寝転がっていた。
「イグナティオさまー。大丈夫ですか。え!?」
しかし、イグナティオさまは酷い怪我をしているらしく、左ズボンの脛は彼の鮮血で赤く濡れていた。
「う。うぅぅ。お、お姉さんですか? お姉さんは無事ですか?」
「はい、アミータです。おかげで無事です。イグナティオさま、お気をしっかりなさってくださいませ」
痛みに顔をしかめるイグナティオさま。
わたしは彼の手をぎゅっと握り、必死に励ました。
「さ、最後に着地失敗しちゃった。途中までは上手く減速出来ていたんだけどねぇ。お姉さんを守るので必死で、じ、自分の事を忘れ……」
「無理してお話しなくていいです。今から応急処置をします。かなり痛むかと思いますが、ご辛抱を」
苦痛のなか、わたしに対して心配させないよう無理に笑みを浮かべようとするイグナティオさま。
わたしはパンと頬を両手で叩き、気合を入れる。
そして応急処置をすると断り、彼のズボンを手持ちの小型ナイフで切り裂いた。
……十得ナイフもどきを昔作ってもらっていたのが役に立ったわ。絶対にイグナティオさまを助けるの!
「う! これは開放性骨折だわ。止血前に患部を洗浄して汚染を取り除かなきゃ」
破いたズボンの下。
おそらく腓骨と呼ばれる骨が折れて皮膚を突き破っている。
……NPOで海外に行くときに、応急処置を沢山習ったけど、開放性骨折の対応は覚えているかしら?
「イグナティオさま。今から患部。怪我をした部分を洗浄します。激しく痛むかと思いますが、ご辛抱を。足以外でひどく痛む部分はありますか?」
「あ、足以外は大丈夫っぽいよ。お姉さんになら任せて大丈夫だよね。我慢するから、やっちゃって」
わたしは了解を得たので、治療を開始する。
「<水生成>」
「ぐぅぅ!」
魔法で純水を作り、それで患部を洗う。
「本当なら無菌の生理食塩水で洗うのですが、ここでは魔法による純水しか使えません。我慢してくださいませ」
「う、うん」
大量の水を生成し、どんどん患部を洗う。
幸い脈打つように噴き出る動脈性出血は無い様なので、今は止血よりも患部洗浄が優先。
「このくらい洗ったらいいかしら? 本当は患部を引っ張って骨折部をくっつけたら良いんだけど、わたしの力と技術では無理。綺麗な布で患部を保護して、止血に土系治癒魔法を使いましょう」
「前世」に聞いた話では、開放性骨折では骨折部を切開・洗浄したうえで金属金具で骨折部を接合するらしいが、今ここで手術は不可能。
少しでも早く縫合まで行いたいが、わたしにそんな技能は無い。
精々、感染症予防の洗浄と止血くらいが精一杯だ。
……骨の中に細菌が入ると危険だし、泥の中の破傷風菌が怖いよぉ。
「はぁぁ。少し痛みが引いたよ。お姉さん、ありがとう」
「いえいえ。こちらこそ、命を助けて頂きました。ありがとう存じます。後はファフさんが見つけてくれるのを待つばかりですわ」
わたしの下着の端を破って包帯替わりにした後、念のために良さそうな木の枝をよく洗ってから骨折部の両側からあてがい、添え木とした。
わたしが作った水を、手から飲んでくれたイグナティオさま。
先程よりも少し表情が柔らかくなった気がする。
「そうだね……。いや、先に敵が気が付いたみたいだ。お、お姉さんは隠れていて。僕が、た、戦う」
周囲からグルグルという唸り声がするのが、聴覚強化しているわたしの耳にも入った。
こんな状況になっても、わたしを守ろうとする超絶美少年。
無理に立ちお上がろうとする姿を見て、わたしは決心する。
「いーえ! 大人しくしているのはイグナティオさまです。怪我人は寝ていなさい。ここはお姉さんの戦場ですわ。ウフフ、『泥かぶり』姫の本領を見せますわよ。さあ、参りましょう。<砂要塞>! いーっぱい」
一世一代の大勝負。
わたしはイグナティオさまを制しながら、最近ようやく使えるようになった大魔法を起動した。