第15話:ダム・ガール、家を追い出される。
「お姉さまぁ、本当に家を出てしまわれるのですか?」
「売り言葉に買い言葉しちゃった気はしますが、わたくしはもう決めましたの。幸い、イグナティオさまは数日後に態々わたくしを迎えに来て下さるとおっしゃってますわ」
妹、エリーザが泣きべそをかきながらわたしに抱きついてくる。
舞踏会にて、自分の母親の嫌な面をはっきりと自覚してしまったからか、今まであったわたしに対する棘っぽい言葉が一切ない。
……自分の母親を信じるのは娘としては普通。でも信じたい親があんなバカを見せたら心が揺らぐのも無理ないわ。
「ですが、王家からお褒めいただいたお姉さまを家から追い出すなど、お母さまは正気ではございません!」
「わたくしも、最近のお義母さまは正直おかしいとは思いますの。わたくしに対し、妙に厳しいというかトゲトゲしいというか」
妹が言う通り、最近の義母の行為はイタズラや嫌味の範疇を越えつつある。
わたしが怒って失態をするように仕向けている風な気がしないでもない。
「お母さま、まるでずっとお姉さまを伯爵家から追い出したがっていたような気がします。だって、お姉さまが家を出ると言ったら、大喜びなんですもの」
わたしが家を出る発言をした直後、義母は狂気な笑みを浮かべた。
「家を出る!? ようやく家を出てくれるのですね、アミータ。ああ、良かった。これで我が家も安泰ですわぁ。最悪、神殿修道院に送る事も考えていましたから」
その時の真っ黒い笑顔は、今思い出しても身震いが止まらないくらい怖い。
……わたしを本当に家から追い出したかったのねぇ。だけど、お父さまに叱られてまでも、わたしにイジワルしていた理由が分からないわ。
義母の中では、わたしは邪魔者であり、貴族令嬢として気に食わなかったのかもしれない。
伯爵家の本来の家督であるわたしを追い出せれば、家を完全に乗っ取れるからだったのかもしれない。
それでも父から嫌われるような行動を繰り返すのは、理解できない。
……逆に自分が追い出される可能性もあるんだからね。こと、今回は王族すら敵に回しかねない行動だもの。
「あの執事がお母さま専属になってから、お母さまはお変わりなさった気がしますの。わたくし、怖いですの、お姉さまぁ」
抱きつき怯え振るえる妹の頭を撫でながら、義母の専属執事の顔を思い出す。
……数年前から我が家に雇われていましたよね、彼は。顔はそこそこいいけれど、何処か闇を感じるのは気のせいかしら。まさか、お義母さまが浮気? そんな筈は無いよね。
「大丈夫よ、エリーザ。貴方はお義母様の実の娘。わたくしみたいにひどい仕打ちは受けないでしょう。春になれば、貴方とはまた貴族学校で会う事も出来ます。しばしの別れですが、元気でいてね」
「はい、お姉さま!」
わたしは、しばし逢えなくなる可愛い妹の頭をゆっくり撫でた。
◆ ◇ ◆ ◇
「お初にお目にかかります。ボクはイグナティオ・デ・ヴォルヴィリア。秋深き季節にお目にかかれることを感謝いたします」
「ほ、本当に公爵閣下が我が家にいらっしゃるなんて……」
そしてイグナティオさまが、わたしを迎えに来て下さった。
義母の中ではあり得ない事だったらしいが、封印+サイン付の封書が送られてきているのを無視できる心境が分からない。
……お義母様、現実を見る事を拒否しているのかしら?
イグナティオさまを貴賓室に招き、父、義母、そしてわたしがお話を聞いている。
……もちろんイグナティオさまの背後にはファフさんが控えているの。最強の守護者だものね。
「公爵閣下、この度は我が娘を娶っていただけるとの事。我が伯爵家としても誉に思う次第です」
「あ、すいません。まだボクは未成年なので今回の話は婚約という訳ではないです。とりあえず、お姉さん。アミータさまをボクの仕事上でのパートナーとして頂きたいのです。こちらが雇用契約書になっています」
お父さまとお話しになられるイグナティオさま。
わたしとの関係を婚約ではなくビジネスパートナーと宣う。
そして魔法で括られた羊皮紙スクロールを父らに提示した。
……もしかしてわたしが色仕掛けでイグナティオさまを『落とした』って周囲から言われていたのを気にしていらっしゃるのかな? そりゃ、超絶美形で性格も可愛い優良物件。わたしの趣味に理解がある男の子との結婚は、大歓迎だけど。でも、わたしじゃ身分も外見も中身も不釣り合いなの。
わたしは自分の「残念さ」を思い、イグナティオさまの横に並ぶ資格が無いことを悲しく思う。
「そうなのですか。まあ、ウチの娘は父親の私が言うのも何ですが残念『泥かぶり』令嬢ですから、間違っても結婚相手にはなりえませんよね」
……お父さま、謙遜だと思うけどわたしが貴族界隈では『泥かぶり姫』と言われているから否定できないのよねー。
「違いますよ、ヴァデリア伯爵閣下。いえ、お義父さま。アミータさま、お姉さんもボクもまだ未成年。いらぬ外部からの雑音を防ぐ意味でも、しばしは今のパートナー。仕事仲間、友人関係から始めたいと思っているんです。アミータお姉さんはとても立派な方。将来、ボクが成人を迎えた後にお姉さんの気持ちがボクに向いてくれていればと思うのです」
イグナティオさま、わたしをべた褒めしてくれるのがとても恥ずかしい。
わたしは顔がとても熱くなったのを感じ、思わず頬を抑えてしまう。
「嘘よ。どうしてあんな残念な娘が公爵家に招き入れられるの? どうして同い年の優秀で美しいわたしの娘を選ばないの?」
だが、一人。
義母は呪詛を吐きながら、現実を見られないらしい。
……エリーザは良い子だけれど、まだ十二歳。婚約うんぬんは早いと思うよ。それにイグナティオさまと知り合ったのは、わたしの方が先だもの。
「ということで、お姉さん。アミータさまはボクの家。ヴォルヴィリア公爵家にてしばし、お預かりします。ご心配であろうと思いますが、必ずお姉さんには肩身が狭い思いはさせません。また、一切手も付けないので、ご安心ください」
「あ、頭をお上げください、閣下。はい、分かりました。アミータ。お前は公爵閣下の元で幸せになりなさい」
イグナティオさまが頭を下げるのを見て、慌てるお父さま。
伯爵へ公爵が頭を下げる事は普通あり得ない。
こと、イグナティオさまがついこの間まで王族、第二王子であったことを考えれば、衝撃の光景だ。
……手を付けないだなんて、おかしいの。わたしの方が可愛いイグナティオさまを食べちゃいたいくらいなのに。あ、ダメ。貴族令嬢の考えじゃないよぉ。
「はい、お父さま。イグナティオさま、不束者ですが是非とも宜しくお願い致します」
父の許可が出たので、わたしはイグナティオさまに笑顔で返礼した。
「お姉さんの笑顔、ボクは大好きです。これからも領地改革に力を貸してください。そして、皆を笑顔にしていきましょう」
「はい、イグナティオさま!! わたくし、頑張ります」
わたしは更に笑顔で、イグナティオさまの伸ばしてくれた小さな手をぎゅっと握り返した。
「嘘よ。嘘に違いないの。どうして、わたくしの思い通りにならないの! このままじゃ計画が……」
その時、義母が何かつぶやいていたのだが、わたしは舞い上がってしまい気が付かなかった。