第16話(累計 第148話) ダムガール、天空騎士の少年ソルと仲良くなる。
「アミータ姫、もう俺は起き上がれますって!」
「いえいえ。ソルくんは、病人です。まだまだ大人しくしていなさい。天空騎士団長さんからも許可が出ているでしょ?」
移動中のキャンピングカー内。
予備ベットに眠る天空騎士団所属な少年が起きだすのを、わたしは無理やり押さえつけてベットに戻す。
彼の名は、ソル。
金髪に蒼紫色の瞳、まだ声変わり前でティオさまより華奢で小柄な少年騎士だ。
……多分、ソルくんが休養を命じられているの。わたしの身近に合法的にずっといられるから監視役の意味もあるんだろうね。団長さんも中々に『したたか』なの。
まだまだ法王国の聖都レミニアまでは遠い。
わたし達だけであれば残り二日くらい。
ひとっ走りで到着しそうなのだが、お付きの天空騎士団と同速度での移動だと、まだ五日くらいはかかりそうだ。
なので、基本暇なわたしは甲斐甲斐しく病人なソルくんに構っているのだ。
……話を聞くとソルくんが話に出すお父さんってのが、異端審問官と一緒に公爵領に来ていた騎士の代表。わたしと異端審問官ルミナリアとの決闘時に審判をしてくれた人なの。
「父は不名誉だからと出世の道から離れ、辺境送りになってしまったんだ」
「ソルくんのお父さま。異端審問部隊の中では、穏健派でしたわよ。わたくしの決闘時にも平等に見守ってくださいましたし。わたくし、異端審問官どのはさておき、ソルくんのお父さまの事は嫌いでは無いですよ?」
ソルくんのお父さん、わたしと異端審問官との決闘の責任を取らされて、王国とは反対側の国境警備に左遷されてしまったそうだ。
元より法王直属騎士の家系だったソルくんの家。
家名に傷がついたと大騒ぎ。
汚名返上と、まだ成人前ながら優秀だったソルくんが天空騎士団に入り、わたしの警護役になった訳だ。
……まだ幼いソルくんが天空騎士に採用された理由。どうやら彼がまだ成長途上で小柄だったのが理由の一つらしいの。更に風魔法の才能もあったのは、プラス要素ね
「俺が天空騎士団に入れたのは、まだ身体が小さかったから。空を飛ぶ天馬には重装甲な騎士を乗せられないからな」
「納得ですの。ソルくんの鎧も表面こそ金属装甲でしたが薄かったですし、下地は全部布鎧でしたわね」
……他の天空騎士の方々も全員やせ型だものね。空を飛ぶのに重いのは無理だわ。
元より騎乗兵は軽い方が有利。
馬がいくら力強くても、背中の『荷』が重ければ機動性に問題が発生。
最悪の場合、重量負担により脚部骨折から馬が『廃用』となりかねない。
なお、重騎士用の軍馬は前世でいう「ばんえい」競馬につかうような重種馬が多く、馬にすら重装甲をまとえる。
その代わり速度にはやや欠けるのは、しょうがないだろう。
「アミータ姫。貴女と話していたら面白いのだが、俺は調子がどんどん狂う。これまで教えてもらっていた常識がどんどん壊れてしまうんだ。その上、ゴブリンの姫が、ああも愛らしく優しいなど……」
「今はゆっくり身体を治す事を優先。時間がある間に色々と考えてみる事ですの。足らない知識は、いくらでもわたくしが供給しますわ。世界は広いですわよ。若いうちから一国のこれまた一宗教の考えに固執するのは、もったいないですの。もちろん、わたくしの教えがすべて正しい事でも無いですわ」
ソルくん、少し元気になると暇を持て余してわたしに色々と話しかけてくる。
わたしも可愛い年下男の子と話すのは楽しいので、色々とこれまでの事や簡単な知識を惜しげなく話す。
……間違っても浮気じゃないもん! ティオさま公認だし、あまりにソルくんが弱々過ぎて、恋愛感情じゃなく母性本能からの保護欲を感じちゃうの。
そんなソルくんではあるが、法王国でこれまで習ってきたことと、わたしの話す内容が大きく違うのに困惑をする場面が多い。
こと、リナちゃんの存在はかなり衝撃的だったようだ。
「あら、今日は大分お元気そうで良かったですわ、ソルさま」
「り、リナ姫。わ、わざわざの見舞い、感謝致します」
すっかり赤い顔のソルくん、急いでベットから身体を起こす。
可憐なリナちゃんから声を掛けてもらい、視線を彼女に向ける事すら難しい様子だ。
……ふーんだ。ソルくん、あれだけ親密に看病してあげたのに、わたしには女を感じないのね。わたし、リナちゃんに女としても負けた気分なの。ぐすん。
「ゴブリンなわたくしに、過敏な礼は必要無いですわ。わたくしがワガママにもソルさまのお顔を見たかっただけ。無理をなさって起きる必要もありません。今はごゆっくりご養生なさってくださいませ」
「は、はい。ありがたき所存ではあります」
……あらあら。すっかり恋に恋する男の子なの。可愛いよねぇ。
「そういえば気になっていたのですが、わたくしに対し異端審問を成された方々はどうなったのでしょうか? いかな無礼なことはあったとはいえ、その原因は派遣をなされた法王猊下にもあります。左遷以上の罰を受けていては可哀そうですの」
リナちゃんが自室に帰った後。
ちょうどいい機会だったので、わたしは情報収集として異端審問官らの現状をソルくんに聞いてみた。
彼らが、わたし個人に対し恨みを持つのはしょうがない。
だが、聖都でいきなり襲ってこられても困る。
今後の為に、彼らが聖都にいるかどうかくらいは、知っておきたい。
「父の事は既にお話した通りです。他の方々については俺も詳しくは知りません。ただ、地方に左遷された方が多いとは父から聞きました」
「そうですか。わたくしやわたくしの民を襲った事は許せませんが、法王猊下の誤った命令。わたくしの討伐失敗責任をソルくんのお父さまたちが取らされるのは違うと思います。今度、猊下にお会いしたときはソルくんのお父さま他、皆さまの減刑をお願いしてみますわ」
「え!? 父を許してくださるだけでなく、減刑まで歎願してくださるのですか!? あ、ありがとうございます、アミータ姫さま」
父親や父の同僚が不幸になった事を悲しそうな顔で語るソルくん。
わたしは、ついソルくんが愛おしく可愛そうになったので、異端審問官らの減刑を歎願してみることにした。
……個人からの恨みを減らすためだから、只の思い付きじゃないもん! べ、別にソルくんに同情したんじゃないわよぉぉ!
「はぁ。アミちゃん姫さま、誰も相談なしで重要な決め事はなさらぬようにと毎度申しておりますでしょ? 確かにソルさまの身の上は可哀そうに思いますが、簡単に他国の賞罰に口を突っ込むのは内政干渉ですよ? はぁ、これだから姫さまの配下は毎度頭を抱えるんです」
「あ、え、えっとぉぉ。ごめんなさい、ヨハナちゃん」
軽率な失言をした、と替えのタオルを持ってきてくれたヨハナちゃんから叱責が飛び、わたしは急いで彼女に謝った。
確かに言われてみれば、内政干渉でしかないのだ。
……これじゃ法王の事を自分勝手な内政干渉だって言えないじゃないかしらぁ。
「ヨハナどの、あまりアミータ姫を虐めないでください。俺の為にわざわざ動いてくれた姫には感謝しているんです。もちろん父の減刑は簡単ではないと思っていますが……」
「と、ソルさまからも姫さまを庇うお言葉が聞けましたので、お小言は簡潔にしますね。ほんと、アミちゃん姫さまは色んな人の運命をご自分一人で抱え込み過ぎですよ。それが美点なのはアタシも充分分かっていますし、そんなアミちゃんが大好きなんですけどね。でも、それとこれは違いますよ!?」
その後、わたしはソルくんのベットの横でコンコンとヨハナちゃんから叱責を受けたのだった。
まる。
……ソルくん、巻き込んでごめんねぇぇえ!




