第14話:ダム・ガール、家を出る決心をする。
自宅軟禁が始まってから十日ほど過ぎたころ。
ヴァデリア領にあるアヴェーナ伯爵家本宅に一通の封書が届いた。
それには竜とマスケット銃であしらわれた紋章が押されている封蝋が厳重になされており、ヴォルヴィリア公爵のサインでわたし宛と書かれてた。
「アミータ! これは一体どういうことなのかしら? 公爵閣下が貴方へ直に封書を送るなど無いはずですわ? それに先日の褒章なども絶対にあり得ませんの!」
「とおっしゃられましても……。お義母さま、現実に公爵閣下のサインと封蝋がございますけれど?」
すっかりお怒りの義母なのだが、わたしには何故にここまでお怒りなのかが、とんと理解できない。
「マリーア、今は落ち着こう。アミータ、お前と閣下の間に何があったのか、詳しく話してはくれないか? 私には事情が一向に分からぬのだ。第一、騎士爵を叙勲されてしまった事情が意味不明でしかない。エリーザには既に話を聞いてはいるが、話が全く繋がらない。本人に聞かねばと思ったから、今日の席を設けたのだ」
「はい、お父様。全てお話しいたしますわ。切っ掛けは、王家主催の舞踏会に赴いた事に始まります」
……まあ、わたし自身も後半からの流れが理解不能なんだけどね。
公務より久方ぶりに帰宅した父、ピエール。
わたしのやらかし&褒章&公爵閣下からの手紙の話をお義母さまから聞いて、すっかりパニック状態。
今日は執務室に、わたし、義母が呼ばれて、聴取を受けている。
わたしの側仕えメイドのヨハナ、お義母さまの青年男性執事、そしてお父さまの護衛と側仕えを兼ねたお爺ちゃん執事を除いて、完全密室での聴取となっている。
……ダメ押しに先日、王家から災害対策に貢献したからってわたし個人あてに騎士爵褒章が送られちゃったの。おかげでお義母さまはカンカンね。女だでらに女騎士なんかに任命されたなんてって。ヨハナちゃん、また巻き込んでゴメンね。
「……となりまして、ヴォルヴィリア公爵閣下。イグナティオさまと共に洪水を治めましたの」
「まず最初からが分からん。マリーア、舞踏会の招待人数をどうして行く前に確認しなかったのだ? そしていきなり公爵閣下がアミータに声を掛けた経緯が理解できん」
わたしは一旦ヨハナちゃんに視線で謝った後、きちんと最初から事態を父に説明する。
舞踏会への招待状にわたしの名前が無かった事を話すと、父は義母の顔を一瞬信じられないという顔をして見ていた。
「ピエールさま。わたくし、別にアミータをイジメるつもりで会場入りするまで話さなかった訳でなく、よ、予約ミスをしていたのを、その場にて向こう側へ話して取り直してもらうつもりで……」
「マリーア、その話はまた後にしよう。今はアミータの処遇を決める事が大事だ。しかし……。どうやったら、こんな事になるのだ?」
義母は、今更ながらお父さまに対しイジワルの言い訳をするのが、実に情けない。
しどろもどろになって嘘をついているのが父にも丸わかりであるのだが、わたしも突っ込む気になれない。
行き遅れで後妻に入った彼女は、彼女なりに「自分で思う高貴な」伯爵家婦人を演じようとしている。
その「善悪」が、「前世」の日本を知るわたしと一致しないだけだ。
……こうやって適当にあしらっているのも、お義母さまには気に食わないのかもね。でも、わたしは恨みを抱え込んで『悪役令嬢』への道は歩みたくないの。
「正直、当事者のわたくしにも不明ですの。女騎士爵については、王都の洪水を治めるのに協力し数千単位の人々を救ったのは事実ですので、まあ納得はします。いきなり女男爵などと言われなかったのは、まだ未成年であることに感謝ですわ」
「……。昔からお前は理解不能な事をしていた。過去に我が領地での洪水を納めた実績があるから、今回の件も納得は出来ないが理解はしよう」
……ヨハナちゃん、こんな場でドヤ顔は止めて欲しいよぉ。そりゃ、貴方を洪水から助けたのは事実だけど。
わたしも、どうしてここまでの事態になったのか分かっていない部分があり、王家から褒章まで受けたのは驚きだ。
……イグナティオさまの封書には、わたしが成年を迎えていた場合はいきなり女男爵にさせていたって話が書いてあって、驚いたの。陛下はどこまでわたしを買ってくれたんだろうねぇ。
「ピエールさま! 仮にも伯爵家、水魔法の大家たる我がアヴェーナ家の娘が土いじりで褒められるなど、あってはならない恥ずべき事でございましょう!?」
「……落ち着け、マリーア。王家から褒章を受ける事自体は吉事以外の何物でもない。どの様な行動であろうも、王家が褒章に値すると認めたのだからな」
「古典的」貴族の考え方で凝り固まっている義母からすれば、女性は男性の一歩後に控えて、跡継ぎを産めば良いとでも思っているに違いない。
女が男に先んじて動くこと自体が認められないのだろう。
……お義母さま自身、男の子の世継ぎを産めなかったのもあるんだろうね。というか、伯爵家ってお母様の実家だから、本来はわたしが後継者。お父様は入り婿だし。正直、研究とかして気楽に生きられるのなら、家督なんてどうでもいいけど。
「で、ですが、女がでしゃばるなどはしたのうございましょう? その上、公爵閣下はまだ十二歳と伺っております。世間では、アミータが色仕掛けで公爵閣下をたらし込んだとも言われていますのよ?」
……お義母さま、そんな噂を何処から聞いたんだろう? 領地内にまで、もう話が広まっているのかしら?
「それは言い過ぎではないか、マリーア。話を各方面から聞くに声を掛けてきたのは公爵閣下からという事。それに我が娘ながらアミータに色仕掛けが出来るとも思えん。この残念『泥かぶり姫』に出来るのなら、世の中の女性はもっと楽に玉の輿に乗っていると……。あ! すまん、アミータ。お前は充分可愛い……」
「お父さま。おっしゃる通りなので別にわたくしは気にしませんの。わたくし自身に女性的な魅力が足りているとも思っておりませんから」
……お父さまにも残念って思われているのは困ったわ。もう少し令嬢らしい事をやっていたら良かったのかもしれないの。
父からも酷い事を言われた気はするが、義母の言いがかりを否定する流れなので、これ以上追及するのは止めておく。
だが話が平行線状態なので、ここはひとつ打開策を打つべきだろう。
「お父さま。もうここまでこじれてしまっては、わたくしとお義母さまは距離を置いた方がいいかと思いますの。幸い、公爵閣下、イグナティオさまの封書の内容は領地へのお誘いです。しばし家を出て、公爵閣下の元へわたくし、参りますわ」
わたしは深呼吸をした後、家を出る発言をした。
これ以上、義母と関係がこじれたら嫌でも「悪役令嬢」ルートが発動しかねないと思ったからだ。
……お義母さまと殺し合いなんてのも勘弁。正直、彼女とは無関係になりたいよ。好意の反対は無関心というのも納得だわ。