第11話:ダム・ガール、前世(かこ)を語る。
「その女性は、父親の話を聞くのがとても大好きでした。父は大きな建物を作るのが仕事。天に昇る様な高い塔、大量の飲み水を貯めるダム、沢山の人や物を運べる大きな橋。様々な物を生み出す工場プラント。父は娘に、自分が作った物がどう人々の役に立つかをよく話していました」
わたしは「前世」の父の話をする。
……お父ちゃん、お母ちゃん。最大の親不孝、親よりも早く死んじゃってごめんね。といいつつ、今世も危ない橋を渡ってはいるんだけど。バカは死んでも治らないのはホントだわ。
「そして娘は思いました。いつか、父の様に大きな建物を作って、人々を笑顔にするんだって」
「ステキなお話ですね。人々の笑顔を守る建物。例えば今日お姉さんが作った堤防もそんな役目ですし」
わたしの昔話に対し、笑顔で感想を述べてくれているイグナティオさま。
その口調からして、過去話がわたしに繋がるのを確信した様だ。
「そうですね。さて、その女性ですが父親の跡を継ぐべく、建物を作る学問を学び、こちらでいうところの魔法協会の錬金術部門を優秀な成績で卒業しました。まあ、女の子で土木工学を学ぶ人は珍しかったんですけどね」
……わたしの専門はダムに関する学問、水資源工学。修士まで勉強して技術師補の資格まで取得したの。まあ、珍しがられちゃったのよねぇ。
わたしは、皆の顔を見ながら話を続ける。
「そして女性は大手の総合建設会社、ゼネコンに入社しました。言ってみれば国の重要建築物を作る組織ですね」
「……なんとなく、話が繋がってきました。ファフ、貴方の眼でお姉さんの話に矛盾は感じられるかな?」
「いえ。なるほど、アミータさまの魂が少々奇異だった事も納得です。その様なことがあるのですね」
「え? え? アミちゃん、それって昔からお話している『夢の世界』の事だよね?」
イグナティオさま、そしてファフさんはわたしの話の「意味」を理解している様だが、幼い頃から話していたヨハナちゃんが逆に混乱気味だ。
「ええ。もう行くことも、帰る事も出来ない『夢の世界』のお話ですわ。では、続けます。女性は男どもに負けてたまるか、自分でも大きな建物を作るんだって頑張りました。そして数年後に巨大プロジェクト、巨大な『ダム』、ため池を作るメンバーに選ばれたのです」
「そこで、めでたしめでたしにならかったのかな? お姉さんの顔色を見ると」
……イグナティオさま、可愛い顔が憂いを帯びるのは実に良いわぁ。あ! 今、脳内ピンク色になっている時間じゃないの。
わたしは、一瞬イグナティオさまの顔に見惚れていたのに気が付く。
「……はい、そうです。何処の世界でも妬みや差別は発生します。こと、女性が上に立つ事を嫌う者たちの嫌がらせを幾度も受けました。その頃の彼女は、ただただ上昇志向に汚染され、作った建築物で自分が偉いと思い込んでいたのでしょう。人々の笑顔を忘れていた、それが失敗の元です。また、結婚まで考えていた男性同僚もいたんですが……」
「アミちゃん、まさか、男の人に裏切られちゃったの、その子!?」
意外な事にヨハナちゃんが、わたしに向かって身体を乗り出して泣きそうな顔をする。
難しい話は分からないかもしれないが、男女の事は年頃の娘として気になる事だろう。
「ええ。そうなの、ヨハナちゃん。彼は親し気に近づき、彼女と深く情を交わして、更に上司に取り入って同じプロジェクトのリーダーになりました。しかし、プロジェクトが最終局面、資金調達の段階になった時に彼は女性を裏切り、資本を出してくれた銀行。こちらでいうところのお金貸しかな、そこの頭取、一番偉い人の娘と婚約しました」
……アイツ、美味しいところだけわたしを吸って、最後に裏切ったの。わたしの『初めて』まで奪った上に……。
わたしはもう顔も思い出せない、いや思い出したくもない男の事を皆に話した。
「酷い話ですね。その後、彼女は?」
「傷心のあまり自ら命を絶つことすら考えた彼女ですが、両親の説得で会社を辞め実家に戻りました。そして父の仕事を手伝ううちに、再び初心に戻り巨大建築物を作りたい、今度こそ人々の笑顔をみたいと思うようになったんです。恨んでいても自分が傷つくだけですから」
「可哀そうな、でも優しい女の子なのね……。やっぱりアミちゃんだ」
涙を流して、わたしの手を握ってくれるヨハナちゃん。
彼女も話の女性が「わたし」であることに気が付いた様だ。
わたしも、笑みをヨハナちゃんに返す。
「その後、彼女は海外。自分が住む国よりも貧しい国へ援助する団体の手伝いをする事になりました。笑顔を世界に広げたいと思ったからです。その国で彼女はもう一度プロジェクト。巨大なダム建設に挑みました。その国は互い違いに起きる水不足と洪水に困っていましたので」
わたしは、彼女の最後を語る。
「最初は上手くいっていましたが、現地の反対派。異国の文化を取り入れる事を嫌う保守派の人々の反対に合いました。またダムの底に沈む村の方々からも反発を受けたのは、今になればもう少し説明を上手くすべきだったと思う次第です」
「もしや?」
「はい、そのダム建設現場でテロ。反対派からの襲撃がありました。彼女は懐いていた現地の子供たち。勉強を教えていたのが保守派には気に入らなかったのでしょう。その子供たちを庇い、女性は銃弾の雨を受けました……。後はお察しの通りです」
わたしは、バカだった女性、「前世」の自分について全て語った。