第10話:ダム・ガール、秘密を打ち明ける。
「お姉さん、眠いなら横になってもいいですよ」
「いえ、イグナティオさま。わたくしが寝てしまいますと<石壁>が消える可能性があります。水位が下がったうえで堤防が修復できるまでは、意識を手放す訳にもいきません」
わたしは今、現場指揮所の天幕の下。
出来る事が既に無いので、イグナティオさまと共に仮設の椅子に座り待機をしている。
しばらくは大丈夫だとは思うが、まだ川の水位が高い以上はわたしが作った石壁が消える危険性を冒す訳にはいかない。
「はぁ、着替えが出来て良かったですわ。雨に濡れたままでは風邪をひきますし」
金属バケツの中に薪を入れて燃やしてくれていて、照明と暖房を兼ねてくれている。
わたしは手を炎に向け、冷えた指先を温める。
……イグナティオさまは、時折兵士さんたちから報告を受けては、ファフさん経由で城の陛下に連絡をしているの。
「アミータ姫さま、暖かいお茶をどうぞ。生姜にハチミツ入りで体が温まると同時に目覚ましになります。イグナティオさま、ファフさまもどうぞ」
「ありがとう、ヨハナ。イグナティオさま、先にわたくしが飲んで毒味を致しますわ」
「いえ、アミータお姉さんの従者さんなら信用できますから」
「ええ。こんな現場にまでアミータさまやイグナティオさま、更に私の着替えまで持ってきてくださって助かります」
「いえいえ。このくらいは従者として当たり前の事です、えっへん」
ドヤ顔のヨハナちゃんに暖かいお茶を貰うわたしたち。
ずぶ濡れで体温が下がりつつあったところに、着替えを三人分持て来てくれた彼女に感謝である。
……えっへんは余分だと思うんだけど。
「ほぉ。温まりますね、お姉さん」
「このレシピ、わたくしがヨハナに伝授いたしましたのよ」
「これは実に良いものです。是非イグナティオさまの家でも採用いたしましょう」
……生姜とハチミツを入れた紅茶。よく「前世」のお母ちゃんが作ってくれたの。ごめんね、最大の親不孝をしちゃって。
「さて、落ち着いたことだし、周囲に余人もいない。今なら時間も十分だから、眠気覚ましに話を聞かせてくれないかな、アミータお姉さん。貴方の秘密を……」
……やっぱり、こう来たか。はぁ、しょうがないなぁ。
お茶を一口飲んだイグナティオさま。
わたしに向かって、笑顔のまま好奇心溢れる視線を向けてきた。
「……これ以上隠し事を『お友達』にするのもダメでしょうし、陛下への報告もある事でしょう。では、お話します。ただ、出来ればヨハナちゃんや伯爵家はこの件に巻き込まないでください。この子は無関係。最悪でもわたくしの首ひとつで済ませていただければ……」
わたしは自分の「悪女」な運命に巻き込みたくないから、ヨハナちゃんや実家は無関係と庇った。
「アミちゃん! こんな時にまでアタシを庇わないで! 貴女が助けてくれたから、今アタシは生きてるの。イグナティオさま、そしてファフさま! アミちゃんに手を出すなら王家だろうが竜だろうが、アタシ容赦しないの!!」
「ヨハナちゃん……」
だが、それはヨハナちゃんには気に食わなかった様だ。
茶器を先程まで置いてあったトレイを放り投げて、わたしの前に手を広げて立ちはだかり、涙目でイグナティオさまらからの視線から守るように動き叫んだ。
「……実に良き主従愛、いや友情だね。大丈夫ですよ、ヨハナお姉さん。ボクはね、ただアミータお姉さんの事を知りたいだけ。この先何を聞こうともお姉さんを罰する気も無いし、それどころかお姉さんをボクは欲しいんだ」
だが、イグナティオさまは笑顔を絶やさない。
ヨハナちゃんが許さないと広げた手を握り、微笑み返す。
「だから、ヨハナお姉さんの先程の言葉は聞かなかった事にするね。ファフもそれでいいかな?」
「御意。竜でも、少女の互いに思いあう美しい気持ちにケチは付けたくないですからね」
そして王家まで敵対すると言い放ったヨハナちゃんを苦笑しつつも許すとまで言って下された。
「ヨハナちゃん、怒ってくれてありがとね。わたし、ちゃんとイグナティオさまにお話するわ。ヨハナちゃんにも詳しい事は説明してなかったから、ちょうど良い機会だわ。イグナティオさま、ファフさん、感謝いたします」
「アミちゃん、アタシこそありがとう。公爵閣下。失礼な発言、申し訳ありませんでした」
わたしは椅子から立ち上がり、ヨハナちゃんを抱きしめて感謝の言葉を呟いた。
ヨハナちゃんも、わたしを抱きしめ返してくれた。
「……女の子同士のハグって実にいいものですねぇ。確か『百合』がどうのとか……」
「おほん、閣下。今は真面目にですぞ」
向こうでも主従が突っ込み合いをしているので、わたしはクスリと笑ってしまった。
「では、お話をします。長くなりますので、ヨハナちゃん。もう一度お茶をお願いします。そして給仕が終わったら横に座ってくださいね。ファフさんもお座りください」
「は、はいです。アミータ姫さま!」
◆ ◇ ◆ ◇
「では、皆さまにお話します。こことは違う世界に住んでいた、とあるバカな女性の一生を……」
ヨハナちゃんにお代わりのお茶を貰い、ファフさんに天幕全体へ風の防音結界を張ってもらった後。
わたしは、昔話を開始した。
「こことは違う世界、大陸から少し離れた弓状列島にある豊かな国の、平凡で小さな建築会社、建物を作る商売をしていたお店の長女として彼女は生まれました」
「……その女性がアミータお姉さんに関係すると?」
「はい。しばし、愚かな女の一生の話をお聞きくださいませ」
わたしは「前世」の事を語りだした。