偽物の恋
「あー、聖女を演じるのも疲れる。それもあのライナとかいう女が現れるからお父様もこんな事を考えるんだわ。もう迷惑よ!でもやるしかないわ。シエラ!脚をマッサージしてちょうだい」
ここはミディエラの為に用意された部屋。
貴族の令嬢らしからぬ振る舞いで靴をポイポイと投げ出してソファーに横たわる。
マッサージを命じられたシエラはミディエラ付きの侍女として男爵家の屋敷から同行してきた一人。
「はい、お嬢様!」
普段と違って元気良く答える。
「…シエラ、何か良い事でもあったのかしら?」
「いっ、いいえ!そのような事は…」
「そう」
本当はあった。
先ほど廊下を歩いていたら容姿端麗な美少年からプレゼントをもらったのだ。普段なら警戒して断る。主にも危害が及ぶかもしれないからだ。だが美形の誘惑に負けて受け取ってしまった。
赤いサラサラとした髪に金色の凛々しい瞳。さらには蜂蜜のような甘い声。制服からして騎士のようだった。
『そこのお嬢さん。もしかして聖女ミディエラ様の侍女かな?』
『はっ、はい!シエラと申します』
『どうりで。やはり美しい百合にはそれを引き立てる美しい花が飾られているんだね。だけど僕にとっては百合よりも君の方が魅力的に見えるよ。一目惚れ…というのかな?』
『美しいだなんて、そんな…』
照れるシエラ。
『そうだ。そんな美しい君に贈り物をしたいんだ。これを僕だと思って身に付けておいてほしい。何故なら君を他の者に取られたくないんだ。邪魔な虫除けになる。こんな僕は嫌いかい?』
『いいえっ!』
『良かった。僕も同じ物を持っている。君だと思って大事にするよ。愛しいシエラ』
『ありがとうございます、騎士様…』
きれいなペンダント。
こんな事をミディエラ様に知られたら嫉妬で何をされるか分からない。自分が一番だと思っているからだ。秘密の愛。何と甘美な響きだろう。夢見るシエラであった。
「これで良いのか?」
ぐったりとイスに座るフリネラ。
「バッチリです!」
恋愛小説を持って興奮する眼鏡っ娘ユーリ。
「めいえんぎ」
無表情でパチパチと拍手する度に大きな胸が揺れるヒュース。何だかそれを見ていると女としてモヤモヤする。今は男か。
性別が入れ替わった事を利用してミディエラの侍女に近付く事に成功した。良くあんなセリフが言えたものだ。思い出すだけで寒気がする。
主演フリネラ(男)
脚本ユーリ(女)
小道具ヒュース(女)
贈ったペンダントはヒュースによって改造された盗聴もできる魔法珠。なので先ほどの部屋での会話も筒抜けだ。それは良い結果なのだが。
「この体が元に戻るのが一ヶ月後とは…」
その為、訓練や任務には参加していない。
はっきり言うと私とユーリは謹慎中だ。
ヒュースはというとサボるのはいつもの事なので放っておかれている。完全に舐められている魔法院院長。まあ、テオールも似たようなものか。
若くして隊長になったテオール。
ろくでもない歳上の隊員や上層部連中から面白くないと思われているのは見え見えだった。
でもそれを黙らせる実力がある。
その事を分かっているキースは黙って副隊長を引き受けた。
私も経験があるから分かる。元帝国騎士団団長であり第1番隊隊長であった頃。
『女の言う事なんて聞いてられるか』、『女は黙って嫁にいけば良い』などと散々言われたものだ。嫌と言うほどに。当時は文句があるなら任命した陛下におっしゃったらどうだ、言えるものなら言ってみろと思っていた。そうして私に勝ってから言えと。
私の場合はご想像の通り、そんなヤツらは力で捻じ伏せてきた。それに一人として私に勝てた者はいない。結局、口だけか。
おっと、そんな事を考えている場合ではない。盗聴の続きをしなければ。言っておくがこれは犯罪ではない。国を護る大事な使命なのだ。
『調子はどうだ。私の可愛いミディエラよ』
『あら、お父様。いらっしゃっていたのですね』
どうやら父親のラデル男爵が来たようだ。
父親の前では良い娘を演じる。さすが聖女だと皆を騙しただけはある。
『皇帝陛下とはお会いしたんだろう?教えた通りにできたかい?』
『ええ、もちろん!皆、私を聖女だと認めているわ』
『高い金を払っただけはある。神官長の言う事なら信じるだろう。ああ、あの呪詛師は口封じの為に消したがな』
『お父様は掃除も完璧ね。でもこれでお父様のおっしゃった通り、私も聖女の地位を手に入れる事ができた。お父様は男爵から侯爵に。これでラデル家は安泰ですわね』
やっぱりユーリの予想した通りだった。
『それでね、お父様』
『何だい?ミディエラ』
『私、素敵な殿方を見つけたのよ!その方、まだ若いのに隊長なの。だから警護に付いてもらったわ。すごいでしょう?』
『彼氏のエディルはどうしたんだい?それに婚約者のオルスラだっているだろう?いくら可愛いミディエラのお願いでもこれ以上揉み消せないよ』
何て聖女様だ!
ただの男にだらしない女ではないか。それに対して嗜める事もしない男爵もとんでもないバカ親父だが。
『それに聖女様といえば清らかな存在だ。バレたらどうする?』
『大丈夫よ。だって護衛の方ですもの。部屋に連れ込んでも秘密にしていれば問題ないわ。それにその方、顔と力が取り柄ってだけで女性にはあまり慣れていなそうだったからすぐに私に落ちるわ。遊び相手にはぴったりね』
テオールをバカにしたな。許せん。
「この女、私が落とす。そして地獄にも落とす」
突然立ち上がってフリネラが宣言する。
「フリネラさん!?何を考えているんですか!」
驚いて声を上げるユーリ。
「どうやって?」
ヒュースが首を傾げる。
「二人に重要任務だ!まず、ユーリ!私に女性にモテるテクニックを教えてくれ。必殺技を訓練するんだ。それからヒュース!お前は惚れる薬の開発だ。ヤツに飲ませる」
「僕、モテた事なんてないですよ?」
「そこは小説の知識でカバーだ。要するに演技力の指導だ」
「わっ、分かりました」
フリネラの勢いに押されて頷く。
「ひさしぶりのくすりのかいはつ。わくわくするね。すぐにとりかかるよ」
実験バカにはどうやら魅力的な提案だったようだ。
「これであの偽物聖女の悪事を暴いてやる!テオールの仇も取るぞ!」
この中で最も気合いが入っているのはフリネラであった。そしてテオールは生きている。
城内ですれ違う女性達の目はある少年に釘付けになる。そう、フリネラだ。
あれからユーリとの特訓により、立ち振る舞いも完全な美少年となっていた。
「どなたかしら?あの方」
「あんな素敵な方、いらっしゃったかしら?」
あちらこちらからそんな声が聞こえてくる。試しにそちらに向かって微笑んでみる。
「今、目が合いましたわ!」
「ああっ!何て素敵なの」
赤く頬を染めて騒ぐ女性が続出。
これならあの偽物聖女も落とせるに違いない。
「着いた」
話によると聖女様達は朝のお祈りを神殿でしているらしい。
朝といってももう昼に近い時間だ。だらしない生活を送ってきたのだろう。ライナの方はもう済ませている。今、いるのはミディエラだけだ。
「ふぅ、こんな感じで良いのかしら」
誰が見ているか分からない。ちゃんと聖女を演じなければ周りに怪しまれてしまう。
すると入口で音がする。
「どなた?」
「おっと、聖女様でしたか。失礼致しました。お祈りの邪魔をしたようですね」
振り向くとそこにはキラキラと輝く美少年が立っていた。
「貴方は…」
「申し遅れました。私、ライニール・フォン・シェイドと申します」
「ライニール様…」
ミディエラの目はギラギラと輝いている。眩しいくらいに。第一印象はバッチリ。
もちろんライニール・フォン・シェイドは偽名だ。ユーリが考えてくれた。
「僕もお祈りに来たのですがまさかあの聖女様とお会いできるとは思いませんでした。噂の通り、お美しい…。これは美と愛の女神、メルジェラーナ様も嫉妬してしまう事でしょう」
「美しいだなんて…。私はミディエラ・フォン・ラデルと申します。宜しければ私の部屋でお茶でもいかがですか?美味しい紅茶を頂いたの。ここであったのもきっと神様のお導きでしょう。誰もいらっしゃらないから本を読む事しかなくて。お話相手になって下さると嬉しいわ」
ウソだろう。男遊びをするつもりだったのは分かっているんだぞ。
「宜しいのですか?僕のような者がお相手で」
「ええ。さあ、行きましょう」
「あの、失礼ですが警護の方は代わられたのでしょうか?」
一番正体がバレたら困る相手だったので用心していたが来てみると知らない者が外で待っていた。制服からして第1番隊だろう。
「ここ数日、謹慎中の部下達が見当たらないらしく捜索したいので警護から外してほしいと一生懸命お願いされたわ。もっとお話したかったのに。残念」
その部下とは私とユーリの事だ。すまん、テオール。特訓と薬の為にヒュースの部屋に寝泊まりしていた。
同時にその話を聞いて納得した。テオールがいないから代わりに私を誘ったのだ。どこまで男好きなんだ。この偽物聖女め。でもそのおかげでお茶に誘ってもらえた。
私もお祈りを捧げると部屋に案内された。
部屋には侍女が何人かいたがシエラの姿はなかった。
「侍女の方達も聖女であるミディエラ様にお仕えできて幸せでしょう」
それを聞いたミディエラは少し不機嫌になる。
「そうでもないのですよ。男性にプレゼントをもらったからと浮かれて真面目にお勤めをしない者がいたから辞めさせたわ。これです。今は私が預かっているの」
そう言ってペンダントを見せてくる。これはシエラに贈った物だ。ミディエラが持っていたとは。見つかって問い詰められた挙句、辞めさせられたのだろうか。この気位が高い女ならあり得る。私達にとっては好都合だがシエラには悪い事をしてしまった。せめてこのバカ親子達のような所ではなく良い主人がいる屋敷に迎えられてほしいと願う。
ミディエラは言っていた通り、最初はお茶をしながら話をしていたのだが侍女達に
「あなた達、少しの間外してちょうだい」
と声を掛ける。
侍女達は返事をすると部屋を出ていった。いなくなるとミディエラは私の隣に座ってきた。
お茶にはヒュース特製の惚れる薬を入れてある。ちゃんと色にも味にも注意をした。もしかして効いてきたのか?
「ねえ、ライニール様。聖女が恋をするなんていけない事かしら?」
私の手に自分の手を重ねる。
やめてくれ。
「そうですね…。本当でしたら聖女様は神に仕える聖なる乙女。恋をするという事は神に背くという事。罪かもしれませんね」
憂いた顔をする。
「でも聖女様も一人の女性。恋をするのも当然の事。神も神話では人間の愛を語ります。人間である事に大切なものだと」
お茶を飲みながらユーリの考えたセリフを言う。おかげでもうミディエラは恋する乙女の顔をしている。
「ですがこうして私が恋をする事も罪。禁断の愛なのですから。許されるはずがない」
「ライニール様、私の事を…」
カップを置き、そっとミディエラの頬を触る。
「ええ、どうやら私は罪を犯してしまったようです。それも重い罪を。目の前の百合の君に」
ここで特訓した必殺技の潤んだ瞳に微笑!
「ライニール様!」
ガバっと抱きついてくる。
私は見えないようにニヤリと笑う。
落ちた。




