二人の聖女
「それは誠か。神官長」
「はい。確かに」
ここは謁見の間。いるのは陛下と神官長。
「何十年、何百年と現れなかったというのに。何故、今…」
「過去の文献を調べましたがやはりこのような事例はございませんでした」
「聖女が現れた。しかも二人とは」
聖女は神に仕える聖なる力を持つ乙女の事である。
古い言い伝えでは昔、ある村が雨が降らず日照りが続き、作物の不作で飢饉に陥った事があった。それは隣の村も同じで僅かな食料も奪い合いになり争いに。日々、死者は増えていくばかりであった。
それを憂いた一人の少女が山の上にある五穀豊穣の神、ヴィシェーラの祠に自分の僅かな食料を捧げ祈り続けた。
通い続けたある日、少女は「もう供物がございません。代わりに私の命を捧げます」と言い、その場で祈りを捧げた状態で亡くなってしまう。
その願いが届いたのかどのくらい振りだろうか、雨が振り、村人達を救った。
「これは五穀豊穣の神様のおかげである。感謝を伝えよう」と村長達数人が祠に向かった。着くと祠の前で祈りを捧げたまま亡くなった少女の遺骸と腐った山のような供物を発見する。その姿を見て、この飢饉を救ったのは清らかなる少女の強い願いだったと気付き、皆で手厚く葬った。
人々はその少女を神に願いを届け、雨を降らす奇跡を起こした聖なる乙女「聖女様」と呼び、ヴィシェーラの祠の横に聖女の祠を作った。それを知った他の村人達は感謝の意を伝える為、大量の作物を供物とし少女が好きだった百合の花を植え、祈りを捧げた。
すると翌年、不思議な力を持った少女が現れた。ある日、病気を患った母親がいる貧しい家庭の少年が幼い弟や妹達の為、盗みを働こうとしていた。それを見ていた少女は少年を止め、事情を聞いた。少女は「昨日の夜、夢に百合を持った女の子が現れて今と同じ事を話したの。その子のお母さんを祈りで治してあげてって」と言う。半信半疑ながらその少女を家まで案内する。着くとそこには床に臥せる顔色の悪い母親がいた。少年が話し、少女が祈りを捧げるとそれまで動く事もままならなかった体が軽く動く。顔色もさっきまでと違い良くなった。何と病気が治ったのだ。これは聖女様のお力だと家族は大変感謝した。この話は街中に広まり、少女は聖女様として病気を治していった。それから毎年、不思議な力を持つ少女「聖女様」が現れるようになったという。ところがここ何十年、何百年と現れなくなった。それが今現れるという事は?この国に何が起こっている?
「隠しておくのは無理でございましょう」
「そうだな。とりあえず城に迎えよう。警護は第1番隊に任せる」
「かしこまりました。それとこれは魔法院院長からなのですが」
「襲撃の犯人が分かったのか?」
「いいえ。その襲撃の日から第3番隊魔法院に所属しているネイリン・フォン・ネイチェルが行方不明になっていると」
「実家に帰ったのではないのか?」
「実家には帰っていないそうです。家族も知らせを受け、捜索中だとか」
「ではその娘が犯人という事は?」
「院長によるとあのアヴォーグと結界は相当な力がないと使えないと。その娘が使うには難しいという事です」
「では犯人は違う者であろうな。ご苦労。引き続き調査を行うように伝えてくれ」
「はい。失礼致します」
バタン。
「…聞いたか?リン」
「はい」
どこからか男の声がする。
「不可解だ。もしかしたら関係があるかもしれない。今の件、調査せよ」
「はっ」
隠密部隊『刃隠れ』
陛下直属の暗殺部隊である。
その存在を知るのは代々の皇帝陛下と側近だけ。リンはその部隊のリーダーである。陛下ですら顔をまともに見た事がないのだ。もちろん名前もリンではない。分かるのは刃隠れを示す面と武器である。それには陛下直属であるという紋章が入っている。仲間もそれで分かるのだ。刃隠れは精鋭部隊だがリンはリーダーだけあって、ずば抜けて有能であり忠誠心も強い。陛下はそんなリンを一番に信用している。
「さて、孫の顔でも見に行こうかのう」
陛下も大概である。皇后陛下の事は言えない。
「聖女様が来る?」
昼の休憩時間。食堂でフリネラ、ユーリ、ヒュース、ミハエラが揃って食事をしていた。最近、このメンバーでいる事が多くなった。新人大会の後くらいからだろうか。
第1番隊のエースであり聖騎士に人並み外れたパワーを持つ聖騎士、敵は徹底的に叩きのめす恨みを買いたくない騎士と未知数の力を持つであろう呪術実験バカ。この四人に他の者は簡単には近付けない。遠くから見ているだけ。中には目も会わせない者もいる。
「第1番隊で護衛する事になったんだ」
ミハエラが自慢気に話す。
「どんな方なんでしょうね?」
ユーリが言う。
「話によると聖女様は何と二人いらっしゃるそうだ」
「二人!?」
驚くフリネラとユーリ。
「聖女のちからをみてみたい」
ヒュースの関心はそこしかない。
「そろそろ城にいらっしゃる時間だ。それでは僕はお出迎えの役目があるから失礼するよ」
ミハエラは自慢するだけして戻っていった。
「なあ、こっそりと見に行ってみないか?」
フリネラが提案する。
「隊長もお出迎えに出るかもしれませんがもし副隊長に見つかったらどうするんですか?」
副隊長のキースは隊長のテオールよりも厳しい。それもどうかと思うが見つかったらどうなるか…。
「だいじょうぶ。ぼくにまかせて」
自信満々に(見える)親指を立てるヒュース。ヒュースの自信は嫌な予感しかない。
「これを飲むのか?」
「何か色が虹色なんですが…」
渡されたのは変な色をした飲み物だった。
「これを飲めば本当に姿が見えなくなるのか?」
「うん」
怪しさしかない。
「よし!ここで飲まないのは女ではない!」
「フリネラさん。それは男が言うセリフですよ」
「細かい事は気にするな!」
一気に飲む。ユーリも決心したようで飲んだ。
「…甘酸っぱい味がする。美味いな」
「本当ですね」
何故、いつもヒュースの作る飲み物は色は変なのに味は美味しいのだろう?不思議だ。
「かがみ、みて」
言われて近くにあった鏡を見ると本当に消えている。ただ、お互いの姿はちゃんと認識できるようだ。
「すごいな!」
「僕達、本当に見えてませんよ!」
鏡を見て驚く二人。
「じゃあぼくも」
ヒュース自身も何の躊躇いもなく飲む。
これで堂々と見に行ける。
「さあ、行くぞ!」
フリネラの掛け声で謁見の間に向かった。
広間に着くと、ちょうど挨拶するところに来たようだ。ここまではフェリージェ時代に教えられた隠し通路を使ってきた(本当は教えてはいけない)
「突然の呼び出しに良く来てくれた。聖女達よ」
そこには二人の女性が並んで頭を下げていた。
「陛下のお呼びとあらば」
「とんでもございません」
一人は豪華なドレス。もう一人は質素なドレス、というより精一杯のおしゃれか。
「陛下にご挨拶を」
側近が二人に声を掛ける。一人が顔を上げ
「初めまして、皇帝陛下。私、ミディエラ・フォン・ラデルと申します。ラデル男爵家の次女でございます。こうして陛下にお会いできて、とても嬉しく思います」
巻いた金髪に赤い瞳。美人だ。着けている宝石はどれも高そうに見える。
「お初にお目にかかります皇帝陛下。私はライナ・オルドと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
もう一人は長い白髪に青い瞳。こちらも美人だがミディエラのような派手さはない。装飾品はネックレスくらい。平民なのだろうか。このような場所は初めてなのだろう。畏縮しているように見える。
「では早速なのだがここで聖女の力を見せてはくれないだろうか?」
陛下が二人に向かって言う。
「承知致しました」
「はい」
そこで神官長が二つの枯れた百合を用意する。
「百合は聖女様を象徴する花。この百合を甦らせて下さい」
『わざと魔法でかれさせたみたい』
ヒュースがこっそりと言う。
「では、私から」
とミディエラがスッと前に出て枯れた百合に両手を向ける。すると百合はフワフワとした光に纏われ元の元気な百合に戻った。
「おおっ…!」
その力に驚く一同。
「当然ですわ」
ホホホと笑うミディエラ。
「次は私が…」
おずおずと前に出て、両手を握り目を閉じるライナ。
少しするとライナの体の周りが光り始め、百合は徐々に瑞々しい百合に戻った。
「見事だ…」
その反応にホッとしているライナ。
「どちらも本物か?」
「そのようでございます」
陛下の問いに神官長が答える。
『あの神官長、ぼけてる』
ヒュースが呟く。
『どういう事だ?』
コソコソと聞くフリネラ。
『あれ、聖女のちからじゃない。魔法』
『魔法だと!?』
『どちらもですか?』
ユーリも驚いて聞く。
『あの派手派手女』
派手派手…。ミディエラの事か。
『という事は我々は騙されているのか!』
『やりかたがこうみょうだからたぶんほとんどのひとはきづかない。ぼく、魔眼だからわかる。たぶんかねでつよい呪詛師でもやとった。へんそうでもして神官長にちかづいたんだとおもう』
『なるほど。でもどうしましょう。このままだと聖女の力を利用して、ラデル男爵家に国が乗っ取られる可能性がありますよ。恐らくミディエラさんは聖女としての地位と名誉が目的でしょうか』
さすがはユーリだ。そこまで読んでいたとは。
『そうなるとウソだという確かな証拠がないと。聖女を使った偽物として捕まえるべきだ』
意気込みフリネラ。
三人で話している間に聖女側も話が進んでいた。
「今日はもう遅い。詳しい事は明日また話そう。城内に部屋を用意させた。そこを使うと良い」
「陛下のお心遣いに感謝致します」
「ありがとうございます」
それぞれ感謝の意を伝える。
「警護は第1番隊に任せる。隊長…」
神官長か言いかけたときだった。ミディエラが話に割り込む。
「はーいっ!私、この方にお願いしたいですわ」
と言って腕を掴んだのは何とテオールだった。
『テ、テオール!?むぐっ…』
『フリネラさん静かに』
ユーリに両手で口を塞がれる。
危なく大きな声を上げるところだった。
確かにテオールは背も高く、鍛え上げた肉体に目は切れ長で眉は凛々しく男前だ。それに若い。前に告白されているところを何度か見ている。反対に第1番隊隊長は紳士的な叔父様といった感じだ。ミディエラは第1番隊隊長が警護をするのだと思ったのだろう。だがテオールの方を気に入り指定した。
「そのような勝手な事はいくら聖女様とはいえ…」
焦る神官長。これは皇帝陛下に意見しているようなものだ。
『あの女、何て無礼な…』
フリネラが掴んだ壁をミシミシといわせる。
「…好きにするが良い。ミハエラ」
「はっ!」
「お前にはライナの警護を任せる」
「承知致しました」
寛大な陛下で良かったな。命拾いしたんだぞ、この派手派手女。心の中でフリネラは思った。元帝国騎士団団長兼第1番隊隊長の忠誠心は厚い。
そんな中、ライナは申し訳なさそうにミハエラに挨拶する。
「ライナ・オルドです。私なんかの為にお手を煩わせてすみません」
「いいえ。聖女様であるライナ様を危険に晒す事はできません。このように心が清らかで美しい女性をお護りできて僕にとってはとても喜ばしい事です」
膝をつき、ライナの手の甲にキスをする。
そして必殺の笑顔。
ライナは遠くからでも分かるくらい頬を赤く染める。
ミハエラも顔は整っている。美形だ。そんな男性にこんな事をされたら誰だってそうなるだろう。私は全く興味はないが。寧ろ殴り返す。
こうして皇帝陛下と聖女の謁見はおわった。
翌日、訓練をサボった事が副隊長のキースにバレて2時間ほど説教をされた。何故かヒュースも隣に並んで座っている。
何故バレたか?
それはヒュースの消える飲み物の副作用で性別が入れ替わってしまい、その事について問い詰められたからだ。わざと副作用の事は説明しなかったのだろう。ヒュースにとっては面白い実験品だからだ。今回はヒュースも同じ目にあっているのでギリギリ許そう。元はといえば私から見に行く事を提案したのだから。ただし、今度そんな事をしてきたら新鮮なトマトジュースを口直しに用意してあげよう。愛情をたっぷり込めて握り潰すんだ。楽しみが増えた。
「聖女編」スタートです。ミディエラの企みにライナの運命は!?そしてフリネラ達はどう立ち向かうのか。お楽しみに!




