ヒュースという男
ヒュース・フォン・バルロット。
魔法四大貴族の一つ、バルロット家の次男として誕生。
バルロット家は土属性魔法の祖を持つ一族。いわば本家だ。他の火・水・風の属性の祖を持つ一族と合わせて「魔法四大貴族」と呼ばれている。その家系に生まれた子供は5 歳になると精霊と契約する。認められれば精霊からの加護・祝福が与えられるのだ。
しかしヒュースは違った。生まれたときから。
バルロット家の子供は代々、ブラウンの髪色に黒い瞳で生まれてくるのだがヒュースは漆黒の髪色に黄緑色の瞳。その姿に産んだ母親はショックで床に臥せり、父親は母親の不倫を疑った。だが、こんな色の組み合わせは世界でただ一つだけ。魔王ルシウスの色。誰もが恐れる存在である。屋敷の皆は不気味に思い、裏でこう呼んだのだ。
「魔王ルシウスの落とし子」と。
そんな弟を不憫に思った兄ジルドは、外で虫や動物を捕まえてはヒュースに見せた。最初はただ眺めているだけだったが、だんだん中身がどうなっているのか知りたくなってきた。それから残虐な面を覗かせるようになる。動物達をバラバラに解剖し始めたのだ。さらに別々の生物と結合して新たな生物を作り出し、調べては飽きたら捨てる。それを見つけたジルドは恐れ、弟と関わるのを辞めた。もちろん父親・屋敷の者も恐れ近づこうとしなかった。
問題はそれだけではなかった。
ヒュース、5歳の誕生日。
精霊との契約の日を迎える。
契約の儀には父親と6歳上の兄ジルド、立会人として第3番隊隊長・魔法院院長のシスカ・フォーレン、そこに神官長フェンネル・フォン・メイザーまで呼んだのだ。何が起こるか分からない。そう思った父親は神殿に赴き、自ら神官長にお願いしたのだ。
契約の儀が始まる。
「だいちのせいれいおう・モルディアナよ。わがよびごえにこたえたまえ」
ヒュースが言うと森がざわめき始める。
すると地面が盛り上がり、大量の蔓と共に中から人が現れた。褐色の肌に緑色の瞳と金髪の長身美女。大地の精霊王モルディアナだ。
『お前が呼んだのか?人の子』
モルディアナの問いに頷くヒュース。
『…』
そのまま見つめ合う。
「ど、どうなされたのですか?モルディアナ様」
契約が始まらない事に焦った父親が聞く。
『この童、呪い子ぞ』
「何!?」
「呪い子だと?」
驚くシスカとフェンネル。
『母親の腹の中にいた頃から呪いを掛けられていたのだろう』
「だ、誰がそんな事を…」
狼狽える父親。
モルディアナがヒュースの額に指で触れる。
『…赤茶色の長い髪に黒い瞳。口元にはホクロが二つある。その女だ。相当お前の母親を憎んでいるようだな』
「もしかしてマーシェ!?」
確かに口元にはホクロが二つあり特徴的だった為、よく覚えている。
マーシェとはヒュースの母親の妹である。屋敷で孤立しているヒュースを母親に代わり、面倒を見ていてくれている優しい女性だと思っていたのに。何故?
「今すぐマーシェを連れてこい」
父親が使用人に指示をする。
マーシェが連れてこられると、皆で先ほど精霊王に言われた事を問い詰めた。すると
「姉さんが悪いのよ!私の方がずっと好きだったのに!姉さんが奪ったんだ!」と叫んだ。
実はヒュースの兄ジルドは先妻の子でヒュースの母親は後妻だった。先妻は病で早くに亡くなり、ジルドだけではバルロット家の力が衰退してしまうのではないかと危惧した先代。そこで紹介されたのが後の母親とマーシェの姉妹。マーシェは父親を見るなり一目惚れ。積極的にアピールしたが選ばれたのは姉の方だった。意気消沈していたところに「子供ができた」との報告が。自分達ばかり幸せに…。これによりマーシェの心には憎しみの炎が燃えた。自分を選ばなかった彼と姉に復讐しようと決意する。
彼女はそれから一ヶ月、魔王ルシウスが降臨したという遺跡に毎日供物を捧げ、あの二人を地獄に落としたいと願い続けた。
その願いが届いたのか次の日の夜、マーシェの夢に「魔王ルシウスの遣い」と名乗る男が現れる。その男の話によると魔王は「この世に愛など必要ない。憎しみの炎こそ美しいのだ」と言い、マーシェに自身の角の欠片を授けよと命令したそうだ。不思議な夢だ。そう思いながら目を覚ますと手の中に欠片があった。
それからマーシェは「姉さんが心配だから世話は私がする」と言ってバルロット家に入り込み、「魔王ルシウスの角の欠片」を少しずつ食事やお茶に混ぜて飲ませた。そう、たっぷりと呪いを込めて。そうして生まれたのがヒュースだ。
「ハハハハッ!あのときの二人の顔。最高だったわ。最初は姉さんを殺して傷心している彼を私のものにしようと思ったけどそれ以上だったわ。悪魔の子とは。まさに生き地獄!」狂ったように笑うマーシェ。
「では何故、ヒュースの世話までした?」
父親が聞く。
「貴方の子だからよ。そうでなければこんな笑いも騒ぎもしない不気味な子、触れたくもないわ」冷たい眼差しで吐き捨てる。
『これでは加護は与えられるが祝福はできない』モルディアナは呆れたように言う。
誰からも純粋な愛情をもらえない。ここで初めてヒュースの負の心が動いた。
「みんな、きらい」
地面から次々と巨大な泥人形が現れ、暴れ始める。
『我が分身よ。思いのままに動くのだ』
頭に声が響く。
その声と共に睡っていた闇の力が解放される。
「ぜんぶこわれちゃえ」
辺りを滅茶苦茶にしていく。
『止まれ、土の精よ』
モルディアナが蔓で泥人形を抑える。
シスカは防御魔法を展開。
フェンネルは他に被害が及ばないように、敷地一帯に結界を張る。
父親はジルドを避難させた。
ゴボッゴボッ。
土が大きく盛り上がる。
また泥人形か?と誰もが思った。
だが、この禍々しい雰囲気は一体?
出てきたのは巨大な蜘蛛・黒土蜘蛛。元は土の精霊王モルディアナの眷属だったが、血の味を覚え人を襲うようになり、闇に堕ちた。
『闇の力に惹かれて久しぶりに出てきたがお前か』
「ぼく?」
『ああ、お前からはルシウス様の力を感じる。面白い魂だ』
「おもしろい?じゃあぼくと、ともだちになってくれる?」
『友達…?契約の事か。良かろう』
『待て!ギルディウス』
モルディアナが止める。
『こちらもお久しぶりですな、王よ。ああ、元王でしたか』
バカにしたような笑いをする。
『止めても無駄ですぞ。見たところこの童は呪い子。ルシウス様の祝福を受けている。元々呪いの素質もあるようだ。それに今、私と契約すればこの騒ぎも収まりましょう』
「ダメだ、ヒュース!」
父親が叫ぶ。
しかし声は届かなかった。
「我が名はヒュース・フォン・バルロット。黒土蜘蛛・ギルディウスと契約をする。代償はこの体。闇に捧げる」
『良かろう。契約成立だ』
その声と共にヒュースの頬に蜘蛛の巣のような模様が浮かび上がる。契約の印だ。
「しずまれ、にんぎょうたち」ヒュースが言うと泥人形達はたちまち崩れていった。
『成長が楽しみですな。それでは』と黒土蜘蛛も姿を消した。
結局、誰も手を出せなかった。
「せめて呪いの力を抑えよう。言葉には力が宿る」と神官長が祈りを込めると、ヒュースの舌に幾何学模様の封印が浮かび上がる。
「この力を自由に使われると危険過ぎる。野放しにはできない。結界の強い魔法院で預かろう」
魔法院院長の言葉に皆が頷く。
『済まぬな、人の子らよ。元眷属とはいえ止められなかった。力を使えば大地に影響を与えかねない。せめてこの家の者に危害が加えられぬよう、強大な加護の力を与えよう』
その後、マーシェは危険人物として牢屋入りに。ヒュースは魔法院に預けるまでの間、家に監禁された。家族は今回の件でさらに近寄らなくなった。魔法の知識は家の書庫にある本で学んだ。もちろんその中には呪術に纏わる本もあった。
大人達をも黙らせる事ができる呪術。ヒュースはどんどん呪術にのめり込んでいった。




