天涯孤独で無能力のナナシ
思い出した!
崖から落ちながら、俺はひとつの出来事を思い出していた。
人生が終わる時には走馬燈ってやつが見られるらしいけど、俺の場合は今の人生の走馬燈じゃなかった。
(もっと早く分かっていれば、もう少しマシな生活が出来ていたはずなのに……)
あと少しで地面に叩きつけられることだろう。
どうせ死ぬのならば、せめて少しでも痛みが少ない方がいい。
理想は即死。
だけど、打ち所が悪ければ苦しんだまま死ぬことになりそうなった高さの崖。
とりあえず、なるべく痛くない死に方がいい。
そしてできるなら来世こそはもっと幸せに……最低限の幸せを感じられる生活がいい。
迫りくる衝撃に耐えるため、目を閉じた時にそれは起こった。
目を閉じていても分かるほどのまばゆい光。
そして、身体の内側から焼かれるような苦しみ。
「うっ、ぁっ……あ、ああああああっ!」
焼きつくされるような灼熱を感じた後、俺は地面に叩きつけられる衝撃も受けていた。
「ち、くしょう……俺が、俺が何をしたって言うんだ……」
これまでのことを思い出しながら、俺は想像を絶する痛みに意識を失いつつあった。
※※※
この世界は生まれ持ったスキルによって人生が決まると言っても過言ではない。
庶民や貴族を問わず、スキルに応じた仕事をしている人間がほとんどだ。
治癒術を持っているなら回復術師、戦闘スキルを持っているなら傭兵や騎士。
治癒術や戦闘スキルを持っているなら人生は安泰と言ってもいいだろう。
だけど、スキルの中には安泰にはつながらないものもある。
こんなスキルじゃ役に立たない。
ギルドで愚痴っている奴を見たことがあるが、俺から見ればスキルがあるだけマシってもんだ。
俺は、悪い意味で珍しい無能力者だからだ。
スキルは10歳までには開花すると言われていて、俺は現在15歳。
11歳や12歳なら、まだ希望があったが既に5年経過しているのだからスキルに関して希望は持てない。
こうやって、スキルを持たない逆レアな存在の俺が完成したってわけだ。
良い意味でのレアなら嬉しいけど、まったく嬉しくないレアを引かされてもなって感じでしかない。
「おやおや、無能力のナナシくんじゃないですか~~?」
自分に出来るクエストを探していると、C級ハンターのアレックスが話しかけてきた。
もう戦闘クエストを積み重ねることでB級になるんじゃないかと噂されているのを聞いたことがある。
「お前の人生、マジでなんなんだろうなぁ~? 親兄弟もいなければ名前もないからナナシ。おまけにスキルまでないなら生まれてきた意味ないんじゃねえの?」
うるせえよ、と言いたいけど実力的に大人と子供以上の差があるから言わない。
前に反論したら殴られて1週間くらい薬草採りもできなくて飯を食うことにも困ったことがあるから。
「……はは」
ちくしょう。
俺はいつまでこうやってへらへらしていればいい。
これから先の人生はいいこと尽くめでもおかしくないくらい俺は不幸にまみれただろうが。
贅沢を言っているわけじゃない。
普通に仕事や生活ができるだけのスキルが欲しかっただけ。
ガキの頃は【特別】って言葉に憧れたけど、欲しかったのはこんな特別じゃない。
こんな特別しか与えられないなら、平凡の方がずっとずっと幸せだ。
「じゃ、俺は薬草採りに行かなきゃいけないんで」
クエストの張り紙を取ってカウンターで受け付けをした後にギルドから出る。
こんな人生で初めて気づいたけど、反抗ってやつもそれなりの力がなきゃする資格がないんだろう。
何もスキルがない俺は何をするにも資格を与えてもらえない。
「アレックスの言った通り、俺って生まれてきた意味があるのかな」
ぽつり、と言葉を零す。
前に王都からやってきたお偉い神官様が言っていたっけ。
生まれてきた意味は誰しも持っているものだ、と。
じゃあ、俺は?
スキルもなければ家族もいない、頼れる人間なんていない。
そんな中で生まれてきた意味を知ることなんて到底できるはずがない。
世界は残酷だ。
生まれてきた意味すら、俺のような無能力者は見つけることができないんだから。
「……採ってくるのは月下草か。崖の上にしか咲かないやつじゃん。面倒なクエスト受けちまったな」
特に昨日は大雨だった。
崖付近はぬかるんでいるだろうし、足元に気を付けないと落っこちてあっという間にお陀仏だ。
『ルートヴィッヒ、昨日は大雨だったんだから足元に気を付けろよ??』
まるでノイズのように頭の中に不鮮明な映像が流れだした。
『分かってるって。英雄ルートヴィッヒ様がそんなオマヌケな死に方するもんか』
英雄ルートヴィッヒ。
数百年前に魔族との大きな戦争で成果を挙げた英雄。
そういえば、彼の死にざまは崖から落ちたって聞いたことがあったっけ。
俺が暮らすエルノア王国が誇る英雄のひとり。
(……英雄になりたいって想いすぎて幻覚でも見るようになっちまったのかな)
はは、と苦笑した後、目的の月下草を見つけた。
「気を付けなきゃな、崖から足を滑らせて死んだなんてギルドの奴らから笑われる原因でしかねぇや」
足元に気を付けながら崖を上り、月下草を手にした時だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!
「わっ!」
運が悪い。
15年の人生の中で何度呟いたか分からない言葉を、俺はまた呟く。
月下草を手にした途端、地震が起こって足を踏み外してしまったのだから。
(ちくしょう!)
目を閉じて衝撃に備えていた時、俺の身体に異変が起こった。
身体が焼け付くような痛み、地面に叩きつけられた痛み。
さまざまな痛みがまぜこぜになって、俺は味わったことのない痛みを味わっていた。
「……げほっ」
あれから、どのくらいの時間が経ったのか分からない。
青かった空が黒になっているのだから、既に夜。
しかも街の方からもほとんど音がしないところを見ると深夜ということなんだろう。
「げほっ、げほげほっ……俺、助かったのか」
さまざまな部分が痛く、服は自分の血で真っ赤、いや既に血が乾いて茶色になっているんだろう。
だけど不思議なことに気づいた。
これだけの出血があったはずなのに擦り傷くらいの痛みしかない。
崖から地面に叩きつけられたはずなのに手足は折れておらず、若干ずきずきする程度。
「……何が起こったんだ? ……いてっ!」
腕の傷に手を当てた時、ふわりと温かな光が傷口を包み、あっという間に傷がなくなってしまった。
「はっ!?」
まるで治癒術でも使ったような感覚に、俺はまともな言葉を発することができなかった。
「……違う、これは俺の能力。俺が、ルートヴィッヒとして生きていた時の、能力……」
英雄ルートヴィッヒ。
神々から選ばれた戦士の名前であり、魔族との戦争で大きな功績を残した英雄。
そうだ。
思い出した。
俺はナナシとして生きる前に、ルートヴィッヒとして生きていた。
『お前は神々の尖兵。世界を脅かす何かが起こる時にお前の魂は覚醒して、世界のために戦うのだ』
ルートヴィッヒが能力を開花させた時、天界から降りてきた神に告げられた言葉。
つまり、俺の魂は神々が創りだした道具でしかない。
世界が発展しすぎないよう、衰退しすぎないよう、その時代にあわせた英雄として覚醒させられる。
役目を果したら英雄の力が利用されないように神々から眠りを強要される。
眠りなんてマイルドな言い方だが、簡単に言えば神々に殺されるだけ。
(……そうだ、世界が創られた後に俺はさまざまな英雄として世界を救ってきた)
今はルートヴィッヒとして生きた記憶しかない。
だけど、ルートヴィッヒとして生きていた時の記憶や技術、技は今俺の手の中にある。
「……つまり、また世界が混乱に巻き込まれるということなんだな」
俺が生きている以上、いつになるか分からないが世界が混沌と化すのは間違いないのだろう。
俺は世界を正すために、今はナナシとして生きている。
しばらく経ったら英雄ナナシとして祭り上げられる何かが起こるということ。
「……ふざけるなよ」
何千年と俺は神の道具として世界のために戦い続けてきた。
だけど世界に生きる人間の平和や幸せは守られても、俺の幸せは一度たりとてきたことはない。
ルートヴィッヒとして生きていた時もそうだった。
戦いが終わった後に結婚するはずだったんだ。
それなのに神々に殺された。
崖から落ちたことにはなっているけれど、あれは神々のせいだ。
さまざまな死線を超えてきたルートヴィッヒが崖から落ちるなんて間抜けなことになるはずがない。
それに、俺は覚えている。
ルートヴィッヒが地面に叩きつけられて死に絶える間際、女神のひとりが笑っているのを。
世界のために戦っていたはずなのに、結局利用価値がなくなった道具は壊されるだけ。
「……ある意味、俺がこんな状態なのはルートヴィッヒの影響なのかもしれないな」
死ぬ間際、俺……いや、ルートヴィッヒは決意していたんだから。
もう神の尖兵として戦うことはしない。
自分のために生きよう、と。
だからこそ、こんな苦しい境遇に追い込まれていたのかもしれない。
ルートヴィッヒのように騎士の家系に生まれていたら迷わず神の尖兵の運命を受け入れただろうから。
「……ルートヴィッヒ、か」
世界創造から神のため、人のために戦い続けてきた。
それが俺自身の魂の正体。
だけど、もう英雄として生きることはしない。
今はルートヴィッヒとしての記憶しか持っていない。
だけど、これまでの英雄たちの記憶も絶対に取り戻そう。
そして、英雄たちができなかったことを俺自身が叶える。
世界平和?
そんなもの知ったこっちゃない。
俺は数千年、この世界のために戦い続けてきた。
だからこそ、今世だけは!
ナナシとして、英雄の未練を継ぐものとして、自分の好き勝手に生きさせてもらうぜ!