異世界転生のご準備はお済みですか?
前回作品に色々反応いただきありがとうございました。
誤字報告もとても助かります。
全然毛色違いますが、よろしくお願いします。
―――今世を終えられた皆様、まずはお疲れさまでした。
人ひとりの人生・・・嬉しいこと、楽しいことばかりではなかったでしょう。苦しいことも、悲しいことも、辛かったことも数えきれないほど沢山あったことと思います。
それでも数多の艱難辛苦を経験した末に、こうして生涯を無事閉じられた皆様に、まずはおめでとうと言わせてください。そして、本当にお疲れ様でございました。女神を代表して労わせていただきます。
「なんだ、これ」
どこまでも続く真っ白な空間。わたしは気づけばそこにいた。
いつからかはわからない。わからないが、どうやらわたしは人生を終えて、ここにたどり着いたらしい。
“死んだ”ということなのだろうが、死因どころか生前の名前も性別もどんな人生だったかもよく覚えてはいない。
ただ、なんとなく長い人生だった気がする。寂しいような物足りないような感慨も胸に残っているような、なにも思い出せないのは変わらないが。
周りにもパラパラと人影がある。だれもはっきり識別することはできないが、“誰かいるな”ということはわかる。なんとも不思議な感覚だった。
そして目の前に映し出された映像。自称“女神”な女性がうっとりするような美声で先ほどの口上を述べた後、こちらに向け深々頭を下げている。
確かに足元まで届くウェービーなブロンドヘアに、古代ローマ帝国とかの映像作品に出てきそうな生成りっぽいワンショルダーのロングワンピース?的な出で立ちは安直だが女神っぽい。しかし顔全体が発光していて容貌はまったくわからない。わたしはふと年老いた大女優のインタビュー映像を思い出した。
(女優ライト焚きすぎたのかな・・・)
―――皺弛みを飛ばすために照明当てているわけではございません。神々しいのです。女神の威光が眩すぎるあまり、ひとの目では見ることが出来ぬのです。
(神々しいって自分で言うんだ・・・て?え??わたし今心の声を読まれた?)
―――無論、女神ですので造作もありません。
(あ、そうですか・・・ていうか、コレリアルタイム?なんですね)
女神様は鷹揚な頷きのみわたしに返して、話を進める。
―――さて、今世を終えつぎの来世、異世界へ転生予定の皆様、転生前の各種お手続きはお済みになりましたか?まだの方でもご安心ください。我ら“女神”がひとりひとり丁寧にお手伝いいたします。まずはお気軽にお声がけください。
映像が消えたその場所には、先ほどの女神が細長いテーブルを隔てて待ち構えていた。不思議なことにそれまで気配のあった複数の人影は消え、わたしひとりになっている。
真っ白な大理石で出来たテーブルと、高級ホテルとかに置いてそうな猫足の革張りソファが手前にあるが、そのシチュエーションは先ほどの台詞と相まって、なんというか・・・
「相談カウンター?」
今世を終えたこともまだ消化できていないというのに、来世とか。しかも異世界へ転生?その各種手続き?ひとつも追いつけない情報量にすでに気持ちが挫けそうになるが、まるで操られるようにわたしの足は女神の元へ近づいていった。
「どうぞこちらへお掛けください。あなた様の異世界転生がより良きものとなるよう、各種お手続きをわたくし“女神”がお手伝いいたします」
「はあ・・・」
近くで見るとより発光しまくっている女神の顔だが、何故だかニッコリわたしを安心させるように微笑んだ気がする。だからといって状況はひとつも飲み込めてはいないのだけれど。
「わたし、来世って異世界なんですね」
「ええ・・・えー、27番様は、はいはい。生前熱心に異世界系の作品ばかり目にされていたようでして、はい。生前の功績を勘案した結果、めでたく異世界転生、と相成ったようにございます」
「え?わたし?異世界系?そうでしたっけ・・・ていうか27番??」
「はい、そちら胸元にある通り整理番号27番様ということで」
女神の言う通り胸元をみると、瑪瑙みたいな石が付いている。しかし27、と言われてもそこには何も書いてないようにしか見えず、
「・・・これが、27??」
「見た通り、ええ。27番様」
手元にある金縁の大きな板と見比べて女神が頷く。
これ以上突っ込むことも馬鹿らしくなり、わたしはとりあえず自分が“27番”であることを受け入れることにした。
死後?の世界でまさか女神から整理番号で呼ばれることになるとは思わなったが、他にも尋ねるべきことは山積しているので、構ってはいられなかった。
しかし、異世界系・・・確かにぼんやりと自分が今まで見てきたであろう、アニメや漫画、小説に映画なんかの内容がぽつぽつ脳裏に浮かんでは消える。わたし自身のことは思い出せないのにおかしな話だ。
「生前の功績?なんか善行とか徳を積んだりしたってことですか?」
「そうですね・・・27番様の場合、そこまで大それた偉業、ということでもないようですが、まあ、はい。その他の方々と比べれば、まま悪くはないだろうと、ええ。判断が下されたようで」
「はあ」
いまいち要領を得ないが、確かに普通に生きてきて、大きな偉業なるものを打ち立てられる人間がどれほどの数存在するのか。よく思い出せないながらも、わたしはわたしがそんな特異な存在ではなかったということが、なんとなくだが腑に落ちる気がして、それ以上追求するのを控えた。
とにかく、生前のわたしが好んでいたらしい異世界への転生が決まったのだ。ひとまずは喜ばしいことと受け取るとして、
「それで、どんなとこなんですか?異世界って」
「はい。それを今から選んでいきましょう」
「今から選ぶ?」
「ええ。ですがその前に、27番様の“来世ポイント”をお伝えしますね」
「来世ポイント??」
「前世の諸々で算出された収支額ですね。それが来世、より良い契約が出来るための“来世ポイント”となってご使用いただけます」
「ああー・・・もう、なにがなんだかわからないですけど、契約?お手続きってなにかの“契約”なんですか?」
「“選択”と言い換えることも可能ですが、あくまでこれよりの各種お手続き、27番様には手持ちの来世ポイントの上限内で選んでいただく事となります。そしてひとつひとつの選択に応じた来世ポイントが消費されますので、それはもういってしまえば“契約”であると。そのような事とご理解いただければと」
「な、なるほどー・・・?」
先ほどまでの厳かな雰囲気はどこへやら、随分事務的な口調で説明してくれた女神に、わたしは曖昧ながらも相槌を打った。
「ちなみに、わたしの来世ポイントって・・・」
「30万ポイントです」
「30万ポイント・・・30万ポイント??」
「ええ。まあ、平均的な額かな、と。ご予算としては」
「ご予算としては??」
ますますこの場が、どこぞのショップに思えてきた。まるで今から30万円でなにかしらの大きな買い物でもする心境だ。状況的に携帯電話とか、保険とか。契約という言葉に釣られ過ぎている気もするが。
「そ、それで・・・何を選べるんですかね?異世界?」
「はい。27番様のご予算内でご契約いただけるのは❝アヴァトロ❞❝ケヒュメウ❞❝クアリザヅ❞・・・辺りですかね」
ひとつとして聞いたこともない名前と共に、女神が抱えていたA3サイズくらいの金縁の板がわたしに向けられた。そこには、
❝アヴァトロ❞・・・人間のみが存在する世界。中世ヨーロッパと同程度の文明と生活水準。魔法は存在するが貴族のみしか使用できず、貧富の差が激しく、戦争が頻発している。
❝ケヒュメウ❞・・・人間以外にも様々な種族が存在する世界。獣人はいない。魔法が存在するが人間は使用できない。魔獣が存在しており、各地に迷宮が形成されている。
❝クアリザヅ❞・・・人間以外にも様々な種族が存在する世界。獣人、魚人、魔族がいる。魔法が存在し人間も使用できる。生まれた時に固有スキルを授かる。“勇者” “聖女”なども時折現れる。
3つの異世界の簡易的な説明とイメージ図。それぞれ付けられた絵柄はポップで親しみやすく、それがより一層ある種の商売っ気を感じさせて、わたしは無言で頭を振った。
「もう一つ、❝モントナーエ❞も予算内ではあるんですが、これを選んでしまうと、予算の約8割を消費してしまいますので、あまりお薦めはいたしません」
(約8割・・・24万円って結構な金額だな)
「あ、24万ポイントですね、正確には。金など・・・俗物的な考えはお控えください」
「あ、すいませ・・・いやいや女神様もさっき“ご予算”って言って・・・ていうか、ちょ、あの、心の声読むの止めてもらえます?」
「あら失礼。ですが我ら女神にはほぼ口頭でおっしゃられているのと変わりませんのでね」
「そんな明け透けな感じなんですか?うわー気をつけよ・・・じゃなくて」
転生する異世界がどんなところか、それはもちろん大事だろうが、わたしはそもそもわたしの手持ちの来世ポイントをどういった内訳で使えばいいのか皆目見当がつかなかった。というより、後は何を“契約”出来るというのか。
「えっと、他の人?の来世ポイントの内訳って・・・教えてもらったりできます?」
「申し訳ございません。個人的な情報は守秘義務がございますので」
「あ、いや・・・そんな詳細な感じじゃなくて、大まかでいいんですけど。たとえば転生する異世界先?を選ぶ決め手とかって、傾向あるのかなぁって」
「傾向、ですか・・・そうですわね。大体の方はお持ちの来世ポイントの半分程度で契約できる異世界をお選びなりますかしら。大きなご決断にはなりますでしょうが、そこをケチられますと後々後悔されても後戻りは出来ませんので」
(女神様も“ケチられる”ってすっごい俗物な気が・・・)
「これは失敬いたしました。というか、どうせ丸聞こえなのですからハッキリお口に出されてしまっては?」
(はい、次からそうします)
わたしは気持ちを落ち着かせるように一息吐いた。
確かに、転生する異世界先に下手なところを選んでしまったら後々詰む、というのはなんとなくわかる気がした。
「機種代ケチって中古スマホにした結果修理費かさんでかえって大損・・・なんてよくある話ですもんね」
「転生先の異世界をスマホ扱いなさるのやめてくださる?」
「すいません・・・じゃ、じゃあ、そうですねー」
もう一度改めて女神に向けられた金縁の板に表示された内容をじっくり読み込む。
これにしても、どうオブラートに包んだところで大型タブレットにしか思えないのだが―なんなら女神が板上をスワイプしていた―私は心に浮かんできそうな突っ込みをなんとか抑え込んで真剣に考える。
異世界系の世界観として中世ヨーロッパは王道だが、文明や生活水準もそれと同程度、というのが現代人のわたしからするとなかなかヘビーな気がする。貧富の差が激しかったり、戦争が頻発しているというのもとっても気がかりだ。❝アヴァトロ❞は除外しようとわたしは決意した。
「えっと、残りの2つは・・・」
❝ケヒュメウ❞に出てくる迷宮というワードは、これぞ異世界という感じがして気持ちが浮き立つものの、人間は魔法が使用できない、というところが気になる。というか、
「あの・・・転生したらわたしって人間なんですか?」
「そうですね、基本的にどのような生命も前世と同じ種族にしか転生出来ません。27番様も基本的には来世も人間ということで」
「その“基本的”って・・・なんか例外があるって事ですか?」
「ええ、来世ポイントが100万ポイント以上であれば、異なる種族も選択可能となります。ポイント数が上がるほど選択肢の数も多くなりますわね」
「・・・なんていうか、世の中ってやっぱり金、なんですね」
世知辛く感じていると、すかさず女神から「ポイントですわね」と訂正が入る。わたしはふとアプリ決済などでよくありがちな1円=1ポイント相当みたいな図式が頭に浮かんだ。
「転生に関する“ご契約”をアプリ決済と一緒になさらないでくださいまし」
「思い浮かんだだけでもアウトですか?・・・でも、そっか、それならわたしは来世も人間だから」
3つ目の❝クアリザヅ❞。人間も魔法が使えて、生まれた時に固有スキルが与えられるなんていかにも異世界転生っぽい。“勇者”や“聖女”も時折現れる、との文言に少し来世が楽しみになってきた。
「あ、あの・・・じゃあ転生する異世界は、この❝クアリザヅ❞で、お願いします」
「承りました。27番様の転生される異世界は❝クアリザヅ❞ですわね?では来世ポイント16万ポイント消費させていただきます」
「やっぱりアプリ決済じゃ・・・」
「何かおっしゃいまして?」
「い、いえなんでも」
「そうですか。それでは続きまして、お生まれになる先の“ご家族”はどちらになさいますか?」
「ご家族??」
金縁の板を何度かスワイプしてーやっぱりどう考えてもタブレットだー、女神が見せてきたのは、
❝デンス一家❞・・・辺境の農村で暮らす貧しい平民家族。7人兄妹の4番目として出生予定。家族仲は悪くはないが、数年後の飢饉の影響で両親に売られる可能性大。
❝ホワロウ一家❞・・・王都に暮らす比較的裕福な平民家族。小規模の商会を経営しており、一人っ子として出生予定。家族仲は円満だが、15歳に成長した頃、実は貴族の血を引いていたことが判明する。
❝クロノス一家❞・・・名門侯爵家。3人兄弟の長子として出生予定。家族仲は険悪。王族の婚約者に選ばれる可能性大。
「おーーーっとお・・・」
それっきり、しばらく言葉が出てこなかった。
どの家族も一度読んだだけでは理解しきれないというか、色々ドラマがありそうな設定が山盛りすぎてついていけない。わたしはダメもとで女神に尋ねた。
「あのー・・・もっと平凡な、平和そうなご家族っていたりは」
「ございません」
「そ、そんなハッキリ・・・」
「27番様?存外“平凡”なものが・・・一番手にするのが困難で得難いものだったりするのですよ?」
「ちなみに来世ポイント100万以上なら?」
「“ご契約”いただけますわ」
清々しいほどあっさり言い切った女神に、わたしは納得しきれない気持ちを抱えたが、なんとか自分で自分に整理をつけた。
「残り14万しかないし、仕方ないですよね」
「“ポイント”を付けてくださいませね?きちんと区別のためにね?」
「あ、はぁい・・・えっと、それじゃあそれぞれのポイントは?」
「❝デンス一家❞が2千ポイント、❝ホワロウ一家❞が4万ポイント、❝クロノス一家❞が7万5千ポイント消費いたしますわ」
「❝デンス一家❞破格だ・・・でもなぁ」
改めて三つの家族をそれぞれ読み返す。
しかしどれだけ熟読してもそれぞれがそれぞれにメリットデメリットがある気がする。
「帯に短し襷に長し・・・けど」
いくら破格なポイントとはいえ、❝デンス一家❞はナイなと除外した。貧困層からの成り上がりはいかにも大変そうだし、親に売られた先を想像すると恐ろしさしか感じない。
だからと言って❝クロノス一家❞もまた、少々わたしには荷が重い気がする。侯爵家がどれほど高位の貴族かはあまりピンとこないが、そこの長子に生まれるかもなんて、と悩んでいてハッとした。
「あの、それぞれのわたしの性別って決まってるんですか?ていうかこれから選べます?」
「27番様の性別はですねー、ええ、あ、いいえ。お選びにはなれませね。こればかりはね、運といいますか生命の奇蹟とでもいいましょうかね、ええ。ええ」
「・・・100万ポイントあったら?」
「“ご契約”いただけますわよ」
発光して見えないはずの女神が渾身の営業スマイルを浮かべている気がしてならなかったので、却って見えなくてよかったのかもしれない。流石に女神様相手に舌打ちしてはまずいだろう。
わたしは色々諦めたように、溜息混じりに一方を指差した。
「じゃあ、こっちの・・・❝ホワロウ一家❞で」
「承りました。27番様の転生される先のご家族は❝ホワロウ一家❞でよろしいですね?それでは来世ポイント4万ポイント消費させていただきます」
「これで残り10万ポイントか・・・あとはなにが“契約”できるんですか?」
「そうですわね、大まかな“ご契約”は完了いたしましたわ。あとは細々としたオプションと言いますか特約と言いますか・・・」
「保険か何かですかね?てか、え?あれ??あの・・・固有スキルは?生まれた時授かるんですよね?」
❝クアリザヅ❞の説明を思い返す。生まれた時に授かるという固有スキル、わたしはてっきりそれを選べると思っていたのだが、
「固有スキルの“ご契約”には50万ポイント消費されますのでねー・・・27番様はねー・・・そもそもから無理なお話と言いましょうか」
どこか気の毒そうな雰囲気だした女神に、わたしはなんとも言えない気持ちになった。誰を責めようにも誰がいるはずもなく、生前のわたしに文句を言ったところで既に“来世ポイント”は決定しており、後の祭りでしかない。
「10万しか金のない自分が悔しい・・・」
「ポイントですわね何度も申し上げますけれど・・・ですので、残念ですが、授けられる固有スキルもまた、運次第ということで」
「本当世知辛いな・・・」
しかし、ないものは仕方がない。わたしはどうにか気持ちを切り替えると、その他の細々したオプションとやらの詳細を尋ねた。
「まずは、“前世の記憶”についてですわね。2万ポイントで転生後“前世の記憶”が蘇ります。更に5千ポイント追加されれば、思い出す年齢を設定出来ます」
「“前世の記憶”かあ、それはいいかも」
「続いては、“前世の知識”ですわね。義務教育レベルであれば3千ポイント、高等教育レベルは7万5千ポイント、修士課程レベルになりますと20万ポイントが消費されますが、只今“異世界転生応援キャンペーン”期間中ですので、それぞれのオプションがなんと半額で“ご契約”いただけちゃいます!」
「何そのキャンペーン・・・ますます俗物っぽい匂いが」
「何かおっしゃいまして?」
「いえ、なんでも・・・」
「さようでございますか・・・あとは、そうですわね“助っ人特約”でしょうか」
「助っ人特約??」
「ええ。27番様の異世界での人生において、おそらく一度は波乱に満ちた大きな事件、問題に直面することがあることでしょう。そうした際に、一度だけ、27番様の窮地を救う“助っ人”が駆けつけてくださいます」
「わたしの窮地を救う“助っ人“・・・ていうと、一体誰が?」
「ええ。現場にエルフが駆けつけます」
「現場にエルフが駆けつけます???」
あまりに理解し難いセリフに、わたしは鸚鵡返しするしかなかった。
勝手に脳裏でイメージするのは、自動車事故が起きた現場に急行する某警備会社の人であったが、女神は珍しく突っ込むことはなかった。
「な、なんで“エルフ”なんですか?ていうか“エルフ”固定ですか?」
「エルフ固定ですわねぇ・・・❝クアリザヅ❞のエルフはみな千年以上を優に超える長命種ばかりでしてね、これがまた皆がみな揃って暇を持て余しまくって方々で千里眼駆使してゴシップ集めしているような者ばかり。27番様の窮地の際には必ずや何処からともなく駆けつけて色々お助けしてくださることでしょう」
「それって“特約”付けなくても駆けつけてくれるんじゃ・・・」
「ええ。駆けつけますでしょうが27番様の“味方”とは限りませんわね、“特約”お付けしないと」
「うわぁ・・・」
夢も希望もない返答に、わたしは開いた口が塞がらなかった。千里眼ゴシップ集めに使うようなエルフにそんなもの求めるなという話だが。
結局は金、基、ポイントがものを言うのだ。いい加減諦めも早くなったわたしは“助っ人特約”の消費ポイントを聞いた。
「3万5千ポイントですわね」
「はあ・・・そしたら、“前世の記憶”思い出すのが2万で、“前世の知識”がキャンペーンで半額だから高等教育レベルだとしたら・・・3万7千5百円?」
「ポイントですわね」
「あ、そうだ・・・で“助っ人特約”が3万5千だから・・・えっと、3つ全部で9万2千5百ポイントか」
「残高7千5百ポイントですか・・・そうしましたら、あとは、そうですわね。”前世の記憶”の更にオプションといたしまして”フィクションセンサー”が付けられるか、”助っ人特約”が生涯で一回のみから50年周期で一回にご変更出来ますわね」
「えー?そのどっちか・・・ていうか、すいません。”フィクションセンサー”っていうのは?」
「はい。近年に入って相次いで報告されている事例なのですが、異世界において起こった事件・出来事などが、27番様のいらっしゃった世界でなにかしらの虚構作品として広く世に出回っている場合がございます。すべての異世界で当てはまるというわけではなく、また、年代によっては関わりのない事が大半なのですが、万が一、27番様の転生先の人生において、いずれかの作品に関わりそうな時に限り、”前世の知識”で思い出した、という態で”フィクションセンサー”が作用いたします」
そのときわたしの頭を駆け抜けたのは、生前目にしただろう異世界系の作品たちだった。
「あ、ああ。ああー・・・アレですね。そういえば確かに。あ、そっかアレって”フィクションセンサー”オプションで付けてたんですね」
「アレ、が何を指し示しているのか、わたくしにはちょっとわかりかねますが」
「あ、そうですか?・・・え?じゃあ、え?最近そういう事が多くなってきた、ってことなんですね?」
「左様にございます。わたくし達がご提供させていただくサービスも、日々お客様のニーズに合わせて進化している、ということでございます」
「サービス・・・お客様のニーズ・・・」
色々言いたいことが浮かびそうになるのを必死で堪えようとしたわたしの脳内では、勝手に生前見たであろう自動車保険の新サービスを謳うCMが流れていた。
「あら、27番様のご予算内では不可能でしたが、確かにこちらでも”ドラレコ”に関する特約がございますわよ?」
「え!ドラレコの!??」
”ドライブレコーダー”搭載によって自動車事故の詳細が客観的に確認出来たり、スムーズな事故対応が出来たり・・・とかいう生前の記憶をわたしがおぼろげながらに思い返していると、
「”ドラゴン”の記録は異世界では最も信ぴょう性が高いとされていますものねぇ」
「・・・・・・ドラゴン?」
「ええ」
「ドラゴンの記録、で・・・ドラゴンレコーダー??」
「ええ、ですから先ほどからそのお話を」
「ドライブレコーダーじゃなくて?」
「どら、なんですって?ちょっと何を仰りたいのかわかりかねますが」
「ええー・・・や、もう別にいいですけど」
記録がレコーダーと訳されているのにどうにも腑に落ちないが、どうせ予算の乏しいわたしには関係ない話だそうなので、いい加減最後の決断をすることにした。
「じゃあ、えーと、その”フィクションセンサー”オプションでお願いします」
「承りました。それではこれで27番様の全てのお手続きが完了しました。長らくの間お疲れ様でございました。これよりの27番様の来世が、より良きものとなりますよう、心よりお祈り申し上げておりますわ」
「あ、はい。ありがとうございます・・・」
「つきましては、今後の更なるサービス向上の為、よろしければアンケートのご協力をお願いしたいのですが・・・ああ!ご協力いただいた暁には抽選ではございますが“愛の女神の祝福”が転生先にてプレゼントされますわ」
「アンケートに抽選でプレゼントって・・・言い逃れできないくらい“俗物”っぽくないですか?」
「またそんな事を・・・いい加減になさいませんと“メガハラ”で訴えますわよ?」
「メガハラ??まさか女神ハラスメントの略称??そんなカスハラみたいに言うなんて」
しかしそれ以上は賢明にも口をつぐんで、わたしはおとなしくアンケートに協力することにした。女神の眼差しが厳しく感じられたのでー発光していて見えないがーそれぞれの設問、5段階評価は無心で5しか選ばなかった。
抽選とはいえ、女神の心証は少しでも良い方がいいだろう。
“愛の女神の祝福”なるものが、果たしてどんな効能かは知らないが、もらえるものならもらっておきたい精神である。
「ちなみに抽選結果はどんな感じでわかるんですか?」
「それは”祝福”を受けた者のみにしか・・・というより、この度の各種お手続き内容の記憶は27番様の来世には引き継がれませんので、予めご了承くださいませ」
「え!?え、そうなんですか??なんで?」
「いえ、なんと言いますか・・・こうしたマニュアル化した事務手続きの末に来世を歩まれるとなると、その・・・・・・・・・興覚めでございましょう?」
非常に言いにくそうに口にした女神に、わたしは曖昧な笑みしか浮かべられなかった。
「・・・そういう、気遣い?配慮?はあったんですね」
「は??わたくし女神ですのよ?なんだと思っていらっしゃいますの?」
「あ、いや、ね、ホンと・・・」
途中から圧もクセも強めのベテランセールスマンとしか思えなかった、とは。口が裂けても言わずにいようと決意したわたしだった。
もちろん女神には筒抜けだったが。
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私の名前は、ルシエラ・ホワロウ。
うちの家系は平民だけど、国内で3本の指に入るといわれる”ホワロウ商会”を営んでいる。
会頭のパパと経理を担うママは、娘の私が時々辟易するくらい未だにアツアツのラブラブ。ま、そんな二人が大好きで、いつだってみんながみんな家族自慢し合っちゃうような仲良し家族なんだけどね。
そんな私が、私の中に”別のわたしの記憶”いわゆる”前世”ってやつを思い出したのは11歳の秋だった。
”前世”では、こことは異なる世界の日本という平和な島国に住んでいた、ごく一般的な社畜OLだった。
前世を思い出した私は子供ながらに”前世の知識”をフル活用して、この世界には存在しない様々な物を新たに生み出して販売するようにした。生まれた際に授けられた固有スキルが”鑑定”であったのも運が良かった。結果はどれも大ヒットで、実家の商会が国内で3本の指に入るまで急成長したのは、私が開発した商品のおかげだったりする。
それ以外にも、”前世の記憶”は大いに役に立った。
何故なら私はある時気づいたのだ。この世界が”前世”で愛読していた『華散る乙女と復讐誓う紅き薔薇』というドロドロ愛憎復讐小説の物語の中であったということを。
ちなみに私はヒロインの親友で、ストーリー序盤で死ぬ。タイトルにある『花散る乙女』とはつまり私のことを指す。
15歳の時にママが先代のクロノス侯爵様の私生児であったことが判明し、私は先代侯爵様・・・おじい様のたっての願いで、おじい様が暮らす避暑地に1か月招かれる。そこで小説のヒロイン・ローザ伯爵令嬢と出会い、すぐさま打ち解けて仲良くなる。たったの数週間で親友となった二人だけど、私が当代のクロノス侯爵一家と出会ったことで物語は動き始める。
侯爵家の3人姉弟から”平民風情がおじい様に擦り寄って汚らわしい”と陰で壮絶な虐めに遭い、クロノス侯爵は侯爵で王都で偶然出会ったママのことを血の繋がった妹とは知らずに懸想していた過去があり、よく似た私に暴行未遂しでかす鬼畜叔父だった。
そんな避暑地で心身ともにズタボロになった私が、どうにか家に戻ると何者かの手により商会の店ごと放火されていて、両親は既に死亡。すべてに絶望した私は親友ローザの見ている前で燃えさかる火の中に飛び込んでしまい、それを機にローザは親友の仇を取るため、名門クロノス侯爵一家相手に壮絶な復讐劇を繰り広げていき、遂には王国中を揺るがす壮大な陰謀に巻き込まれていく・・・という物語なんだけれど・・・そんな将来、冗談じゃない!
つくづく”前世”を思い出していてよかった。大陸全土で信仰されている女神様に感謝してもしきれないわ。
というわけで私は、そんな絶望まっしぐらな未来を回避するため、とにかく遮二無二奔走した。
実家のホワロウ商会を大きく発展させるのだって、万が一に備えての立派な布石。
小説におけるすべての黒幕・・・パパとママを殺した宿敵、この国の太王太后を相手にするなら味方はどれだけいても足りないもの。
とはいえ、石鹸づくりのために訪れた秘境の森で、額に角の生えたとんでもない美青年に遭遇するとは思いもしなかったけれど・・・彼はもしや”魔族”なの!?
そんなこんなで、私はもうすぐ運命の15歳を迎える。小説とは違う明るい未来のためにやれることはなんでもやらなくちゃ!と決意を新たにするのであった。
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「あら。27番様”愛の女神の祝福”の抽選当たっていましたのね・・・でも、お相手が頗る美青年とはいえ魔族とは・・・これはこれでなかなか波乱に満ちた人生になりそうだこと」
”助っ人特約”は未使用。
そういえば事務手数料に別途3千3百ポイント消費したの女神言い忘れてます。クレーム案件です。
お粗末様でした。