君の花色に染められていく
「典型的な花吐き病ですね。しかも貴方の場合は体内に滞留する花弁が他者から透けて見えてしまうので──」
診察結果を医師から受け取った手は震えていた。ただでさえ好奇の目に晒されている日常を、更に脅かす病にかかってしまうとは。
処方薬は渡されず、代わりにと渡された小さな箱を開ける。
中身は小型の注射器が上品に寝ており、一定量の血液を採取することを治療法として説明書に記載されていた。
花吐き病は恋愛を拗らせる、つまりは片想いが長期化すると発症しやすい。晴れて想い人と結ばれれば病は完治、花弁をばらまいて過ごす日々ともお別れできる。
「僕には縁遠い話だ」
医者も完治方法について触れてこなかった。当然だ。僕が逆の立場だったら同じ様に接するし、当事者である僕でさえ望みなど希薄だった。
血を採取するのはせめてもの救い──医学進歩のためだろう。馬鹿げた条件でしか呪いを解くことができないのなんて、たまったものではない。
「第一なんで結ばれる前提なんだよ」
失恋した花吐き病患者は、みな枯れて消えていったのだろうか。それならそれでいいかもしれない。
透明人間の僕らしい。
本当に消えてしまえるなら、いっそ。
「とおる君! 明ちゃんから聞いたけど大丈夫!? 私に出来ることないかな!」
ひっきりなしに鳴らされるインターホン。億劫になりがら玄関ドアを開ければ、藤咲が矢継ぎ早に僕の顔付近に視線を上げた。
昨日の今日。妹に口止めしておけば良かったと思うのは遅い。既にせり上がっている花弁が見えているのか、不安げに藤咲の目が揺れている。
「大丈夫。心配ない。それに吐いた花弁に触れると伝染るから危ない」
「でも! 友達が困ってたら見過ごせないよ!」
「気持ちだけ充分。とりあえず困ったら連絡するよ」
「あ、待っ──」
引き留める藤咲を押し出し、抑えていた花弁を吐き出す。
透明な身体が藤の色に染まり、紫の花を散らした。
「……皮肉だ」
君と同じ花色に侵されていくなんて。