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Thanks 20th参加作品

土に埋めないタラント

作者: 地野千塩

 また落選。


 今回はかなりショックだった。数年かけた異世界ファンタジー小説だったので、最終予選までいくと思ったが、結果は二次落ちだった。


 悠人は作家志望だ。高校の文芸部に所属し、web小説はもちろん、ライトノベルレーベルのコンテストにも応募しまくっていたが、大賞受賞までたどり着けない。特に今回は手応えがあっただけにショックも大きい。


 こんな憂鬱な思いを抱えたまま、近所のショッピングモールへの書店へ行く。ライトベルコーナーでは新人賞を受賞した作品も置いてあった。キラキラな金色の帯もつけられている。悪魔と魔術師がコンビを組み、生贄に捧げられた少女との冒険ファンタジー。あらすじだけでも面白そう。自分の実力の無さを痛感。それも苦しかった。


 結局、そんな新人の作品は買えず本屋を後にする。モール内をふらふら歩いていると、楽器店が目の前にあるのに気づく。


 ピアノ、ギター、ウクレレなどの楽器が展示され、試しに触る事もできるようだ。楽器店は様々な音が響く。もっとも今の日本は不況が深刻。楽器など買える余裕がある人も少ないのか、売れている様子はない。この楽器屋店も来月に閉店するお知らせが出ていた。


「うん?」


 なんとなく店を見ていたが、電子ピアノの音が気になる。試しに演奏しているのだろうか。誰かがピアノの音の合わせてハミングしながら演奏していた。


 時々その歌詞に「Jesus」とか「讃えます」などがあるので、キリスト教の讃美歌だろうか。アップテンポで明るい音楽だ。宗教のイメージとは違い、どちらというとポップスやロックのような軽やかさがある。思わず悠人も耳を澄ませて聞いていた。


 演奏が終わると自然と拍手をしていた。宗教とか讃美歌とかは興味ないが、曲自体は悪く無かった。


 それに演奏している女性も、可愛いタイプ。黒髪ロングで、目もぱっちりと大きい。ライトベルだったら確実にヒロインタイプ。高嶺の花的な美人にも見えたが、悠人が拍手すると笑顔を見せていた。演奏中はもっと生き生きとした表情を見せていたが。可愛い笑顔だ。ドキドキしてきて悠人の顔もほんのりと桜色に変わる。


 ちょっと話しかけてもいいか?


 下心もあるわけだが、思いきって話しかけてみた。


 彼女の名前は志村凛花。近くのキリスト教系の大学に通っているらしい。讃美歌を奏でている理由がわかった。


「楽しそうに演奏していたよね」

「うん。神様が私にもピアノや歌のタラントをくれたって思うと楽しくて」

「タラント?」


 凛花は再び電子ピアノの鍵盤を軽く叩きながら、教えてくれた。


 聖書にはタラントの例え話というエピソードがあるという。


 主人は労働者にそれぞれ能力に応じてお金を貸し付ける。このお金を資本にして仕事をして欲しいから。


 しかし一人の労働者は怖がってしまい、貸し付けられたお金を土に埋めた。この事に主人は大激怒。持っているお金も全部奪われてしまったというオチ。


 このお金の単位は「タラント」。タレント(才能)の語源とも言われていると凛花は説明してくれたが。


「どういう教訓のある例え話なんだ? 俺は正直よくわからない」

「これは主人=神様ともいえる。人間の全ての才能は神様からのもの。おそれず、神様からの才能を土に埋めず、ちゃんと生かそうって事」

「へえ」

「ちなみに成果は関係ないみたい。この例え話をよく読み取ると、いっぱい成果をあげた労働者が褒められたという描写もないの。つまり、神様的には自分の才能を何らの形にしていればOKってことじゃないかな? クリスチャン的には神様にちゃんと忠誠しようっていう例え話だと思うけどね」


 ここで凛花は再び電子ピアノを使い、演奏を始めていた。


「そうか……」


 凛花が奏でる音を聞きながら、自分にも神からの才能があるか気になってくる。


 それに凛花が心から嬉しそうに演奏しているのを見ていると、人に認められる事、受賞する事も全てではないのかもしれない。


 重要なのは才能を土に埋めない事か?


 たぶん、凛花だってプロのピアニストではないはずだ。それでも生き生きとした目で演奏しているところを見てしまうと、神様に認めて貰うという目的を持つのも悪くないかもしれない。そうすれば賞の結果とか他人の評価に捉われずに、純粋に作品に向き合えるような気がした。


 絶望感でいっぱいだったが、もう一度だけ作品を書きたい。そんな希望も出てくる。


 同時にこんな話を教えてくれた凛花とも縁が切れてしまうのも勿体ないと思う。確かに魅力的なルックスの凛花だが、そのピアノの音や歌声はそんなものより輝いて見えてきたから。


「俺、もっとあなたの演奏聴きたいと思う。明日もいる?」


 こんな告白のような言葉を口にするのは、勇気がいったが、なぜか自然と身体が動く。普段はこんなナンパみたいな事はしないが。作品をたくさん投稿しているうちに、自然と前向きに動いていく勇気が積み重なっていたのかもしれない。落選でも完全に無駄ではなかったのだ。大学生になって就活しても乗り越えられそうだ。恋愛だってそうかもしれない。ちょっと救われた気分だ。


「ええ。今度うちの学校にもくる? 礼拝堂で時々みんなで演奏もしてるから」

「おー」

「うん!」


 久美の笑い声を聞きながら、心が軽くなっていくような感覚を覚えていた。


 もう絶望しない。土にタラントも埋めない。そう心に決めた。

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