第三話 勝利
『自己紹介がまだだったな』
「ん?·····ぁあ」
パチパチと太い音を立てて燃える焚き火を見つめながら、俺は小さく返事をする。
「俺は斂って名前なんだろ?····なんか知らんけど」
『そうだ』
「お前は·····なんなんだ?」
眠りかけた意識を、少しだけ呼び覚まして、ポケットからバッジを取り出す。
【斂】
『俺の名前はそうだな──、ラミアだ····〝ラミア・バイタルート〟』
「そうか·····」
俺達は今、あの魔獣の居たビルの四階にいる。
今日はここで寝るつもりだ。
────、俺達は勝った。
勝って、ここにいる。
全て話すのも面倒だ、ハイライトでお届けしよう。
◇◇◇
果てしない年月をかけて積み上げられた埃が、斂の足に掻き回されて、舞う──。
『しゃがめ、一秒後に左だ』
膝を畳み、きっちり一秒後に、腕を振り切った魔獣の左面に回り込む。
そのガラ空きになった首元に、右の拳を叩き込む。
『いいぞ!』
体から、力が引き出される。
人間の生身ではありえない膂力に、今度は魔獣の体が吹き飛ぶ。
「ッ·····!」
止めを刺そうと倒れた所に近づいた瞬間、魔獣は足を振り、その反動で飛び起きた。
魔獣の右足が、咄嗟に防御した斂の右手のひらを打つ。
打ち上げられて吹き飛び、横の重力に引っ張られる体を捻って、空中で一回転───。両足を揃えて、コンクリートの壁に着地する。
そのまま足に力を入れて、壁を蹴る。
グン──、と引き伸ばされる世界の中で、腕を振り下ろす。
右拳は空中に残像を残しながら、魔獣の頭蓋骨を砕いた。
みずみずしい爆発音を立てた魔獣の頭が、紫の血を跳ね散らしてすり潰れる。
「グッドゲームだったぞ、相棒」
自分の黒い皮膚が裂けて、牙の並んだ口が話す。
「やはり〝ノヴァス〟か、属性持ちじゃなくて助かったな。三令幼生で、人型になりたてだ。」
どこか得意げに解説する口の言葉に、煙に巻かれながらも、安堵のため息を付いて、ゆっくりと地面に倒れ込む。
勝った·····なんとか·····
◇◇◇
『〝ノヴァス〟は、基礎的な魔獣の一体だ。』
心の中に響く声に耳を傾けながら、すっかり元通りになった右腕をさする。
「基礎的···ってどういう事だ?」
『いうなればプロトタイプと言った所か。
セミには色んな種類がいるが、やはりアブラゼミが最も基礎的だろう?····それと同じだ。』
『セミの中にも色んな種類があるように、〝アニマル〟の中にも色んな奴がいる。····翼があったり、水の中を泳いだり』
んじゃぁ、ドラゴンみたいな奴とかは?
『いるぞ』
···マジかよ。
でも、そいつら全員襲ってくんのか?
『当然だ。人間を喰うのが〝アニマル〟の仕事だからな』
····。
人の物に戻った自分の右腕から目を離して、焚き火を見つめる。ふと、あのネームプレートの事が気になりだした。
なんの記憶も持たない斂にとって、あのバッジは唯一、自分の情報に繋がっているであろう手がかりだ。
「なぁ、ラミア。」
『なんだ』
「俺は····なんなんだ?」
『·····』
返事はない。
「魔獣の事と言い、俺を斂と呼んだことと言い。お前は何か知ってるんだろ」
重苦しい一瞬の間を置いて、ラミアは声を響かせる。
『何も知らん。』
「それはないだろ。じゃあなんで魔獣について──、」
追求しようとするレンの言葉を無視して、ラミアは続ける。
『人間の····。いや、生物の脳は意地悪なものでな。』
『お前もそうだ。
一ミリの記憶も無いのにも関わらず、なんの不便もなく歩いてる。おかしいだろう、なんの記憶もないのに、何故歩き方を知っている。』
·····。
『俺もお前と同じだ。何も覚えていない。魔獣に関する知識と、お前の名前以外·····なにも、な。』