第一話 ラミア・バイタルート
『斂·····レン·····!』
『俺に気付け···!俺を使え·····!!』
·····。
ゴゥゴゥと鳴る、冷たい豪風の音に、目が覚める。──、俺は辺りを見回した。
昨日目覚めた地点よりも、かなり離れた所にある廃墟で、昨夜。就寝した。
「····」
疲れは完全に取れたが、依然として不明点が多い。
自分の名前も、何故こんな所にいるのかも、何もかもが分からない。
····無意識にバッジを握っていた手を開き、ポケットから手を出す。
さすがに、ポケットに手を入れたまま崩れかけた廃墟の階段を登る勇気はない。
この廃墟を散策して見ようと思う。
どちらにせよ行く宛などないし、時間制限もないのだ、これくらいは許されるだろう。
この廃墟は周囲で唯一、原型をとどめていた建物だ。
物資の一つでも見つかるかもしれない···。
塗料が剥げて、黒ずんで···。それでもなお、崩壊せずに持ちこたえてるのは、滅びへの抵抗か。
【二階】
ー〝学志教室 受付〟ー
汚れて半透明になったガラスの破片達が、どこからか入ったのか、床に薄く積もった土に埋まって、光っている。
「学志教室·····」
かつては塾だったようだ····。
埃と灰色の土に埋もれて、文字の掠れた看板を足下に、外れて倒れた扉をまたぐ。
教室の一つであっただろう空間には、もはや椅子と呼べぬ残骸とホワイトボードの枠組みが、かろうじて確認出来る。
「···。まぁそりゃそうか」
半分ほど地面に埋まっていたマーカーを拾い、剥き出しになったコンクリートの壁にインクを確かめてみるも、当然、文字が描けるはずもない。
「なにやってんだろ、俺。」
曇った空の隙間から、強烈な西日が少しだけ顔を出す。
ビルの壁にポッカリと空いた穴から、射し込むその光を、全身で浴びた時───、突如として〝寂しさ〟が心を支配した。
夕日に照らされて、オレンジ色に染まった自分の手を眺めていると、微かな物音が聞こえた。
「·····!?」
目を見開き、押し黙る。
音は、上から聞こえてきた。
空耳ではないと、自ら証明するように音は、二度三度──。この崩れかけた廃墟に鳴り響いた。
四度目───、物音はハッキリと聞こえた。風の音でもない。
間違いない····。
誰かいる。
音の主は三階だろう。
葛藤が始まる。
人間が居たとして、必ずしも友好的とは限らない。こんな廃墟で何をしているんだ?
·····そもそも、音がしたから人間がいると決めつけるのも早計だ。音の主と言ったが、果たして本当に人間なのか·····?
だが、決まり切ったことだ。
結局は行くしかない。確かめないという選択肢はない。
これは葛藤ではなく、恐怖心だ。
──自身に考える隙を与えず、階段を登る。
足音をなるべくたてないように·····。
割り切ったつもりでも、恐怖心は消えない。
だが、抑えきれない好奇心があるのも確かだ。
トン──と小さく、スニーカーのかかとを鳴らして、階段を登りきる。
【三階】
ー〝Divers 株式会社〟ー
「·····」
いつしか、音は止んでいる····。
独特の緊張感が漂う。
風化して凸凹したコンクリート壁が、自身の足下を小さく舞う埃が····。まるで、この廃墟そのものが自分に襲い掛かってくるような錯覚に襲われる。
シンプルながら、洗練されていたのであろう受付を通り抜け、オフィスだった部屋に足を踏み入れる。
その直後──────、
『右だ────!!』
頭の中を、鋭い叫びが響いたと思った瞬間────
硬い何かが、物凄いスピードで自分の肩を直撃し、体を吹き飛ばした。
空中を飛んでいる間····。猛スピードで流れる景色の中───、はためく白いローブに縁取られた視界の中心で、禍々しい血の様な紫色をした化け物がこちらを見ていた。
「──── ──」
化け物が雄叫びを上げる。
来なきゃよかった·····。
ジクジクと爆発し続ける痛みに唸りながら、俺は心の中でそう吐き捨てた───。