あれ?ブンって何人いるの?
わたしが学園からハイト伯爵家の屋敷へと戻ると、
我がハイト家の嫡男であり、後継であるアスーカルお兄さまが血相を変えてわたしを出迎えた。
「シュガーっ!お前っ……大丈夫か!?学園で辛い想いをしていないかっ!?」
「お兄さま、一体どうしたの?何をそんなに慌てているの?」
わたしがきょとんと首を傾げると、お兄さまは目に涙を浮かべて言った。
「っ……お前が望むならこの婚約は解消したっていいんだっ……!いくら相手が公爵家だろうと、不貞を働いたのは向こうなんだ!お兄ちゃんはシュガーが不幸になるような結婚には反対だからなっ……」
「婚約解消?不貞?何のコト?」
「何のコトって……お前、知らないのかっ!?魔法学園での第二王女殿下とブンちゃんの噂はこのクルシオにも届いてるんだぞっ!?」
「王女殿下とブンの噂……?」
あまりにも要領の得ない話ばかりなので、わたしが可動域ギリギリまで首を傾げると、それを見たお兄さまの涙がとうとう決壊した。
「シュガっ……鈍感にもほどがあるっ……!いや!この際鈍感の方が傷付かなくて済むのかっ……?そうだな、よし、いいぞっお前はこのまま何も知らないままでいろ?全てお兄ちゃんと父上に任せておけっ、向こうの有責で婚約解消をしてみせるからなっ……!」
お兄さまはそこまで言い、わたしをぎゅうぎゅうと抱きしめて来た。
「うえっ……モヤシっ子なのに結構力はあるのねっ……お兄さま、ぐるじいっ……!離じでっ」
抱きしめられた強さにわたしがキブしていると、
すっ……とわたしからお兄さまを引き離す手が出て来た。
「!……ありがとうブン……あ~苦しかった」
お兄さまはわたしを引き剥がしたのがレイブンだと知り、驚愕の表情を浮かべる。
そしてすぐに怒りを露わにしてレイブンに言った。
「ブ、ブンちゃんっ!!よくもこの家の敷居が跨げたなっ!!」
「お兄さま、ブンは足が長いからどんな高い敷居でも平気で跨げるわ☆それに我が家の敷居なんて、あってないようなものでしょう?」
「あはは!それもそうかっ♪
じゃなくてだな!シュガー、こっちに来なさいっ」
お兄さまはブンのそばに引き寄せられていたわたしを急いで自分の元へと引き戻した。
「妹を裏切っておいて良くそんな気安く触れられるなっ!」
お兄さまのその言葉に、レイブンはしれっと答える。
「だって裏切ってなどいませんからね」
「なっ何おうぅっ!?なんて太々しいっ……もう王宮中がブンちゃんと第二王女のラブラブな話で持ちきりなんだぞっ!!」
「……へぇ?」
「!?」
その瞬間、レイブンから漂う殺気にも似た冷たい空気にお兄さまは凍りつく。
「昨日までそんな噂の“う”の字もなかったのに、どうして今日一日でそんな事になっているんでしょうね?」
低ーい、腹の底から絞り出すような声でレイブンがそう言った。
「そ、そんなのっ……僕が知るはずないだろうっ!」
お兄さまはレイブンの圧に負けじと言い返した。
ぷぷっ、お兄さまってば声が裏返ってますわよ☆
「ごめんねブン。ウチのお兄さまが失礼なコトを言って。わたしが幼い頃に魔力の病に罹ったり異界の妖精に攫われそうになったものだから、心配性になってしまったの」
そう言うわたしの言葉を聞きながら、レイブンはわたしの肩を引き寄せ、自分の元に戻しながら告げた。
「大丈夫だよ。本当に婚約解消にでもなったら暴れるかもしれないけど」
レイブンはそう言ってから、次はお兄さまに向き直った。
「とにかく、それは全て根も葉もない噂に過ぎません。それについては我が公爵家で収拾に当たりますので、変な勘繰りはやめて大人しくしておいて下さい」
「根も葉もない噂だなんてっ!第一、今日だって王女殿下の馬車で一緒に下校したとっ……………ん?アレ?」
そうよねお兄さま。
今日もブンはわたしと一緒に下校したのよ。
しかもワード公爵家の馬車で。
現に今ここにブンがいるのが証拠よね。
「ねぇブン、どういうことかしら?」
「……多分、あちこちで囀り回る変な鳥がいるんだろう。捕獲して羽根をむしり取ってやらなくてはな」
「え、そんな可哀想だわ。羽根を取られちゃったら飛べないし、風邪をひいてしまうわ」
「シュガーは優しいな」
「あら、ブンの方が優しいわよ」
「俺が優しいのはシュガーにだけだよ」
「ブン……」
「おいっ!!僕の前でイチャイチャするなっ!
とにかくッ全ての疑いが晴れるまでこの縁談は一旦取りやめだっ!」
「そんな!お兄さまの分からずや!ケチ!モヤシっ子!」
「モヤシは関係ないだろう!ブンちゃんと王女殿下が本当に疾しい関係でない事が証明出来るまではダメだからな!」
お兄さまがそう言い放つと、レイブンは大きなため息を吐いた。
「はぁ……そんな事をしたら向こうの思う壺なんですよ。あちらの目的はソレなんですから……」
あちら?ソレ?はて?
うーん……もしかしてこの一連の噂の出所ってクレーマーゴッドの仕業なのかしら?
主人公の有利なように味方するって言っていたし……。
噂を流してシナリオ通りに戻していく考え?
そんな上手くいくものなのかしら……?
と、思っていたら、
次の日から実際に王女殿下とレイブンが仲睦まじく寄り添いあったり、手を繋いでいたという物理的な接触をしている目撃者が多数現れた。
王女殿下の熱心な支持者が多いA.Bクラスだけでなく、我がCクラスや写経同好会のメンバーにもその現場を目撃したとの情報がわたしの元へと多く寄せられる。
Cクラスで二人だけ居る、王女殿下の崇拝者であるエヴィ男爵令嬢とルント子爵令息が嬉々としてわたしに告げた。
「やっぱり王女殿下と公子はお似合いだったわ!仲睦まじく寄り添われるお姿なんて、まるで一枚の絵画のようでしたもの!」
「これでようやくわかったんじゃないか?お二人が真に愛し合っているという事が」
居丈高にドヤる二人を押し退けて、
他のクラスメイト達がわたしに言った。
「シュガー様……ワード公子は不誠実だと思います……」
「そうよね、こんなにいい子のシュガー様を裏切るなんて、許せませんわ」
「高位貴族として恥ずかしい行為だと思います!」
高位貴族の行為……
なんて事を思ってる場合じゃなかったわ☆
でもね~、なんか引っかかるのよね。
わたしはブンが王女殿下とイチャコラしている現場を見た!というクラスメイト数人に訊いてみた。
「二人の姿をいつ、どこで見られましたの?」
「私は昼休みに中庭で……」
「わたくしは昼休みに図書室でですわ」
「僕はランチタイムの生徒会室の前で……」
目撃した令嬢たちが口々に言い、
そして皆の頭に疑問が湧く。
「……ブンって、何人もいるのかしら?」
わたしのその言葉にオリエがツッコむ。
「そんな訳ないでしょ」
「じゃあ転移魔法が使えるようになったのかしら?」
「そりゃあレイは高魔力保持者だから出来るだろうけど、わざわざ昼休み中にピンクを一緒に連れて転移しまくりながらイチャついていたってわけ?」
「そうよね、変よね?」
目撃者の一人がなんだか不安そうに言った。
「……なんだか自信がなくなってきたわ、私…本当に見たのかしら……?」
「どういう事ですの?」
わたしが尋ねるとその子は額に手を当た。
「ちょっと待って下さいまし……そうよ、だって私は今日の昼休みは中庭になんて行ってませんもの。じゃああれは何処で見た光景なの……?」
「……わ、わたしも落ち着いて考えてみれば夢と現実が混同してるような、曖昧な記憶ですわ……でも普通はそんな事あり得ませんわよね……?」
「でも言われてみれば、その光景以外はなんだかモヤが掛かっていたような……げ、幻覚……?」
考えれば考えるほど不審な点が多いらしく、
クラスメイト達の顔色が段々と青ざめてくる。
そりゃそうよね。
なんとも気味の悪い話しだもの。
わたしは努めて明るく皆んなに言った。
「よし!じゃあわたしは婚約者権限をフル行使して、本人に問い詰めちゃおうかしら?もしホントに浮気なら、お尻ペンペンの刑よね!」
「……シュガー様……」
「頑張って……」
わたしの気持ちが伝わったのか、彼女たちの顔色が戻ってくる。
皆んなを巻き込んで申し訳ないなぁ。
おいコラ、クレーマーゴッド!
この世界の創造主なら全てのキャラクターを大切にしなさい!と言いたくなった。
今夜の夢で会えないかしら……?
でもその夜の夢に神サマは出て来なかった。
肝心な時に現れないんだから。
もう!ホントにやな感じの神サマだこと!