写経同好会!
「毎日生徒会室でパワーランチをする必要があるのか?」
俺は前々から思っていた疑問を執行役員皆の前で言った。
すると今年入学した一年の主席で、生徒会執行役員に選ばれたばかりの後輩が逆に訊いてきた。
「ワード先輩、急にどうしたんですか?」
「行事の前だったらわかるが何故とくに議題もないのにこうやって集まって昼食を共にしなくてはならないのか疑問なんだ。現生徒会になってからは毎回だからな」
俺がそう告げると答えたのは同学年の執行役員だった。
このハイラントの侯爵家の嫡男だ。
「それはほら、苦楽を共にする役員同士の結束を固めるためにだな。それに生徒会室に頼んでおいた学食が届くんだから便利じゃないか。わざわざ席を確保する必要もないし、役得だよ」
「俺は食堂で席取りするのも順番に並ぶのも苦ではないんだけどな」
「公爵家の嫡子の言葉とは思えんな~」
その時、男ばかりの生徒会室に音色の高い涼やかな声が響いた。
「何のお話をなさっているのかしら?」
クルシオ王国第二王女であり魔法学園生徒会会長のクルシオ=ド=ケイティ=トレス殿下が入室して来たのだ。
真っ直ぐに俺たちの方へと歩んで来る。
「いやね、ワードの奴が毎日ランチをここで食べる必要があるのかと言ってましてね?」
それを聞き、王女殿下が含みのある微笑みで俺に言った。
「あら、レイブン様はわたくしと食事を共にされるのがお嫌なのかしら?」
勿論そんな訳はないでしょう?という前提の基に言っているのが気に食わない。
「とくに議題のない時期はランチぐらい好きな場所で好きな人と食べたいと言っているだけです」
俺のその言葉に王女殿下はピクリと小さく反応した。
「好きな人?」
「せっかく婚約者が同じ校内にいるんです。彼女や友人連中と食事したいと思って当然でしょう」
「あぁ、卒業資格取得コースの方ね。ちょっと変わった方だとお聞きしたけれど」
「そうですね。少々個性は強めですが、でも初日に皆の前で言ったように、早く婚儀を挙げたいくらい好きな婚約者なんですよ。何故かその言葉は無かった事みたいになってるのが不思議で仕方ないんですけどね」
「……まるで噂になって欲しかったみたいな言い方ね?」
「嘘八百の噂が広まるより、真実が広まればいいと思っているだけです」
「そう……でも、より多くの人間が信じる物事なら、いつしかそれが真実になるのではなくて?」
「極論ですね」
「そうでもないわよ?集団の思い込む力は侮れないわ。いつの間にか、そちらの方向に流されているかもしれないわね」
「流されるつもりはありませんね」
「でも、貴方の婚約者のご令嬢はどうなのかしら?そういった学園内の潮流に流されてしまうかもしれなくてよ?そして飲み込まれてしまうかもしれない」
「ないですね」
「キッパリ言い切りますのね」
「俺の婚約者はパワフルですからね。そんな流れがあったとしても、バタフライで泳ぎながら逆流してくるでしょう」
「……それは逞しいわね」
「そうでしょう?」
俺と王女殿下の話を聞いていた他の役員が尋ねてきた。
「えっと……お二人で何の話を?」
「さあ?」「さっぱりわかりませんわ」
我が国の第二王女の思惑を確信しつつある俺と、
自らの望むものを手に入れようとする王女殿下との腹の探り合いで膨満感を感じた俺は、この日のランチタイムは何も食べずに生徒会室を後にした。
◇◇◇◇◇
「待ってました!今日から部活動開始!」
終業のチャイムが鳴ったと同時にわたしは両手を広げて立ち上がった。
クラスメイトみんなが笑ってる。
だってだって、写経同好会に入会するのを本当に楽しみにしていたんだもの!
体験や仮入部も全てスキップして、わたしは既に入会希望届けを書いている。
“写経同好会”はまだ正式な部ではないけれど一応生徒会にも認可され、チビット先生が顧問でもあるちゃんとした部活動なのだ♪
写経とはなんぞや?という生徒が多いコトには驚いたけど、
「写経とは、東方の国のホトケが説いた有り難い説法や経典などを東方の文字で書き殴っていくスポーツなのよ☆」
と分かりやすく説明してあげた。
オリエが「違うからね、書き殴ってなんかいかないし、スポーツでもないからね」と皆んなに言っていたけど、わたしの場合は写経はスポーツに等しい体力を要するのだ。
だって東方の国の“漢字”を用いて、愛しの婚約者レイブンへの有りったけの想いを渾身の力でその書体にぶち込んでゆく。
一枚書き終えると疲労困憊で脱力状態になる。
これをスポーツと言わずして何と呼ぶのか!
いやそれ写経じゃないでしょ単なる書道でしょ?とよくツッコまれるけど、学園に書道部はないし漢字ばかり書き連ねた書式はまさに写経。
(それって漢詩でもいいのでは?と思ったそこのあなた、お黙りあそばせ☆)
それにパッと見、写経に見えるから知らない人に読まれる心配もないしね☆
(ラブレターみたいなものだから一応恥じらいはありますのよ☆)
だからわたしは絶っ対に写経同好会に入る、それは魔法学園に入学する前から決めていたコトなのだ。
「オリエは何部に入るか決めたの?」
わたしが訊くとオリエは両手を振りながら答えた。
「私も来年にはサットン伯爵家に嫁ぐ身だからね、サットン家の花嫁教育に通わなくてはいけないから部活は無理ね」
「あらぁ……大変ね」
「あんたね、他人事みたいに言ってるけど、公爵家に嫁ぐシュガーの方が絶対大変だからね?」
「だって身一つで元気に嫁いで来てくれたらいいって、ブンもワード公爵も公爵夫人も言ってくれてるもの」
わたしのその言葉を聞き、オリエが白目になって天井を仰いだ。
「……我が国の筆頭公爵家の嫁取りがそんないい加減な事でいいのかしら……」
「いいんじゃない?」
「いいわけないでしょ、ウェディングドレスは?もう決まったの?」
「それはもうバッチリ♪お母さまと公爵夫人とブンと何故か家令のボンまで一緒にみんなでデザインを決めたの☆」
「じゃあもう縫製に入ってるわけね」
「そうらしいわ。だからこの一年で絶対に太るなっ!って言われてる。太っちゃったらどうするのかしら?」
「……写経でエネルギーを使うから大丈夫なんじゃない?」
「そうね♪」
そんなコトを言い合い、わたしは写経同好会の部室へ向かい、オリエは迎えに来ているサットン伯爵家の馬車で学園を後にした。
花嫁修行か……よし!今日認める内容を決めたわ。
今日は心を込めてブンのお嫁さんになったら頑張りたいアレコレを書こう。
そしてわたしは写経同好会の部室のドアを叩いた。
「頼もう!」
ノックの後に扉を開けて入室すると、そこには4名ほどの部員?会員?メンバーがいた。
その中の一人のメガネをかけた男子生徒が机から立ち上がってわたしの方を見た。
「道場破り!?いや、も、もしかして……け、けけけけけけ見会希望っ!?」
「いえ、わたしは……「あぁやっぱりそうだよね」
わたしの言葉に被せるように言い、その男子生徒は肩を落とした。
「写経をやりたいなんて生徒……早々現れないよね……」
その言葉を受け、他のメンバーも大きくため息を吐いている。
「5名以上いないと、いくら同好会といえど存続は出来ないそうなんだ……今年の新入生に僅かな望みを見出していたんだけど……」
なるほど。同好会として学園内で活動が認められるのも条件があるわけね。
最低でも5名という事か。
ひぃふぅみぃ……アラ、わたしを入れたら丁度5名じゃないですか♪
「ふふ、わたしは見学希望者ではなくて、入会希望者ですわ。今日から早速、同好会のメンバーに入れて下さると嬉しいのですが」
「「「「!!」」」」
わたしの言葉を聞き写経同好会の皆んなは、驚いて見開いた目のまま万歳三唱で迎え入れてくれた。
わたしはまず、漢字や書の手ほどきは不要なコトと、写経風に書きたいものを書いてゆくスタイルでもいいかと確認した。
「もちろん、写経同好会とありますが、漢字や書に親しんでくれればそれでいいんです。好きな物を書いてください」
とメガネくんが……同好会の会長さんのフロラン君が言ってくれた。
フロラン君はドニ公国の伯爵家の三男で、Aクラスだそうだ。
「まぁ!それじゃあレイブン=ワードと同じクラスなのですね♪」
「ワード公子と?ええそうですが、彼とお知り合いですか?」
「わたしの婚約者ですの」
「えっ……でも彼は……王女殿下と……」
「?」
フロラン君が何か言い澱んだその時、ノックの音が3回聞こえて部室のドアが開いた。
部屋の入り口の所から中を伺うのは今話題になっていた愛しのブンちゃんだった。
「ブン!」
わたしは喜んでレイブンの元へと駆け寄る。
「シュガー、そろそろ下校時間だぞ」
「え?もう?楽しい時間って過ぎるのが早いのね~」
結局今日はお話だけで文字は書けなかった。
まぁ明日も部活動は出来るものね♪
わたしは同好会の皆んなに挨拶をした。
「それでは皆さん、今日はこれで失礼します。明日からバンバン書くつもりなのでよろしくお願いしますね~♪」
「こちらこそ」
「よろしく~」
「また明日」
「やっぱり入会しないなんて言わないでね」
と、皆んなが口々に挨拶を返してくれた。
レイブンがわたしの鞄を持ってくれる。
「自分で持つわ?」
「俺がいる時は重い物なんて持たなくていい」
なんて言って手を繋いできた。
きゃふん♡
そんなわたし達の事を、
微笑ましそうに見てる人と、羨ましそうに見てくる人と、何かあまり良くない感情で見てくる人がいた。むしろそちらの人間の方が多いような気がする。
レイブンもそれに気付いたのかぽつりと呟いた。
「……この学園はなんかおかしい。良くない力が働いているような気がする……」
「え?何か言った?」
「いや。シュガー、イフは今でもお前と共に居るのか?」
「?うん。一昨日もウィリスを見つけてくれたの」
「そうか。ならいい」
「ブン……?」
レイブンはそれだけ確認して、その後は何やら考え込むようにしていた。
それになんだかいつもより歩調が早いような。
わたしは急ぎ足になりながら、ブンに手を引かれ歩き続けた。
そんなわたし達の様子をとある部屋の窓から見ている人がいたなんて、わたしは知る由もなかった。