またまた現れましたわね!
魔法生物のウィリスを助けるために高い木に登ったまではいいけど、自力で降りられそうもないわたし……。
どうしようかと困っていたら、婚約者のレイブンが現れた。
レイブンとも幼馴染であるオリエに、
「表情筋が仕事しない男」と言わしめるいつもの顔でわたしを見上げている。
でもわたしはレイブンは表情が豊かだと思っているのだ。
ちょっと人より表情の動きが僅かなだけでちゃんと色んな顔をしてくれるし、笑う時はとことん笑う。
今もきっとオリエや他の人にはレイブンが無表情に見えるかもしれないけど、アレは面白がっている顔だ。
その証拠に口角が一度ほど上がっているし、
目も2ミリほど大きく開いている。
そんなコトを考えていると、レイブンがわたしに言った。
「一緒に帰ろうと思って教室にまで迎えに行ったらこんな騒ぎになってるとは……やっぱり何か一つはやらかすんだな、シュガーは」
わたしは笑顔でレイブンに答えた。
「うふふ。やらかすつもりでやっているのではないのだけれどネ。不思議とこうなっちゃうのよネ」
わたし達のやり取りを、周りにいる学園に通う生徒達が見ていた。
2年の生徒の中でケイティ王女殿下に次いで高位のレイブンの一挙一動に皆が注目している。
周囲で一番高い所にいるからだろうか、生徒たちが小声で言っているコトがよく聞こえた。
「あの木登りしてる女子生徒は誰だ?」とか
「何故ワード公子と話してるの?」とか
「もしやアレがケイティ様を苦しめている婚約者……!?」
などがわたしの耳に入って来る。
そんなギャラリー達を他所に、レイブンがわたしに向かって手を広げた。
「ほらおいで、シュガー」
周囲がざわっと騒然となる。
「でもわたし、昔より体重が重くなったわ。風の精霊達に文句言われないかしら?」
「言われないよ。シュガーは羽根の様に軽いからな。さぁ、おいで」
レイブンがそう言ったかと思うと、わたしの体は風の精霊達により浮上した。
そしてそのままふよふよとゆっくり浮遊しながら降りて行く。
わたしはおパンツが見えないようにスカートを押さえるだけの簡単なお仕事をしながらそれに身を任せた。
そしてレイブンの所へと運ばれる。
レイブンは精霊からわたしを受け取り横抱きにした。
その途端、レイブンの腕にわたしの全体重が掛かる。
「!」
だけどレイブンは何事もなくわたしを抱えていた。
硬い腕の感触がわたしに伝わる。
「おっふ……☆」
わたしはレイブンを仰ぎ見た。
三日ぶりのわたしのブンちゃん。あ、さっき壇上にいる姿は見たから数時間ぶりか。
「ああ……ブンってばたった数時間でまた進化した?ステキ指数が更に爆上がりしているわ」
わたしがそう言うと、レイブンは吹き出した。
「ぶはっ、たった数時間で変わるかよ。それにステキ指数って、爆上がりって……クックックッ……」
と言いながら可笑そうに笑う。
そのレイブンを見て、周囲の生徒が驚愕の声を上げながらどよめいた。
「副会長が笑っている……だと……!?」
「あの万年無表情の公子がっ!?」
「それにあんな砕けた話し方……!」
あらまブンちゃん、皆さん貴方の笑い顔を見て驚いてらっしゃるわよ?
もしかして学校では笑ったコトがないのかしら?
そんなコトはないわね、ブンは結構笑い上戸だもの。
わたし達の元へオリエともう一人の幼馴染、サットン伯爵家次男のハリーが寄って来た。
ハリーは将来のレイブンの補佐官となるコトが決まっていて、当然レイブンと共に一年前から学園に通っている。
オリエが眉間にシワを寄せながらわたしに言った。
「まったくシュガー、あなたときたらもう……せっかく私が初日からトラブルを起こさないように気を配ったというのに……最後の最後でやってくれたわね」
それを聞き、ハリーは笑いながらオリエを宥める。
「まぁまぁ。このくらいなら上々じゃないか?それにしてもこの光景、久しぶりに見たな」
「この光景って?」
「レイがシュガーを木降ろしする光景」
「……これで最後にして貰いたいわ。成人してもこんな姿を見せられたら、たまったものではないわよ」
「ぶっ……確かに、ははっ」
オリエの正直なコメントにハリーが吹き出す。
その笑い声を聞きながらわたしはレイブンに言った。
「ごめんねブン。ありがとう、重いでしょ?もう降ろして」
「いや?せっかくだからこのまま馬車まで行こう」
せっかくってナニ?
「今日、この事もちゃんと噂になって広がって行くのか丁度見極めになるからな」
ミキワメ?
でもレイブンはわたしに説明する気はないらしく、そのままスタスタと歩き始める。
そんなレイブンに男子生徒の一人が声を掛けて来た。
男子制服の詰襟の学年章から見るに、専門履修コースの二年生のようだ。
AクラスかBクラスかは知らないけど。
「あの……その女子生徒は公子様の…こ、婚約者、ですか……?」
その質問にレイブンは無表情で、
(ホントはそんなくだらない質問をするなとムっとしている時の顔だけど☆)答えた。
「そうだけど。それが何か?」
「こ、こ、婚約者の方とは不仲だと聞いてたんですがっ……」
尚も食い下がる男子生徒を見てオリエが、
「ち、ピンクの狂信者か……」と呟いた。
レイブンはわたしを横抱きにしたまま男子生徒に告げる。
若干ドヤりながら。
「ああ、否定しても否定してもウジ虫のように湧いてくるあの噂の事か。俺たちのこの様子を見て、それが真実でないとようやく理解して貰えるといいのだが。見ての通り、婚約者との仲は良好だ。いやそれ以上かな。婚儀まであと一年、待ち遠しいよ」
そう言ってレイブンはっ……ブンちゃんはわたしのこめかみにキスをしたっ!
観衆がどよめく。
中には悲鳴も聞こえたような気が……。
しかも一人、モリス先生の「きゃーっ♡」だけは異質だったような。
男子生徒は顔を赤らめ、そして言葉を無くして立ち尽くしている。
それを一瞥し、レイブンは茹でたエビの様になったわたしを抱え、そのまま歩き去った。
その後は追いかけて来たオリエとハリーと4人で迎えに来てくれていたワード公爵家の馬車に乗り、帰路に着いた。
「はっ!?えっ!?家っ!?」
次に気が付いた時はもうハイト伯爵家の夕食時のテーブルの前だった。
さすがはわたし、放心状態であってもちゃんと食事はしていた。
しかも咀嚼中。
子羊のソテーの旨味のおかげで我に返ったようだ。
その後も一口一口食事の美味しさを噛み締めながら、
さっきレイブンが言ってた言葉も噛み締める。
仲は良好だって……!
婚儀が待ち遠しいって……!
きゃふーん……♡
わたしだって早くブンのお嫁さんになりたぁぁい!
おまけに……
ち、ち、ちちちち、ちっす♡までもっ!!
そしてその感触とその時香ったブンの香りを思い出し、わたしは身悶えした。
お父さまがカトラリーを落とし、お兄さまが椅子から飛び上がり、お母さまが呆れて首を横に振っていたまでの記憶はある。
「はっ!?えっ!?ここは何処ッ!?」
次に気が付いたのはまたあの足元には白いフワフワが広がり、頭上には満天の星空が輝く場所だった。
またあの夢をみているらしい。
というコトは、わたしは食事中に身悶えした後もちゃんとお風呂に入り、ちゃんとベッドで眠ったようだ。
偉いわ、わたし。
するとやはり聞こえてくるあの声……
ーー困るよシュガー……
「またまた現れましたわね、クレーマーゴッド☆」
ーーなんだよソレ。変なあだ名を付けるのやめてくれない?
「だってわたしをここに呼び出したというコトはまたクレームを仰りたいからでしょう?」
ーーまぁそうだけど。
「お聞きしましょう。今度は何のクレームですの?」
ーーキミの所為で私の影響力が及ばないキャラが出て来ている。
「あら、誰ですの?」
ーー教えてあげないよ。
「まぁ神サマなのにどケチですこと」
ーーシナリオ通りに動いてくれないなら、せめて邪魔をしないで貰えるかな。
「邪魔?」
ーーヒロインとヒーローの恋路の邪魔。
「わたし、何もしておりませんわよ?」
ーーキミが何かするとレイブンの神経が全てキミに向かうんだ。キミの為に少しでも時間を取ろうとするし。ケイティとレイブンのストーリーはほとんど生徒会室で起きるのに、レイブンが驚異的な速さで仕事をこなしてさっさと生徒会室から居なくなってしまうんだよ。これじゃあ物語が進まない
「わたしに言われましてもねー☆」
ーーホントに困るんだよね。まぁ全体的には物語の強制力で影響下に置けるんだけど、キャラの一人一人の行動が予測できないモノになってきてるんだ。これ以上シナリオから外れると、何が起きるか知らないよ。
「知らないって、神サマが考えた物語でしょう?」
ーーそうさ。それなのに上手くいかないから怖いんじゃないか。もうこうなったら私も黙ってない。全面協力でケイティの味方に付くからね。
「え~ズルいです!エコ贔屓反対~☆」
ーー私の可愛い主人公だからね!キミは悪役に過ぎないんだから図に乗らないでくれる?
「悪役ではないし、図にも乗ってませんわ」
ーーふん!ホントに可愛くないんだから!キミはただ、物語が本筋通りに進んでいってケイティとレイブンが結ばれる姿を指を咥えて見ていればいいよ。
「まぁ憎たらしい。イフちゃんに怒って貰おうかしら」
ーーイフちゃん?
「あら、この世界の創造主ならご存知なんじゃありませんの?」
ーーふん!
そう言ったきり、
神サマの声は聞こえなくなった。
そして目を覚ます。
いつものわたしの部屋のわたしのベッドの上だった。
さっき夢の中で神サマに言われたコトを思い出す。
王女殿下と神サマでタッグを組むなんてちょっと卑怯じゃないかしら?
わたしってそんなに悪いコトをしてる……?
…………………してないわね☆
わたしはただ、大好きなレイブンのコトを大好きでいるだけ。
それの何がいけないというの!!
だからわたしはわたしで変わらずレイブンのコトを好きでいる。
この先どうなるかはわからないけど、それはどんな人の人生も同じだもの。
例え物語の強制力とやら働いてブンがわたしよりもケイティ殿下の方が好きになってしまったとしても、わたしの想いは変えられない。
わたしはわたしの想いを大切にしてゆくだけ。
さ、もう一寝入り!
わたしはフカフカのコンフォーターを首もとまで被って再び眠りについた。




