入学式からの〜オリエンテーション③
入学式が終わり、その後直ぐに学園内の各教室や施設などの説明や見学やその他諸々が折り込まれたオリエンテーション中のわたしとオリエ。
わたしは早くも同じCクラスの級友達とも打ち解けていた。
昔から友達を作るのは得意なのだ。
だけどこの時、2名のクラスメイトだけは何故かわたしに敵意を露わにして来た。
この2名は、去年卒業した生徒の弟と妹だそうで、どうやら兄や姉から色々と聞かされて入学したらしい。
「私のお兄様が言っていましたわ、我が国のケイティ王女殿下とワード公子様は運命の相手同士であるのにも関わらず、公子様の幼い時に結ばれた婚約の所為で想いを告げ合う事が出来ずにいると。とても見ていられないくらいに、ケイティ殿下がお可哀想だと!」
と、声も高らかに言って来たのはクルシオ王国のローラ=エヴィ男爵令嬢で、
「僕の姉上も散々嘆かれていた。王女殿下は一途にワード公子を愛しておられるのに、公子の婚約者に申し訳ないとご自分から身を引こうとされていると!」
と唾を飛ばしながら言ったのがローラント王国のケーリオ=ルント子爵令息だ。
そんなコトわたしに言われても仕方ないのになぁ~。
「分不相応にワード公子様を縛り付けていないで、あの方を解放して差し上げたらどうなの!!」
「えーー」
「キミ自ら婚約を辞退するべきだ!!」
「イヤです☆」
「なっ……!?」
わたしがキッパリと断ったのがお気に召されなかったのかしら?
エヴィ嬢もルント様も顔を真っ赤にして鬼の形相で睨み付けて来た。
だからわたしは赤鬼さんにもわかる様に、丁寧に教えて差し上げた。
「当家の方から婚約の辞退と言っておられましたけど、この縁談はワード公爵家から頂いたお話だと聞いてますわよ?文句があるなら直接ワード公爵家にどうぞ?」
「そ、そ、そんな事できる訳がないだろうっ!」
「そうよ!なんて非常識な人なのっ!?」
「えー、他国の家門の婚約に口を挟む方が非常識だと思うけどなぁ~」
おっとぉ?考えてみれば、わたしはいつも非常識だと言われる事には慣れてるけど、人に言ったのは初めてかも!
凄い!なんだかわたしってばオトナになった感じ!
この日は非常識記念日として、毎年お祝いしちゃおうっと♪
わたしがそんなコトを考えている間にもレヴィ嬢とルント様は何か言っていたけど、わたしの耳には入っていなかった。
わたしがもう違う思考に夢中になっているのを悟ったのだろう、オリエが二人に向かって言い放った。
「あなた方は初等教育からやり直した方がいいのではなくて?婚約とは、家と家との約束事です。一時の感情で左右されてはならないものの筈ですわ。そんな事もわからないなんて…えっと…こういう時なんて言うのだったからしら、あっそうそう、プリンの角に頭をぶつけて死んじまえ……でしたわね」
「な、なんだとっ!?」「なんですってぇ!?」
バッサリと切り捨てたオリエの言葉に逆上した二人が詰め寄ろうとした瞬間、わたしは思わず間に割り込んだ。
そして今の素晴らしい発言をしたオリエに言う。
「ちょっ……えっ?プリン!?プリンの角に頭をぶつけて死ねるのっ?凄いっ!でもプリンの角ってどこっ!?あ、四角いプリンもあったわね☆でもゼリーの角でも有効なのかしらっ?何か魔法が絡んでいるのかしらっ?」
一人で大盛り上がりのわたしを見て馬鹿馬鹿しくなったのか、はたまたもう休憩時間が終わるからなのか、レヴィ嬢とルント様は不機嫌な顔をして引き下がった。
その後もしばらくわたしは、プリンの角で致死的な効果を得られる根拠を動力学と魔法力学両方の観点から、独自の理論を立てていった。
その話をオリエは面倒くさそうに横でハイハイと聞きながら、次のオリエンテーションの部屋“魔法生物研究室”までわたしの手を引いてくれた。
“魔法生物研究室”
その名の通り、魔法により生み出された生物を生育、管理、そして研究をする為の場所だそうだ。
責任者は魔法生物学の教諭、ナンシー=モリス先生。
この部屋に入り、魔法生物を目にした途端、わたしの興味はプリンから様々な魔法生物へと移った。
研究室の設備や備品などの説明を受けながら、時折目に付いた魔法生物についてモリス先生に質問した。
「先生、この大型のリスみたいな魔法生物は、どんな魔法から生み出されたのですか?」
わたしは飼育ケージに入っている、小型犬ほどの魔法生物を指し示す。
それを受け、あまり魔法生物に興味を示す生徒が少ないのか、若干嬉しそうにナンシー=モリス先生が答えた。
「あぁ……それはですね!風の精霊が憑依したリスに植物の成長を促す魔法を掛けて生み出された生物です」
「なるほど……!この子のお名前をお聞きしてもいいですか?」
「へ?」
魔法生物の名など聞かれるとは思っていなかったのか、モリス先生は一瞬驚いて、そして一瞬躊躇いがちに答えてくれた。
「………ウィリス……です」
「あ、もしかして風の精霊とリスを掛けてます?それともモリス先生のお名前も掛けてあるのでしょうか?」
わたしのその言葉を聞き、モリス先生はパッと嬉しそうに笑顔を綻ばせた。
「そうです!」
『ぷ、先生ってなんだかカワイイ♪』
好きな分野に興味を示して貰えるのって嬉しいものね!
部活は写経同好会に入るつもりだけど、その合間にこの研究室のお手伝いもさせて貰いたいな♪
そして魔法生物研究室の見学を以てオリエンテーションは終了となった。
クラスで仲の良くなった女子数名とオリエとでランチを食べる。
魔法学園名物の食堂だ。
「わたしはここの食堂で学食を食べる為に入学したと言っても過言ではない!」
とわたしが高らかにに宣言すると、周りにいた他のCクラスのメンバーに拍手喝采を貰った。
それを横目で見遣りながら、オリエがわたしに尋ねてきた。
「今日は仕方ないとして、これからのランチタイムはどうするの?愛しの婚約者サマと一緒に食べるの?」
わたしはカトラリーを手にしながら答える。
「うーん……一緒に食べたいんだけどね~、ブンは生徒会の執行役員のメンバーでのパワーランチをする事が多いんだって」
「あらまそうなの」
「ち、じゃあピンクも一緒に食べてる訳ね……」
というオリエの声が聞こえた気がしたが、早く食べてしまわないとデザートのジャンボプリンパフェを食べる時間がなくなるので、わたしは慌てて食事に取り掛かった。
ランチの後、初めてCクラスの教室へと入る。
担任のダビット先生は小柄なお爺ちゃん先生だった。
わたしよりも背が低くてカワイイのだ。
わたしは心の中で彼をチビット先生と呼ぶ事にした。
それをオリエにこっそり話したら、
「いつか絶対、うっかり口に出して呼んでしまうわよ?」
と言われた。
アリエル……気をつけねば☆
改めてクラスメイト一人一人の自己紹介を終え、ホームルーム終了と共に、初日の予定は全て終わった。
タイミングよく聞こえたチャイムにわたしは感動する。
本当に学生になれたんだ……!
だってずっと憧れていたんだもの。
幼い頃は魔力コントロールが上手く出来なくて学校には通えなかった。
だから本当に嬉しい!
これから一年間、毎日学園に通える……!それだけでワクワクが止まらない。
「シュガー、帰りはどうするの?また公爵家の馬車で?」
オリエに訊かれてそういえばと思った。
帰りの事はブンから何も聞いていない。
どうすればイイんだろう?
悩んでいると、魔法生物学のモリス先生が血相を変えて教室に飛び込んで来た。
「あっ……良かった……ハイトさんまだ居たのですねっ……あの、折り入って頼みがあるのです」
「先生?どうかされましたか?」
モリス先生の顔色があまりに悪いので、オリエが心配そうに先生に尋ねた。
「あのっ…そのっ…実はさっきの魔法生物が……ウィリスがケージの掃除の機みに校舎の外へ脱走してしまって……でも他の教師にも生徒にも頼み辛くて……あの……出来れば……」
言い難そうにゴニョゴニョする先生にわたしは頷いた。
「わかりました!一緒に探しましょう!」
「え?いいの?」
「だってウィリスくん、ちゃん?可愛かったんですもの♪その代わり、わたしを魔法生物研究室の雑用係に任命して下さいませね」
わたしがそう言うとモリス先生は何度も首を縦に振って頷いてくれた。
オリエも一緒に探してくれるというので、わたし達3人は手分けして魔法生物研究室周辺の木々を見て周る。
モリス先生の言うコトにゃ、ウィリスは素がリスだった為に木に登るのが好きなのだそうだ。
何それ、そのまんまリス。カワイイ♡
「さて、じゃあお願いしちゃおうかな」
わたしはこう見えて探し物が得意なのだ。
なんたってわたしには強力な助っ人がいるからね♪
わたしはこっそりとその子に耳打ちした。
耳がどこかは知らないけど☆
そうしたらホラ、直ぐに見つけて知らせてくれた。
正門近くのエントランスの大きな木の上に隠れているらしい。
わたしはその木の所へと向かう。
大きな木を見上げると、上の方の枝の所で蹲ってる魔法生物のウィリスを見つけた。
わたしはウィリスに声を掛ける。
「ウィリス~おいで。モリス先生の所に帰ろう」
ウィリスは怖いのか固まって動けないようだ。
自分から外に出たくせに、沢山の人や見た事もない物に怯えたのだろう。
早く助けてあげたかった。
仕方ない、久しぶりにやるか!
制服はスカートだけど、誰もこちらに気付いていないから大丈夫だろう。
よし、見つかる前に短期勝負だ!
わたしは手で掴む枝、足を置く枝を瞬時に下から見極めてから……一気にウィリスがいる場所までよじ登った。
木登りなんて何年ぶりだろう。
それでもブランクを感じさせない見事な登りだったと思う。
ウィリスの居る枝まで登ると、さっき会ったおかげかウィリスはわたしの元へと自分から来てくれた。
そしてわたしにしがみ付く。
「きゃふーん……なんてカワイイのっ♡」
わたしは枝に腰掛け、足はブランコに座っているみたいに宙ぶらりんにしてウィリスをお膝に乗せた。
「ふふ、気持ちいい♪ウィリスのおかげで久しぶりに木登りが出来たわ」
でも気が付くと……木の下では大騒ぎになっていた。
新入生が木登りしてるのがそんなに珍しいのかしら?
みんな仰天してわたしの事を見ているわ。
騒ぎを聞きつけて、オリエとモリス先生が駆け付けた。
「シュガー!なんでわざわざあんたが木に登るのよっ!人を呼びなさいよっ人をっ!」
オリエ様が眉間にシワを寄せて怒っていらっしゃる。
流石に17歳にもなってまずかったかしらん☆
するとウィリスはモリス先生の姿を見つけた途端、わたしの膝の上から飛び降りて先生の胸へと飛び込んだ。
モリス先生は心の底から安堵した様子でウィリスを抱きしめた。
そして木を見上げてわたしに言う。
「ハイトさーん!ありがとう!おかげでウィリスが無事に戻ったわー!貴女も早く降りて来て下さーーい!」
「え?」
………………降りる?
「降りる……」
黙り込むわたしを見てオリエが言った。
「あんたまさかまた……?」
「うふふ……またみたい……」
わたしは子どもの頃から木登りは得意だ。
だけど、木降ろしは苦手なのだ☆
「なのだ☆じゃないわよ!どうするのよっ!」
「アラ、声に出てた?」
下でぷんすこしてるオリエを見ながらわたしは思案した。
どうする?
思い切って飛び降りちゃう?
でもそれにはちょっーと高いかしら……
それにおパンツが見えてしまうわ。
あ、タイツを穿いているからセーフかしら。
うーん困ったわ、どうしましょう。
昔ならこういう時、いつも颯爽と現れてくれたのにな。
どこにいても、何故かわたしのピンチがわかるみたいで、必ず駆け付けてくれた。
さすがに学園に通うようになって忙しい身になったからには無理よね。
でもきっと、以前までなら「シュガー」とわたしの名を呼んで助けに来てくれたんだろうな。
わたしのヒーロー。
そう。彼はわたしだけのヒーローだった。
「シュガー」
そう、あんな風に優しくわたしの名を呼んでくれて………ん?
わたしは木の上からぶら下がる自分の足越しに下を見た。
そしてそこには今考えていたその人がいる。
「………ブン」
あれま、やっぱり来てくれたわ。
木の枝に座るわたしの下に、婚約者のレイブンが現れた。