今さら悪役令嬢とか言われましてもネ
「お母さま、レモンの蜂蜜漬けってこれで足りるかしら?」
「足りなくなればまた作って持って行ってあげればいいわよ」
「そうね。赤ちゃんのおくるみとかお洋服もプレゼントしたいし♪」
今日は学園はお休みの日。
わたしは朝からジェスロへ行く支度で忙しくしていた。
先日ヒィおじぃちゃまから聞かされた嬉しい報告。
それはヒィおばあちゃまが数十年ぶりに妊娠した事だった!
キャ~~♡パチパチパチ!
なんせ妊娠は数十年ぶりだし(ヒィおばあちゃまとヒィおじぃちゃまは、精霊王の愛し子という不老長寿なのだ☆)今回は悪阻が酷いらしく、ヒィおばあちゃまは洗面器を抱いたままベッドから動けなかったらしい。
近頃ようやく酷い吐き気も治り、起き出せるようになったので、必要な物を届けがてらお顔を見に行く事になったのだ。
ヒィおばあちゃまリクエストのクルシオレモンの蜂蜜漬けを携えて♪
ジェスロへは、ブンの転移魔法でお兄さまも交えて三人で行く事になっている。
「でもお母さま、曽祖母から生まれた人はなんと言うのかしら大叔父?大叔母?それとも遠縁の分類?」
「さあ……?こんなケースは滅多にないでしょうからね。でも、“家族”でいいんじゃない?」
「家族……そうね!みんな家族だわっ!また一人、家族が増えて嬉しいっ!」
「ふふ、本当にそうね」
お母さまとそんな会話をしていると、お兄さまとレイブンがわたしの部屋に入って来た。
お兄さまがわたしに訊く。
「シュガー、用意は出来てるか?」
「もちろん。お兄さまソレは何?」
「絵本だよ。お腹の赤ん坊にプレゼントするんだ」
「え?まだ早いわよ」
「早くないさ。声に出して読むと、ちゃんとお腹の中で聞いてるらしいよ」
「わぁステキね♪聴覚は早い段階で発達するのかしら……?視力はどうなるの……?」
「ストップ。シュガー、そろそろ行くよ」
わたしがまた思考の旅に出そうになったのをレイブンが引き止める。
「あ、は~い☆」
お母さまがわたし達に言う。
「お婆様とお爺様によろしく伝えてね」
「は~い♪じゃあ行ってきます!」
わたしのその言葉を合図に、レイブンはわたしとお兄さまを連れてジェスロへと転移した。
ジェスロのお家の大きな木の前に到着する。
久しぶりに来れた♪
わたしがドアをノックすると中から、
「はーい、開いてるわよ~」という声が聞こえた。
ヒィおばあちゃまの声だ。
「こんにちは~♪」と言いながらドアを開けると、居間に置かれたソファーに座って編み物をするヒィおばあちゃまの姿が見えた。
「ヒィおばあちゃまっ!」
わたしは急ぎソファーの隣に座ってハグをする。
「ふふふ、シュガーが相変わらず甘えたさんね」
「ヒィおばあちゃま、会いたかったぁ」
「わたしもよシュガー。今回も大変だったわね、無事で本当に良かったわ。ゴメンねわたしの厄介な魔力の所為で……」
「ヒィおばあちゃまは悪くないわっ!それに魔力を分けて貰えなかったらわたしは死んでいたんだものっ」
「シュガーは優しい子ね。レイブン、シュガーを助けてくれてありがとう」
ヒィおばあちゃまはレイブンの方を見てそう言った。
「いえ。自分の婚約者を守るのは当然の事です」
「ふふ、頼もしいこと。アスーカルも良く来てくれたわね、少し見ない間に逞しくなったんじゃない?」
ヒィおばあちゃまにそう言って貰って、お兄さまは嬉しそうに胸を張りながら答えた。
「大お婆さまの煎じ薬のおかげです。もう簡単に熱を出さなくなりましたよ」
「良かったわ!また今日も持って帰ってね」
「ありがとうございます」
そうだ、大切な事を忘れていた!
「ヒィおばあちゃま、ご懐妊おめでとうございます♡」
「アラありがとう。でもふふ…少し恥ずかしいわ」
「恥ずかしがる事ないわ!おめでたい事だものっ♪」
「そうね、ありがとう」
それからわたしは持って来たレモンの蜂蜜漬けを、お兄さまは赤ちゃんに絵本を、そしてレイブンは膝掛けをプレゼントした。
残念な事に、ヒィおじぃちゃまとイグりん☆は急にハイラムの王様に呼ばれて王宮に行ったそうで、今日は留守だった。
でもイグりん☆がケーキやパイやキッシュを沢山作っていてくれたので、それを美味しく頂きながら、わたし達はヒィおばあちゃまと楽しいひと時を過ごせた。
赤ちゃんの誕生は来年の春頃だそうだ。
その後直ぐに、わたしとレイブンの結婚式がある。
オリエとハリーのお兄さまの結婚式もあるし、
来年の春は慶事がいっぱいだ♪
そうしてまた、わたしは日常に戻ってゆく。
魔法学園で学食に舌鼓を打ち、部活動に熱く燃え、魔法生物室のお手伝いに癒される♡
勉学はどうした?とは言わないで。
こう言ってはなんだけど、学校で学ぶ内容は既に全部頭に入っているのだもの☆
「だもの☆じゃないわよっ、だからといって試験は受けなくていいわけじゃないんだからね!さっさと試験範囲のメモを取りなさいっ」
アラまた口に出ていたらしい☆
オリエ様に喝を入れられ、わたしは雑記ノートを開いた。
ノートの開いたページに書かれていたものにオリエが気付く。
「シュガー、その木の絵の様なものは何?」
「コレ?コレはファミリーツリーよ。いわば家系図ね。歴史ある王家には“エンシェントツリー”という家系図を樹木に見立てたものがあると聞いたの。それをわたしの家族で作ってみたのよ」
「へぇー、凄いじゃない」
「まだ試し書き……といったところなんだけどね、いずれそれをタペストリーにでもしたいなと思っているの」
「ますますステキね。ふーん、高祖父母から始まっているのね」
「うん。あんまり遡り過ぎても大変だしね」
「そうね。そして新しい枝葉のところにシュガーとレイの名前も刻まれるわけね」
「うふふ♡」
「俺の名前がなんだって?」
放課後の教室でオリエと二人で居たところにレイブンとハリーが迎えに来た。
二人の生徒会での仕事が終わるまで待っていたのだ。
「シュガーがファミリーツリーとかいう家系図を作成中なんですって。そこにいずれレイブンも名を連ねるのねって話をしていたのよ」
「へぇファミリーツリー」
レイブンはわたしがノートに書き出しているファミリーツリーをじっと見ていた。
オリエはこのままハリーと共にサットン伯爵家へと行くのだそうだ。
婚約者であるハリーのお兄さまとご両親と夕食を共にするのだとか。
オリエが幸せそうでなによりだ。
学園の停車場へとレイブンと手を繋いで歩く。
以前はわたし達のその姿を敵意丸出しで見て来る人もいた。
わたしが王女殿下とレイブンとの仲を引き裂く悪役令嬢だと思われていた為らしい。
それは図らずもクレーマーゴッド改め妖精王子エルムントの思惑通りになっていたわけだ。
でもそれが嘘だったと知れ渡り、わたしが悪役令嬢ではなかったとの見解になったそうなのだ。
悪役令嬢だなんて、ホント失礼しちゃうわね。
まぁ少々灰汁の強い令嬢だとは思うけどネ☆
ぷぷ☆
「何を一人でニヤニヤしてるんだ?」
「え?ニヤニヤしていた?」
「さっきのファミリーツリーの事を考えていたのか?」
「うん?……まぁそんなとこかな☆」
レイブンは校庭にある大きな木を見上げながら言った。
「ファミリーツリーか……」
「どうしたの?」
「凄いよな、元は夫婦二人で始まったんだ。そして子が生まれ、孫が生まれて、曾孫も生まれいずれ玄孫まで……」
「ふふ、ヒィヒィおじぃちゃまからしたらわたしは玄孫ね」
「コルベール卿から見れば俺達の子どもが玄孫になる」
「えっ」
オレタチノコドモ……わたしとレイブンの……
ボンっと爆発したように真っ赤になったわたしの顔を見てレイブンが笑った。
「早かったら来年の今頃はシュガーのお腹の中には赤ん坊がいるかもな?」
「えっ?来年!?」
「可笑しな話じゃないぞ。結婚して直ぐに子どもを授かる夫婦もいるそうだからな」
「そ、そう……」
わたしはもう恥ずかしくって俯いてしまう。
完全にレイブンに遊ばれている。
「シュガー」
「な、何?」
「早く結婚したいな?」
「………うん」
その時のブンちゃんの色気たっぷりの微笑みときたら……
もう……降参です。
事実、
わたし達の第一子はハネムーンベイビーだった☆
赤い髪の可愛い女の子、シュリア。
古代の言葉で「大切な人」という意味があるらしい。
シュリアというその名は、ヒィおじぃちゃまが贈ってくれたものだ。
ヒィおばあちゃまとヒィおじぃちゃまの第二子のジードとはいい遊び相手になれそうだ。
ジードはヒィおばあちゃま譲りの黒髪の貴公子だ。
名付け親はもちろんイグりん☆で、これも古代の言葉で「希望」という意味らしい。
イグりん☆のステキなネーミングセンスにはビックリだ。
そしてまたファミリーツリーに新しい名前が刻まれる。
いずれシュリアやジードからも枝分かれして更に名前が刻まれてゆく。
それは確かにその時代を生きた家族の証。
それこそが本当の物語だ。
この世界の一人一人が主人公。
悪役だとかヒロインだとか関係ない。
みんなが自分の人生の主人公なのだから。
「タペストリー、出来たのか」
発注していたわたし達のファミリーツリーをタペストリーにしたものが出来上がった。
それを壁に掛け、満足そうに見ているわたしに夫のレイブンが声をかけて来た。
「ええ。ようやく♪」
「見事なものだな」
「これからもこの木は成長していくなんて、まさに樹木そのものよね」
「そうだな」
「でも作るのはもう少し後にすればよかったわ」
「どうして?何が問題でも?」
「だってもうすぐまたここに一人、名前が刻まれるんだもの」
「え」
「ふふ」
愛しい旦那様に可愛い子ども達そして大切な家族。
わたしは今、本当に幸せだ。
わたしが悪役令嬢だとクレームをつけてくる声は
あれ以来聞こえて来ない。
まぁ結界も張った事だし、成人にもなった。
だからもう今さら、
悪役令嬢と言われましてもネ。
あ、結婚したんだから悪役夫人か☆
おしまい☆
これにて完結です。
精霊の愛し子となったツェリシアとアルトのその後とその子孫達との関係性を書きたくて考えたお話です。
二人の子孫で、どのくらいまで交流があるのか……少なくとも玄孫の子どもくらいまではあるのかな?
でもきっと、その後になってくると交流は無くなっていってしまうのではないかな……とも思っております。
稀有な存在を畏怖する者、自分も不老長寿になりたいと言う者、子孫達の婚家との関わり等、きっと様々な理由でフェードアウトしていくのだろうなぁなんて考えてしまっていたりもします。
だからこその家族の絆としての眩しい瞬間……交流は無くなっても、ファミリーツリーは永遠に成長してゆく事でしょう。
でもきっと、ツェリもアルトも、イグりん☆と共に変わらず楽しく暮らしていくんだろうなぁ♪
今回は大きな賢者サマはその存在だけの出演となりました。
なのに名前だけでも大きな存在☆
きっとこういうキャラは二度と生み出せないと感じるほどです。
次はどのお話で彼が出てくるか、楽しみにして頂けましたら嬉しいです。
さて次回作ですが、
次はおっとりヒロインで…と思っておりましたが、ちょっと構想を練り直したくなったので一旦引っ込めます。
なので違うお話を投稿する事に致しました。
タイトルは
『裏切られた妻は今日も美味しいマフィンを焼く』です。
文字通り夫に浮気された妻がマフィン屋を切り盛りして行くお話です。
なんだそりゃ?と思われたそこのあなた、読んでみて頂けると嬉しいです。
月曜日からの投稿予定です。
よろしくお願いします!
そしてここではまだ詳しい事は書けませんが、先日Twitterの方でお知らせした、某作品の電子書籍化が決まりそちらの方も加筆分を書き初めております。
結構な文字数(確実に2話分以上は増える)の加筆となりますので、配信されました時にはお読み頂けると光栄です。
それでは、今作もお読みいただきありがとうございました。
本当にいつも読者様には感謝の気持ちしかありません♡
作者のエンジンは皆様でございます。
それでは、ありったけの感謝を込めて。
ありがとうございました!
キムラましゅろう




