わたしのヒーロー
「ブン」
出会ってから幾年月、巡る季節の移ろいの中でいつもあなたと一緒にいた。
いつもどんな時も優しい眼差しをわたしに向けてくれる大好きな人。
わたしが困っている時は必ず駆けつけてくれた、
わたしのヒーロー。
わたしだけのヒーロー。
本当に、本当に大好きなの。
結ばれるのなら彼とじゃなきゃ考えられない。
あともう少しで彼のお嫁さんになれたのに……
もう、ダメなの?
もう会えないの?
ブン……レイブン……
「レイブン」
「シュガー……!気が付いたのっ?」
「!?」
突然お母さまの声が聞こえて、わたしは驚いて目を開けた。
目の前には見慣れた天井。
そして涙でアイラインが崩れてパンダ目になったお母さま。
「……お母さま……どうして……?」
「良かった……シュガー…あなた、丸3日も眠り続けていたのよ?」
「え……3日……っというかここはわたしの部屋っ!?」
わたしは仰天して飛び起きた。
「っ~~~……!」
だけど3日も寝ていた所為か途端に目眩に襲われる。
「シュガー大丈夫?とりあえずお水を飲みなさい」
そう言ってお母さまが水の入ったグラスを渡してくれた。
「ゆっくりよ、ゆっくり口に含んで飲みなさいね……」
わたしはお母さまの介添えでグラスの水を飲んだ。
冷たい水は喉ごしが良く、おかげで気分がスッキリした。
わたしはお母さまに尋ねた。
「お母さま、わたしどうなったの?たしかエルムントに眠らされたと思うのだけれど……」
「レイブン様とお爺様が救って下さったのよ」
「え?」
ブンとヒィおじぃちゃまが?
「お二人が転移魔法であなたの後を追って、異世界に連れ去られる既のところで救い出してくれたの」
「妖精王子は?エルムントはどうなったの?」
「レイブン様からお聞きした内容をそのまま告げるだけになってしまうけど……」
と前置きを入れて、お母さまは事の顛末を話してくれた。
あの時………
わたしはエルムントに眠らされて意識を完全に失い、地面に倒れ込む寸前に……
「シュガーっ!」
転移して来たレイブンによって抱き抱えられたらしい。
エルムントがわたしに触れようとしたその瞬間に間に合ったのだ。
そして直さまエルムントに風の精霊で切り付けた。
「っ!!」
エルムントが怯んだ隙に身を翻して距離を取り、
わたしを奪われた怒りで向こうの妖精本来の姿に戻ったエルムントと対峙したそうだ。
「僕の花嫁を返せっ!」
「貴様の花嫁ではない。俺の妻になる人だ。異界の女性にちょっかい出してないで自分の世界で嫁を探せ」
「彼女のような属性の魔力はそうはいない。
ウチの一族に是非とも欲しい血と魔力だよ。
そっちの世界にもう一人、ツェリシアとかいうのがいるけど百年近く生きてるババァだからね。そんな古臭いアンティークは要らないよ」
「……あ゛?」
「!」
直ぐ側で感じた身の凍るような殺意に、レイブンは震え上がったそうだ。
そして、
『……妖精さんよ、あんた触れてしまったようだぞ。この世で一番恐ろしい人の逆鱗に』
と思ったらしい。
「……レイブン」
「はい……」
「シュガーを連れて先に帰っていろ。こいつの落とし前は俺が付けておこう」
「……よろしくお願いします……」
ヒィおじぃちゃまから漂う徒ならぬ気配に、
レイブンはそれ以上は何も言わず立ち去ったらしい。
その時にエルムントがわたしを返せと強行に出たそうなのだが、ヒィおじぃちゃまに一瞬でねじ伏せられたという……。
そうしてレイブンはわたしを連れて一足先にハイト家へと戻って来たそうだ。
お父さまもお母さまもお兄さまもクレアもそして家令のボンも、レイブンの腕の中で眠るわたしを見て、安堵と喜びのあまり大号泣したらしい。
だけどわたしが眠らされたのは妖精の魔法によるもの。
おかげで3日も眠り続ける羽目になった。
いや、3日で済んでラッキーだったのかしら?
わたしはお母さまに尋ねた。
「お母さま、それでブンは?ブンはどうしたの?」
「うふ、レイブン様はね……あぁでも先にお風呂に入りたくない?3日以上も入浴していないわけだし」
お母さまに言われ、わたしはなんだか急に体がベタベタと重く感じ出した。
「そういえば……垢で窒息しそうかも……」
「ふふ、大げさね。待ってて、直ぐにクレアに言って用意して貰うわ」
そう言ってお母さまはクレアを呼びに行った。
そしてわたしは久しぶりのお風呂で身も心もスッキリ出来た。
クレアに髪を乾かして貰い、果実水を飲んでやっとひと心地つく。
するとクレアが、
「お嬢様、テラスで夕涼みをされてはいかがですか?」
と勧めてくれたのでそうする事にした。
爽やかな風が心地いい。
夕暮れに差し掛かる我が家から見るいつもの景色に心からほっとする。
帰って来れた……。
もうダメかもと思ったけど、今回もやっぱり来てくれたんだ。
レイブン、彼はやっぱりわたしのヒーローだ。
会いたい。
今すぐ。
会ってお礼を言いたい。
異世界の狭間まで助けに来てくれた事。
わたしを守ってくれた事。
お礼を言って、大好きだと伝えたい。
「ブン……」
「呼んだか?」
「え?」
振り返るとテラスの入り口にシャツとスラックスというラフな格好をしたレイブンが立っていた。
いつもきちんとした服装のレイブンにしては珍しいリラックスした姿だ。
まるで自邸にいるような。
わたしがあまりにジロジロ見る所為か、レイブンは「ああ」と気付いた様子で説明してくれた。
「シュガーを連れ帰った日からハイト家に滞在させて貰っているんだ。お前が目覚めた時、きっと一番に俺の顔を見たいんじゃないかと思ってな」
「……………」
「違うか?そうだろ?俺だったら、どんな時も一番に見たいのはシュガーの顔だからな」
そこまで聞いて、わたしの足は勝手に飛び出していた。
ほとんど無意識だ。
気が付けばレイブンの胸に飛び込んでいた。
「……ブンっ……!」
ホントその通り。
家族の顔を見れたのも嬉しいけど、やっぱり一番に見たいのはあなたの顔だもの。
「シュガー、無事で良かったよ」
「ブンありがとう……助けに来てくれてありがとうっ……」
「俺はお前のヒーローなんだろ?だったらいつでもどんな時でも、俺が一番に駆けつけないとな」
「うんっ……大好きっ!わたし、レイブンが大好きっ!」
「俺もシュガーが好きだよ」
本当に間に合って良かった……少しだけ震える声で、レイブンがわたしの耳元で囁いた。
そして大きな体にひしとしがみ付くわたしの身を少しだけ離し……軽く、触れるだけのキスを落とした。
その次は涙を浮かべたわたしの目尻にキスを落とす。
次はおでこに。
そしてまたわたしの唇に触れようとしたその時……
「シュガーっ!!目を覚ましたって本当かっ!?」
バターンッと扉を開ける大きな音を立てながら、
お兄さまがテラスへ入ってきた。
わたし達はその場で固まる。
その時レイブンが小さく「ちっ」と舌打ちしたのは聞かなかった事にしよう。
お兄さまはわたし達を見て、眉をひそめて言った。
「……ブンちゃん?まさかまたシュガーにチューを?ねぇ?ブンちゃん?」
「してませんよ?軽くしか」
「あぁなーんだ軽くか♪ならいいんだ…
っじゃなーいっ!!ダメでしょ軽くでも!シュガーはまだブンちゃんのお嫁さんじゃないんだからねっ!」
「いいじゃないですか、もう時間の問題なんだし」
「良くないよっ?良くないからねっ!?」
「ハイハイ」
「ハイは一回でいいんだよっ?」
「ぷ……☆ふふふふ……」
二人のやり取りが面白くてわたしは思わず吹き出した。
やっぱりわたしの愛すべき世界はこの世界だ。
異世界なんかに行かなくて、妖精王子のお嫁さんにならなくて本当に良かった。
その後、わたしが目覚めたという知らせを受けて、ヒィおじぃちゃまがジェスロから飛んで来てくれた。
そしてヒィおじぃちゃまから、
エルムントがどうなったのかを教えて貰う。
7年前のまだエルムントが妖精の幼生だった頃は、魔力のほとんどを取り上げて強制送還というだけの処置を執ったけど、今回はもう容赦しなかったそうだ。
「どうしていつも僕の邪魔をするんだっ!!
過去にお前に奪われた魔力がやっと回復して迎えに来れたのにっ!!」
と、往生際悪く暴れ倒したらしいので、
「お前が呼ばれもしないのにのこのこやって来てはうちの曾孫にちょっかいを出すからだろうが」
と言ってまずは髪をアフロにしてやったらしい。
それでもエルムントがまだ、
「元はといえば、そっちがこちらの世界に干渉して繋がりを持ったのが先だろうっ!そしてその残った架け橋を使って何が悪いんだっ!」
と言いながら、攻撃を仕掛けて来たらしいので、
「何が架け橋だ。勝手に人の妻と曾孫の魔力を辿るんじゃねぇ」
ヒィおじぃちゃまはそう言って、今度はエルムントの片眉をチリチリにしたらしい。
そして……
「しかも俺の妻を古臭いアンティークなババァだと……?貴様……全身を灼熱の焔で焼かれる覚悟は出来てるんだろうなぁゴラァッ……」
「ヒッ……ヒィィィッ!?」
事ここに至って漸く、
エルムントは決して怒らせてはイケナイ人を怒らせてしまった事に気付いたのだろう。
その後ヒィおじぃちゃまはエルムントに、
○△*×☆♢$□や、
€%○☆★×※をしたらしいのだけど、
わたしにだけ認識阻害の魔法を掛けられて、内容を理解する事が出来なかった。
わたしだけ仲間外れはズルいと抗議したけど、
ブンとヒィおじぃちゃまに「シュガーの可愛い鼓膜を震わすような内容じゃないからダメだ」と声を揃えて言われた。
ヒィおじぃちゃまってば一体エルムントに何をしたの?
そして最後にエルムントから生命を維持出来るギリギリの量だけ残した魔力のカツアゲをして、
その魔力とヒィおじぃちゃまの魔力、そしてわたしが帰った後にやって来たイグりん☆の魔力とで、異世界の境界線に結界を張ったそうだ。
その際に「魔力が回復してももう二度と来んな」と言って、エルムントをあちらの世界に強制送還したらしい。
まぁ結界を張ったのなら、もう二度と来れないでしょうね☆
「え~でも、わたしもイグりん☆に会いたかったなぁ」
わたしが残念そうにするとブンが言った。
「だけどシュガーは眠っていたじゃないか」
それもそうか。
わたしは気を取り直してヒィおじぃちゃまに訊いた。
「じゃあ近いうちにジェスロのお家に遊びに行ってもいい?ヒィおばあちゃまにも会いたいし♪」
「……師匠の留守の時ならいいよ」
「えー?イグりん☆とヒィおばあちゃまに会いたいのにぃ」
それに対し、ヒィおじぃちゃまは眉間にシワを寄せてこう言った。
「シュガーと師匠…混ぜるな危険、という事だ。俺の心の平穏が保たれん。それに……」
「えっ!?」
思いがけないヒィおじぃちゃまからの嬉しい報告に、我がハイト伯爵家は騒然となった。
嬉しい報告とはなんぞや?
次回、最終話です。




