チェンジリング
「………してやられたな」
シュガーの中の自分の魔力の変化に気付き、無礼を承知でハイト伯爵家へ転移した。
自室から忽然と姿を消したシュガー。
そして前回と同じく不自然に転がっている見た事もない魔法生物の様なぬいぐるみ。
「チェンジリングだ」
部屋の状況を鑑みて俺がそう言うと、シュガーの母親はその場にへたり込んだ。
「そんなっ……どうして今さらっ……」
成人まであと数ヶ月、もう大丈夫だと誰もが思っていた。
そして誰もが異世界の妖精の事など忘れていた。
だけど現実に事は起きた。
長い年月を掛けて虎視眈々と狙われていたのだ。
アイツらは相当、シュガーが欲しいらしい。
ハイト伯爵夫人はそのまま貧血を起こし、寝室へと運ばれて行った。
「ブンちゃん……シュガーはもうっ、異世界に連れて行かれたんだろうかっ……」
シュガーの兄、アスーカルが真っ青な顔で言う。
俺はアスーカルに答えた。
「前回だって、いきなり異世界に飛ぶ事は出来なかったんだ。今回だってその可能性が高い。それにシュガーが黙って大人しくしているとは思えません。きっと最大限に抵抗して手こずらせているでしょう。きっとまだ狭間の空間にいると思います」
「じゃあそこにどうやったら行けるっ……!?」
「助けに行くつもりですか?」
「当然だろうっ!僕は兄だぞっ……」
アスーカルの腰を見れば既に帯剣していた。
剣術も魔術もそれほど得意ではないだろうに。
大切な妹を救う為に危険を顧みず戦おうとしている兄を見たら、シュガーはなんと言うだろう。
『モヤシっ子が無茶をするんじゃありません!お兄さまに万が一の事があったら、ハイト伯爵家はどうなるのですっ!?』
……これだな。
脳内に響いた愛しの婚約者の声に、俺は思わず笑みを浮かべた。
そしてアスーカルに告げる。
「貴方が危険な目に遭うと、シュガーが悲しみます。彼女の事は俺に任せて帰りを待っていてやって下さい」
「でもっブンちゃん……一人じゃ危険だよっ」
「一人ではありませんよ」
「え?」
「凄まじい魔力の波動を感じます。来て下さったようだ」
「へ?」
俺は波動を感じる方へ視線を移す。
するとアスーカルも俺の視線を辿って同じ方向を見た。
視線の先の空間が歪み、質量のあるものが転移して来るのがわかる。
次の瞬間、音も無く静かに彼が現れた。
これほど静かで綺麗な転移魔法の瞬間を見た事がない。
さすがと言うべきか、彼なら当然と言うべきか。
大賢者の弟子にして自身も大陸最高峰の精霊魔術師、シュガーの曽祖父アルト=ジ=コルベール卿が姿を現した。
「大お爺様っ……!」
シュガーと同じく彼の曾孫であるアスーカルが小さく叫んだ。
「久しいなアスーカル。元気にしていたか?」
コルベール卿が曾孫を見遣る。
「はいっ……おかげさまで。大お婆様が調合して下さる薬草茶のお陰で虚弱体質も改善されてきました」
「それは良かった。でもつもる話は後にしよう。レイブン、やはり来ていたか」
「はい。貴方も来て下さったのですね」
「しかし今回は完全にしてやられた。恐らくシュガーの深層心理内で接触されていたのだろう。チェンジの瞬間まで全く感知出来なかった」
「深層心理……道理で……」
「とにかく急ごう。異世界に行かれてしまっては連れ戻すのに骨が折れる。こちらの世界の影響下ならいくらでもやりようはあるからな」
「はい」
「……シュガーの居場所がわかっているみたいな落ち着き様だな」
「まぁ……わかっていますから……」
「……マーキングか」
「はい」
「………」
「………」
ちょっと圧が凄いなコルベール卿。
シュガーは俺の婚約者だ。
咎められる謂れはない。
まぁ……婚儀の前ではあるが……。
俺達の妙な空気感にアスーカルが慌てた。
「え?何?マーキング?お二人のその雰囲気ではそれって危険な術なのですかっ?」
「……マーキングとは自分の魔力を相手に渡して自分の“標”を付ける事だ。その“標”を辿ると相手が何処にいるのか直ぐにわかる」
「凄いじゃないですか!ブンちゃんっ、それをシュガーに施していてくれたんだな、ありがとうっ感謝するよっ!」
「………」
純粋に感謝の心を向けられて、俺は微妙な居心地の悪さを感じた。
コルベール卿はジト目で俺を見ながらアスーカルに告げる。
「まぁ男女間でのマーキング方法は大概が口付けを行ってだがな」
「は?」
「……………」
「ブンちゃん?」
俺は場を仕切り直して告げた。
「では参りましょう。シュガーの救出に」
「ちょっ……ブンちゃんっ?シュガーにチューしたのっ!?」
「コルベール卿、行きますよ」
「ねえっ!?ブンちゃんっ!?」
俺は直ぐに自分の魔力を辿って転移した。
その瞬間、コルベール卿が盛大にため息を吐いたのが見えたが、彼も直ぐに俺の跡を追って転移した。
◇◇◇◇◇
「ヨウセイ ノ オウジサマ?」
「なんで片言なの?」
「ビックリし過ぎてカタコトにもなりますわよ……ホントに王子サマ?」
「うん。妖精王オベリエルの息子、エルムントだよ」
「……そう」
「あれ?ビックリはしても興味は無さそうだね?」
「だってあなたの事キライだもの」
「えぇ~酷いな、僕の花嫁なのに」
「あなたの花嫁じゃないわ」
「ガンコだなぁ……まぁいいや。ホラおいで、そろそろ行こう」
「いやよ」
「シュガー、おいで」
「いや」
異世界の妖精が…エルムントがわたしに手を伸ばした瞬間、わたし達の間に炎が上がった。
「アチッ……なんだよ、妖精を連れていたのっ?」
「妖精ではないわ。わたしの世界では精霊と呼ぶのよ」
「そっちの妖精はそれぞれ自然の力を宿してるんだったね、という事はそいつは炎の精霊か」
「炎の精霊のイフちゃんよ、迂闊に近付くと火傷しちゃうから☆」
「仕方ない、じゃあこうしよう」
「え?」
エルムントが人差し指をスイ~っと振った。
何やらキラキラ光る粉の様な物が舞った、と思ったら……
「……へ……?」
急に全身に力が入らなくなった。
頭も体も瞼も酷く重い……これは……眠気だ。
今のは……催眠魔法だったのかしら……
ダメだ、眠すぎて集中出来ない……イフちゃんを留めておけなくなる……
わたしは力なくその場にへたり込む。
「最初からこうしておけば良かった。眠らせてから連れて行けば楽だったのにね」
エルムントがそう話す声が足音と共に近づいて来る。
いや……絶対に眠りたくなんか、ない……
「安心して眠りなよ、次に起きたら向こうの世界だ」
「いや……いやよ……ブン……レイ、ブン……」
助けて、わたしのヒーロー……
そう思ったのが最後、
わたしの意識はそこで途絶えた。
寝落ち、アカン。
あと2話で最終話です。




