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追い詰められた王女

何故……何故こんな状況になったの?


こちらに有意な噂を流してレイブン様の婚約者を追い詰める筈だったのに。


噂の種となる内容の話が語られる事なく、私が故意に噂を流した事やレイブン様との関係を否定する発言ばかりが出てしまう。


それを声高々に皆に話した令嬢二人は当然切り捨てた。


彼女たちは口から勝手に言葉が出たと言うが、そんな事ある筈がない。

バカにするにも程がある。


私の足を引っ張る無能に用はない。

代わりはいくらでも居るのだから。


と思っていたら、いつの間にか周りから人が減っていた。

あれだけ私に盲信的に媚び諂っていた者達が今では遠巻きに私を見ている。


せっかく築き上げた私の王国が……


崩れ去るのは一瞬だというのか。

所詮は虚偽で築き上げられた砂の城だったというのか。


学園内だけでは無い。

今や王宮も私の居場所では無くなりそうになっている。


折角流した噂もワード公爵家によっていつの間にか収束されてしまっていた。

それどころか私の縁談を早々に決めるようにと父王に進言したのだ。


こんな不可解な噂が流れるのも、私に決まった相手が居ない所為だとして。


今、父王が私の嫁ぎ先を急いで探しているという。

これ以上評判が落ちて、碌な嫁ぎ先が見つからなくなる前にだとか言っているらしい。


縁談が纏まり次第、私は学園を去り結婚させられる。


こんな筈じゃなかったのに。


この国の次期公爵の妻となり、彼と一緒に誰もが羨む理想の夫婦となる筈だったのに。


全てはそう、あの女の所為だ。


あの女が入学してから上手く歯車が回らなくなったのだ。


私の王国に異物は要らない。


そう、要らないのだ……。




◇◇◇◇◇




「こうして手伝って貰えると本当に助かります」


魔法生物学のナンシー=モリス先生がわたしに言った。


「いいえ、わたしは魔法生物に興味がありましたし、何よりここの魔法生物(みんな)はいい子で可愛いからお手伝いが楽しいのです」


そう答えながら魔法生物たちのお部屋、ケージを水拭きする。

わたしは今、隔日に行っている魔法生物室のお手伝いに来ていた。


お手伝いは基本ケージの清掃を行ったり、

魔法生物達を順番に裏庭で散歩させたり、

フードの調合をしたり、ブラッシングしたりと様々だ。


ここの魔法生物(みんな)ともすっかり仲良くなり、出来れば卒業後もお手伝いに通いたいくらいである。


特にウィリスとは例の脱走事件以来、大の仲良しだ。

今もわたしに構って欲しくて足元を行ったり来たりとチョロチョロしている。


きゃふん♡可愛すぎるっ!


わたしが鼻の下を伸ばしながら掃除をしていると、ナンシー先生が言った。


「でも、部活や花嫁修行の妨げにならないようにして下さいね。二年生の女子生徒は皆、婚儀の準備で大変でしょう?」


「大丈夫ですわ♪ここに来ない日は写経同好会で好きなだけ漢字(キャンジ)と戯れてますし、花嫁修行はとくにする事がないのです☆」


「そう…ですか……」


筆頭公爵家に嫁ぐのにする事がないとはどういう事かしら?と、ナンシー先生の顔には書いてあったけどそれ以上は踏み込んで来ないようだ。


ハイト伯爵家(ウチ)とワード公爵家がいいのならそれで良いと考えていらっしゃるのだろう。



魔法生物室(ここ)にいる魔法生物はウィリスを含めて4体。

わたしは4つのケージの掃除を終えて魔法生物(みんな)をそれぞれケージ(お部屋)に戻した。


ケージは一つ一つが結構大きくて掃除は大変だけど、みんなが窮屈な思いをしていなくて嬉しい。

ナンシー先生の魔法生物への愛情を感じる。

やっぱり卒業後も出来るだけお手伝いや支援をしてゆこうと決意しながら、その日の手伝いは終えた。


今日は生徒会の仕事がまだ終わっていないらしく、ブンとは一緒に帰れない。


ワード公爵家の馬車に一人乗り、サスペンション付きの心地よい揺れに次第に眠りに誘われる。


うつらうつらと舟を漕ぎながら、わたしは夢か現か分からない遠くの声を聞いていた。


ーークスクス……


ーー追い詰められた人間のする事ってえげつないよね、クスクス……


ーーちょっと夢の中で囁いてやったらその通りにしちゃったよ……クスクス……


ーーこちらの人間もあちらの人間も一緒だね。

イタズラのやり甲斐がある……クスクス……


ーークスクス……まぁせいぜい気をつけるんだね


何を?何を気を付けろっていうの?


追い詰められた人間ってダレ……?



「お嬢様」


わたし?わたしは別に追い詰められてなんかいないわよ?


「お嬢様、お屋敷に着かれましたよ」


ん?お屋敷?


「お嬢様っ、起きて下さいませ!」


「へ?クレマ?」


それがクレマの声だと気付いたわたしがぱっちりと目を覚ます。


「今のは……夢?クレマ、わたしに追い詰められた人間がどうのこうのとか言った?」


「何の事ですか?まだ寝ぼけていらっしゃいます?」


「そうよね……最初の声はクレマじゃなくて、クレイマーの方だったわ……」


あら今の言葉、なかなか面白かったんじゃないかしら?


「はいはい、夢を見ていらっしゃったのですね。御者の方が困ってますよ、さっさと馬車を降りてください」


「はーい……」


クレマに促されて、御者さんにお礼を言いながら馬車を降りる。


やっぱりさっきの声はクレイマーゴッドの声に似ていたように思う。

今夜の夢に出て来るのかしら?……と思う時に限って神サマは出て来てはくれなかった。


アレは単なる夢だったのか、答えが出ないままにそれは起きた。



1限目、授業を受ける為に魔法生物学教室に入った途端、ケージの一つがメキメキと音を立てて破壊された。


そのケージの中に入っていたウィリスが突如巨大化してケージを破壊したのだ。


しかもウィリスは錯乱状態にあり、攻撃性を増していた。


突然の事に狼狽えるナンシー先生にオリエが肩を揺さぶりながら言う。


「先生っ!呆然としてる場合ではありませんことよ!早く皆んなを避難させないとっ!」


その言葉に我に返った先生は、Cクラスの生徒達に避難指示を出し、急ぎ周りの教室に知らせに行った。


オリエがわたしに向き直り言う。


「私達も早く逃げましょう!って、シュガー?どうしたの?シュガーっ」


デカウィリスはわたしを見据えていた。


「ウィリス……」


どうしてウィリスがこんな事に?


ウィリスは瞳の色が金色に変わっていた。

ヒィおじぃちゃまから聞いた事がある。

魔術によって強制的に操られた魔法生物は瞳の色が金色になると。


『誰かに魔術で操られているんだ』


一体誰が?誰がこんな事を?


「シュガーっ!!」


オリエの声が室内に響き渡る。


考え込んでいたわたしにデカウィリスが襲い掛かって来たのだ。

あんなに可愛いウィリスのお手手が、今や鋭利な爪を持つ凶器と化している。


どうやらデカウィリスはわたしを傷付ける気満々のようだ。


わたしはそれを避けながらオリエに告げた。


「わたしはデカウィリスを校庭に誘導するわ!オリエはブンを呼んで来てっ!」


「いくらあんたでも危険よっ!何もせずに逃げなさいっ!」


「でもこのままデカウィリスが校舎の中にいたら危険よっ!デカウィリスに誰も傷付けさせてはダメなのっ、処分されてしまうからっ」


わたしはそう言って魔法生物室の窓から外へ出た。


4メートルほどの巨体になったデカウィリスが窓を破壊しながらわたしを追ってくる。


「学園長先生ごめんなさい!壊れた窓の請求はハイト伯爵家までお願いしまぁーす!」


わたしはそう叫びながら懸命に校庭に向かって走り続けた。


それにしても……ちょっ、ウィリスっ足が速いわねっ!


追いつかれそうになり、わたしは声を張り上げた。


「イフちゃんっ、火柱っ!」


その途端、デカウィリスとわたしの間に火柱が立った。


突如現れた炎の柱に怯んだデカウィリスが足を止める。


その隙にダッシュで校庭へと駆け込んだ。



1分ほど遅れてデカウィリスも校庭へと来た。


わたしはジリジリとデカウィリスの周りを一周する。


先程の炎を警戒しているのだろう。

デカウィリスは直ぐには飛び掛かっては来ない。

でも決してわたしから目を離さずにこちらの様子を伺っていた。


『いやん、なんて賢いの。ウィリスったら本当に頭のいい子だわ』


やっぱりこのまま処分されてしまうのは惜しいし、何より悲しい。


なんとか救いたい。

魔術で操られているのなら、その痕跡が必ずある筈だ。


魔法陣や術式の書かれた札か、あるいは術者の体の一部か。


例えば毛髪など魔力を持つ術者の体の一部を付着させて遠隔で操作する…そういう方法もあるのだと、これはイグりん☆に教えて貰った事だ。


わたしは注意深くデカウィリスの全身を見回す。


「あった……!」


それを見つけた時、ふいに肩を掴まれて後ろに引っ張られた。


「!?」


そして直ぐに広い背中に視界が塞がれる。


「ブン!」


「大丈夫かっ、シュガー」


我が愛しの婚約者、レイブンが校庭に駆けつけてくれたのだ。


「平気よ、何ともないわ。それよりウィリスが誰かに操られて……助けたいの、力を貸してっ」


「魔法生物の暴走は処分と決まっているぞ」


「それは嫌なの!ウィリスは被害者よ、お願いブン!」


わたしの懇願にレイブンはため息を一つ吐く。


「……わかった。方法は?何か手は考えているんだろう?」


「うん!ありがとう、ブンちゃん大好きっ!」


わたしは思わずレイブンの背中に抱きついた。


「お礼なら後でたっぷりして貰う。それで俺は何をすればいい?」


「デカウィリスのシッポに術式の書かれた札が貼ってあるのを見つけたの。それを剥がして欲しいのよ」


わたしは様々な知識を教わったけど基本、物理攻撃は“燃やす”事しか出来ない。

剣術も体術も苦手なのだ☆


「なのだ☆じゃないだろシュガーっ!次期公爵になんて危険な事をさせるつもりなんだっ!」


と、レイブンと共に駆けつけたのだろう、ハリーがぷんぷん怒って言って来た。

どうやらまた声に出ていたらしい。


「ごめんなさいっ!札さえ外して貰ったら後はわたしが何とかするから~!」


「ハリー、俺がいいと言ってるんだ。それよりお前は野次馬をこれ以上近付けないようにしてくれ」


「先生方はどうする?」


「先生方もだ」


「了解」


ハリーはそう言って、周囲に簡単な結界のようなものを張り出した。


強制力はないが、足止めにはなるくらいのものだ。


でも今はそれで充分。


校庭には騒ぎを聞きつけた先生や生徒達が続々と集まり始めている。


デカウィリスは遠隔攻撃をするタイプの魔法生物ではないけど、万が一の事もある。皆さんには遠くにいて貰いましょう。


それに……燃やしちゃうかもしれないからね☆


周囲を気にしたデカウィリスがわたしから視線を外した瞬間をレイブンは見逃さなかった。


一瞬でデカウィリスの背後に回り込む。

デカウィリスも体の割には俊敏だ、直ぐさまシッポを振り回してレイブンを払おうとして来る。

レイブンはそれを難なく交わし、逆にシッポが近づく瞬間を狙った。


そしてシッポの先に貼られていた札を引き剥がしたのだ。


その時にブチブチっとデカウィリスのモフモフヘアーも一緒に引きちぎられていたけど、それは仕方ないわね☆


札が外れた瞬間、デカウィリスの体は縮み、元のウィリスの大きさに戻った。


わたしは両手を広げてウィリスに言った。


「ウィリス!おいでっ!」


ウィリスはなんの躊躇いもなくわたしの胸に飛び込んで来る。

わたしの自慢のお胸がポヨンとしたのはこれまたご愛嬌☆


わたしはウィリスを抱きしめた。

無事に術と引き離せて本当に良かった。


術を掛けられてまだそんなに時間が経っていなかったであろう事が幸いした。


だけどホッとしたのも束の間、レイブンが札を握りながらわたしに告げる。


「シュガーっ……やはり憑代(よりしろ)を失った魔力が暴走するぞっ、もうこれ以上抑えていられないっ……」


「いいわブン、解放しちゃって!」


レイブンが札から手を離した瞬間、札に込められた術式の魔力が解放された。


半透明な蜃気楼のようなユラユラとした物体が札から飛び出す。


行き場を無くした術式の力が可視化されるようになっただけで、それは術そのものだ。

目的を果たすまで消えないだろう。


そしてこの術の目的は、どうやらわたしを害する事らしい。


レイブンが再びわたしを自身の背後に隠して来た。


「ブン、わたしなら大丈夫。それよりあの魔力、結構強力だからイフちゃんを使ってもいいわよね?」


「ああ。責任は俺が取る。一瞬で灰にしてやれ」


「よーし!それじゃあイフちゃーん!」


ウィリスをレイブンに預けながら、わたしはその名を呼んだ。


わたしのイフは片手で召喚した時は炎の精霊(サラマンドル)、両手で召喚した時は炎の精霊(サラマンドル)であって炎の精霊(サラマンドル)ではない。


ヒィおじぃちゃまが鍛え上げた炎の精霊(サラマンドル)


しかしその力は炎の精霊(サラマンドル)の能力を遥かに超えて、もはや炎の魔神(イフリート)と同等の火力を持っているのだ。


チェンジリング以降、わたしの身を守る為に授けてくれた文字通りわたしの守り神……が、わたしの両手の平から顕現する。


「イフちゃん!最大出力っ……の三分の一の火力でお願いしまーすっ!!」


その途端に、先日の実習で披露した時とは比べ物にならない炎が巻き上がる。


炎は一気に札の魔力に絡み付く。

そして魔力は一瞬にして火だるまと化した。


普通の炎ではないのだ。

実体のないものでもなんでも焼き尽くす。


ヒィおじぃちゃま曰く、異界の悪魔をも灼く焔というのも頷ける。

その三分の一の出力でもこれだけの熱量。


眉毛もまつ毛もチリチリになりそうだ。


そしてあっという間に暴走した札の魔力は燃え尽き、消え去った。


「イフちゃんありがとう。ご苦労様」


わたしはイフちゃんにお礼を言う。


因みにイフちゃんのイフはイフリートのイフ。


ヒィおじぃちゃまがそう呼んでいたのをわたしもそのまんま真似たのだ。


イフちゃんは腕を組み、満足したように頷きながら消えて行った。


遠巻きに見物していた学園中の人間が唖然となってこちらを見ている。


その中でオリエがポツリと、

「あらあらシュガーってばまたまた格の違いを見せつけちゃった?」と言っていたのが聞こえた。


それにしても……無理やり札を引き剥がし、憑代(よりしろ)を失い暴走した魔力をこれまた無理やり滅したのだ……。


これは結構、いや相当、術者に跳ね返りが起こっていると思う。

(跳ね返りとは…術が失敗し、その反動が術者に与える影響の事)


術者まで燃やす……という事はないはずだけど……火傷やアフロヘアーくらいにはなっているのでは……☆


まぁおかげで学園内にいる事は間違いない犯人を見つけ出すのは簡単だろうけど。



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